光の部屋、花の下で。

五日目

32

　彼の家は、山に向かって続くゆるい傾斜地の途中にある。石垣を積み上げてならした土地に建つ、青い瓦かわら屋根の一軒家だ。田舎の戸建てにしてはこぢんまりした印象の家屋だったけれど、母親とふたり暮らしだというから、それでも十分すぎるほどの広さだ。
　父親は病気で数年前に死んだ。東京で働いている姉がひとりいる。自分の家族構成を、ノアさんはそんなふうに説明した。
　彼の部屋は、家の二階の南側の角にあり、晴れた日の午後は二面ある窓から明るい陽が射し込んでくる。ベッドに仰向けになって天井を見上げると、室内にただようほこりが陽光を反射してきらきらと光った。
　似たような光景を昔もながめていたことがある。放課後の空き教室で。
　その視界にゆるくクセのついた黒髪が入ってくるたびに、俺の心臓は驚いて大きく跳ねた。きれいな弧を描く肉食獣のような目にのぞきこまれて、驚きは次の瞬間、にぶい痛みに変わる。
　何度か相手と身体を重ねるうちに、驚きも痛みも徐々に薄れていった。ノアさんはノアさんだ。八歳年上で、ここから二つほど集落を越えたところにある町の会社に車で通っている。
　彼は色々なことを教えてくれた。男の身体がどこを気持ち良いと感じるか。挿入なしでも十分な快楽を得るいくつかの方法。一回きりの相手が欲しいときの探し方と注意点。コンドームと潤滑剤は忘れるなよ、といった教育的指導（？）も。
「必要な知識だろ？　これから社会に出ていくなら」
　悪びれたところのない、むしろ真剣にすら聞こえる口調でそんなことを言う。保健体育の教科書は、ゲイに役立つ知識なんてほとんど書いてないからな。
「ま、そいつとヤるつもりがないなら、うまいもヘタもないだろうけど」