光の部屋、花の下で。

五日目

94 ※

「嫌なら――」
　響野が言いかけ、すぐに口を閉じる。嫌ならやめると、さっきと同じことを言おうとしたのだろうか。でもやめたくないと、頑かたくな表情が言っている。
　腕を引かれ、抗あらがうこともできず近付いた。懇願するような色を浮かべた響野の両目を覗き込みながら顔にふれる。頬から耳、後頭部の髪へと手をすべらせると、促されるように黒い瞳が閉じた。
　唇が重なる瞬間、今度は俺も目をつむった。そのほうが相手の吐息や、俺に応える彼の唇の動きを感じられて良かった。
　やわらかく噛むようなキスを交わす最中、響野が、ふっと笑い声をもらす。口元にかすかな息が当たったことに気付いて、「何？」と聞いた。
　目を開けた先には、見たこともないほどゆるんだ笑みを浮かべた彼がいる。俺の問いに答える代わりに、響野は、もっとしようと誘うように顔を近付けてきた。彼の唇がたどり着くのに合わせてこちらからも迎え、口を塞ぐ。
　結局、キスでは収まらなくて、ふたりで風呂場に移動した。
　浴室の蛍光灯がやけに明るく煌々こうこうと照っているのが、夢のようで現実感がなかった。
　男とは経験がないという響野のために、脱衣スペースのところで“これからどうするのか”を話す。
　詳しく説明しているうちにセックスらしい色気は薄れ、スポーツのインストラクターでもしている気分になった。見れば響野のほうも、ニヤつきそうな口元を一生懸命、引き締めている。
「笑うなよ」と文句を言ったら、相手は口を引き結んだまま「悪い」と詫びた。ムードも何もあったものじゃない。ため息をついて、まあ不安で怖がらせるよりはマシだ、と思うことにした。