光の部屋、花の下で。

三日目

52

「ごめん、くすぐったかったから……」
　何の言いわけかもわからないまま、とにかく何か言わなくては、と口を開く。
「驚かせたか？　――ごめんな」
　無言の相手にもう一度あやまった。まだ混乱したままだった響野の顔が、それを聞いて歪む。
「オーブンを見てくる。飯ができたら呼ぶよ」
「悪かった」
　ベッドを立った瞬間、スプリングの軋む音に反応して響野があやまった。
「何が？」
　どう応じればいいかわからなくて、仕方なくとぼける。問われた響野は口ごもった。今しがたの自分の行為を説明しろと言われたのだから、ためらうのも無理はない。わかっていながらこういう返し方をする俺のほうが、この場合は意地が悪い。
「伯母さんに連絡してみろよ。響野が色々できることは知ってるけど、俺は明日も出かけるし」
　とぼけたまま提案すると、逡巡するような短い沈黙のあとで、「わかった」と相手はうなずく。
　ベッドの上に響野を残して部屋を出た。眠るとき以外はドアを開けておこうと、ふたりで決めたルールも忘れて扉を閉める。
　重たそうな木製のドアが初日と同じ軽やかな動きで閉まった。目の前の天井でシーリングファンが回っている風景も、この家にきた最初の日から変わっていない。
　変わったのは、住んでいる人間のほうだ。
　響野にふれられた頭と顔がじんわりと熱を持っている。何も起きなかったことにしたくても、自分自身にとぼけるのは難しかった。