光の部屋、花の下で。

それから、

9

　“もしも”の話をすることに意味はないとわかっていても、日増しに緊張感を高めていく世の中と、不安そうな入所者やその家族に接するたびに、今の職場でできるだけのことをしなければ、という使命感と、ここよりずっと小さい先輩の施設は大丈夫だろうか、という心配の両方が浮かんでくる。
　あの海沿いに建つこぢんまりとした施設でも、俺にできることがあったように思うのだ。
　進みたい方向がはっきりしていて、意識はとうにそちらへ向かっているのに、優先すべき仕事や生活があって思い通りに動けない。
　停滞の時間は、もどかしいと同時に怖くもあった。進むはずだった進路が、様々な事情に絡め取られて立ち止まっているあいだに消えてしまうのではないかという恐怖。
　たとえば、もしも響野の気が変わったら、俺はどうするだろう。
　今の彼は、俺の仕事に合わせて一緒に引っ越そうとしてくれている。自分の仕事は場所に融通が利くから、というのがその理由だ。俺と離れて住むのは嫌だとも言ってくれた。
　探している物件は賃貸だし、今住んでいる家をどうこうするつもりは響野にもないはずだ。それでも、俺の都合に合わせて譲歩してもらっていることに変わりはなかった。家の維持費だってタダではないのだ。
　やはり住み慣れた場所が良い、と彼が考えを変えたとしても、その変化を責められそうにない。
　響野が納得しているかを知りたい。もっと言えば、彼にそこまで譲歩させるほどの価値が自分にあるのかを知りたかった。
　本当は、このもどかしく停滞した時間を、ただじりじりとすごすのではなく、相手との話し合いに費やすべきだとわかっている。そのことを考えるたびに、恐怖で全身がすくむ。