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不満なんてない?居候生活

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「おはよう、夏希(なつき)」
「春都(はると)さん、おはようございます!」
「はよー」
「おはよう冬馬(とうま)くん、起きるの遅いよ!」
「なんか兄貴の時と態度違くねぇ!?」
「早く起きてレポートの仕上げやるって昨日約束したのに!」

立派だけど三人だけで暮らすにはちょっと大きすぎるお屋敷。
ここ、皇(すめらぎ)家に絶賛居候中の僕──牧村 夏希(まきむら なつき)の一日は、このイケメン兄弟の朝食を用意することから始まる。

「いただきます。──うん、このサンドイッチすごくおいしい。平日の朝から大変だったでしょ?」

穏やかに笑って僕の作ったサンドイッチをおいしそうに食べてくれてるのは、長男の春都さん。
色素の薄いさらさらの茶髪と、色白でどこか女性的な美形。でも182センチあるらしい長身と細身でも意外としっかりついてる筋肉が彼はれっきとした男の人だって教えてくれる。

「ありがとうございます、頑張って準備した甲斐がありました!」
「うまそうだけどこれじゃ足りねー……おっ、俺の好きなのあるじゃん!」

最初不満げだったけど照り焼きチキンとタマゴサラダが挟んであるサンドイッチを見つけた途端に上機嫌になったのが、次男の冬馬くん。
シルバーアッシュっていうらしい派手な色の短髪と、色黒で筋肉質。顔立ちはワイルド系で春都さんとはジャンルが違うけどこの人も間違いなく美形だ。

「うん、これで物足りないなんて言わせないからね!」
「でもこれだったら白いメシで食いたかったなー」
「もうっ、冬馬くんが早くレポートに取りかかれるようにすぐ食べれるサンドイッチにしたんだよ!」

大学入学と同時に僕がこの家にやってきたばかりの時は二人ともどこか冷たかったけど、一年が経った今じゃこんな軽口も言えるようになった。
僕も住まわせてもらうからにはと家事を必死で頑張ってきたつもりだけど、ここまで馴染めたのは春都さんと冬馬くんが根は優しい人達だったっていうのが大きいだろう。

「ん?この朝メシは俺の為に作ったってことか?」
「?献立決めたのはそうだけど……」
「……ははっ!そうかそうか、夏希がそこまで言うなら食ってやらないこともな──」
「あ、春都さん今日は何時に帰られますか?」
「聞けよ!!」
「今日もいつも通りだと思うから、夕食の準備よろしくね」
「はい!」
「ああそうだ、出来れば揚げ出し豆腐が食べたいな。前に夏希が作ってくれたのがおいし過ぎて夢にまで出てきたよ」
「ふふっ、了解です。とっておきの作って待ってますね!」
「ありがとう、仕事終わりの楽しみが出来た」
「俺を差し置いて新婚さんみたいなやりとりしてんじゃねぇ!!」

春都さんと予定の確認をしているとしゅばっ、とサンドイッチ片手に冬馬くんが割って入ってくる。

「それは、夏希は俺のお嫁さんだからね」
「春都さんその冗談好きですよね」
「……冗談、ね」
「本気にされてねーじゃねぇか!夏希は俺の嫁になるんだもんな!今だって俺のレポートのこと気遣って朝メシ考えたりしてるし、アレだ、内緒の子ってやつだ!」 
「冬馬、それを言うなら内助の功だ。それとも隠し子でもいるの?」
「いねぇわ!!」
「嫁というより母親の気持ちになってくるんだけど……。今回こそちゃんとレポート提出してきてね」

それにしても、なんで僕がお嫁さんなんだろう。
僕は二人より身長が低いし、女の子みたいな顔だとはよく言われるけど、正真正銘男だ。あ、でも自慰なんかは最近おしりの穴を使うのにはまって──って、朝からこんなこと言うもんじゃないよね……!!

「まったく、冬馬は世話のやける息子だね」
「なんで俺がお前らの息子みたいになってんだよ!ちゃっかり父親ポジション取ってんじゃねーぞ兄貴!!」

賑やかだなぁと思いながら、ある程度用意も終わったので僕も席に座ってサンドイッチを食べ始める。

──うん、良い材料を使わせてもらってるからとってもおいしい。 

住居を提供してもらってるからってこの家の家事を全部やりながら大学に通うのは大変だけど、これはもう仕事みたいなものだからと二人のお父様から毎月お給料をもらっているし、こうしておいしい食事の恩恵を受けている。

何も不満なんてない。そう、何も……

『──さぁ続いては、週末に出掛けたいカレー屋さん特集で』ブチィッ!!

