光の部屋、花の下で。

三日目

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　交通事故の経緯については、詳しい話をまだ響野から聞けていない。彼の目をサポートするだけで手一杯だったせいもあるけれど、本心を言えば、その話題にふれる勇気がなかったのだ。
　死について考える機会は、医療や福祉の仕事に就いていない同世代と比べると多いほうだろう。そこで学んだのは、死の定義は人によってまったく違うという当たり前の事実だった。
　身近な人間の死に限って言えば、俺にとっての“死”は透明な穴に似ている。
　ばあちゃんが亡くなったあと、俺とおやじの生活は、しばらくばあちゃんのかたちに凹んでいた。からの介護ベッドや無人の縁側に。減らなくなった大人用の紙おむつに。愛用の裁縫箱に。可愛がっていた人形に。食事のときに首からかけるビニール製のエプロンに。そして、半世紀以上も暮らしたという家のあちこちに、ばあちゃんの記憶と彼女の不在を示す見えない穴が遺された。
　もう、デイサービスから帰ってくる彼女を迎えるために急いで学校や職場から戻る必要はなかったし、居間のテレビを四六時中つけっぱなしにしておくことも、夜中にどこかへ出かけようとする彼女を見張るために玄関近くの部屋で眠ることもしなくて良かった。
　昼夜を問わない介護から解放されて喜ぶ気持ちがなかったと言えば嘘になる。ただ、穏やかに年を重ねたひとりの女性がこの世界から永遠に消えた事実に、糸の切れたような喪失感を覚えたことも本当だった。
　響野の世界は今、どんなかたちをしているのだろう。身近な人間が突然、三人もこの世から消えてしまったら、きっとそこらじゅう穴だらけで、元の姿を思い出せないくらいなんじゃないだろうか。