光の部屋、花の下で。

二日目

2

『浴室は、特に念入りにチェックしてください。転倒が起きやすい場所なので。固形石けんを使っているなら、ボディソープに切り替えられないか聞いてみて。シャンプーとコンディショナーは、容器のかたちが同じだったら区別できるように目印をつけてあげると良いです。輪ゴムを巻いておくのが簡単です。』
　スマホに届いた長文メールは、どことなく、前の職場で使われていた業務マニュアルを思い起こさせた。そのマニュアルの制作者がメールの送り主だったから、印象が似ているのは当たり前かもしれない。
　一般的に、介護士の入職先は高齢者の介護施設と思われていて、それは実際そうなのだけれど、中には障害者施設で働く介護士もいた。前職の先輩は特養にくる前、障害者向けの支援施設でホームヘルパーをしていたという。響野に話した視覚障害者のリハビリテーションの話も、元は彼女から聞いたものだった。
　ひと回りほど年上の先輩の、ほくろの散った丸顔と下がり気味の眉を思い出す。新人時代にいちから仕事を教わった相手で、職業人としてだけではなく、人間的な意味でも尊敬していた。
　この春、人事異動によって施設長が交代になると、彼女――吉武よしたけ由香里ゆかり先輩は、電光石火と言っていいスピードで施設を辞めた。退職にいたるまでの詳しい経緯は聞けなかったものの、それから半年ほどがすぎた今、自分もこうして新しい職場を探す羽目になっているから、おそらくは彼女のほうがずっと早い段階で、施設の新しい人事に何かを感じとっていたのだろう。