テレビの朝の情報番組からその特集が流れた瞬間、それまで穏やかに笑っていた春都さんが急に真顔になって、弾かれたようにリモコンを手で叩いてテレビを消してしまった。競技かるたとかでああいう動きありそう……。

「はぁ……、他にマシな特集はなかったのかな?」
「まったくだぜ、朝メシがまずくなる」

さっきまで春都さんに噛み付いていた冬馬くんまでも、ちっ、と舌打ちしながら同調している。

「ね、夏希もそう思うよね?」
「は、はは……」

口元だけで笑いながら春都さんが聞いてきて、僕は曖昧に笑って応える。 

何も不満なんてない、何も……うん。


◇◇


「……隠れキリシタンってこんな感じだったのかな……?」
「迫害されてるしな」

昼食時、大学の食堂にて。
餡かけ焼きそばをもそもそ食べる僕の前の席に座るのは、大学からの友達の山本くん。その山本くんが食べているのは、この学食の中で一番おいしいと評判のカレーライス大盛りだ。

「あの有名な皇(すめらぎ)兄弟が大のカレー嫌いねぇ。なんでそんなに嫌ってるんだ?」
「さあ……」

そう、春都さんと冬馬くんの兄弟は、なぜかカレーが大嫌いなのだ。
その嫌いっぷりは、朝みたいにテレビにカレーが写った瞬間に素早くチャンネルを変えるか電源を消すかに始まり、ご近所から匂いが漂ってきたりカレーに関する話が聞こえてきただけで不機嫌になり、冬馬くんに至ってはカレーのことを食べれるう●こ呼ばわりしているほど。
それに対して……

「うぅ……つらい……。世界で一番好きなもの食べれないのつらいよぉ……」

僕はというと、物心ついた頃からの生粋のカレー好き。

父子家庭だったからお父さんの代わりに炊事などの家事を担ってたのをいいことに、高校卒業までは週9くらいでカレーを食卓に登場させていたものだ(これを山本くんに話したら『お前の一週間何日あるんだよ』とつっこまれた)。
それが今はどうだ、カレーの話題を挙げるだけで春都さんにはやんわり窘められ、冬馬くんにはストレートに『ばーか!』と罵倒される。
家で僕の分だけ作るっていうのも駄目だし、外で食べてこようものなら匂いで速攻バレてしばらく口を聞いてもらえない。そんなだから、僕は大学に入ってから二年生になった今まで、皇兄弟が嫌いだって知るまでの数回ほどしかカレーを食べれていない。

「なんで居候なんかしてるんだよ、大学入った時点で俺みたいに一人暮らしすれば良かったのに」
「僕のお父さんが心配性で、少なくとも大学卒業するまでは一人暮らしなんかとてもさせられないって……」

僕の高校卒業と同時に海外転勤が決まったお父さんは、僕を日本に残すにしても一人暮らしはさせられないと、父子家庭同士仲が良かった皇兄弟のお父さん──ややこしいから暦(こよみ)さんって名前で呼ぼう──に相談した結果、この居候が決まった。
暦さんは代々続く大企業の社長をやっていて普段は海外に拠点を置いており、自分が見ていない間兄弟の、特に冬馬くんの生活が心配だったからちょうどいいとかで、僕は住居を提供してもらう代わりに兄弟の身の回りの家事とちょっとしたお世話を頼まれたのだ。
結果、予想を上回る僕の家事スキルとお世話によってだいぶ改善したらしい冬馬くんの生活に感動した(自分で言ってて照れくさいな……)暦さんは、ふつうにバイトするより遥かに良いお給料も出してくれるようになった。

僕自身、この生活は楽しいし大学でも有名な皇兄弟の身の回りのお世話をしてることに誇りと責任感を持っている。だけど──

「ああカレー……あなたはどうしてカレーなの……」
「今度はロミオとジュリエットが始まった」
「カレーが食べたい……脳天が痺れるほど辛くておいしいカレーをお腹いっぱい……」

こんなにうだうだしてたら今まさにカレーを食べている山本くんが気分を悪くするかも。そうは思うけど、大盛りのカレーをおいしそうに食べ進める彼が羨ましくてしょうがない。

「牧村ってそんなにカレーが好きだったのな」

山本くんはそう言うとほら、と自分の使っていたスプーンの中にひとくち分のちっちゃいカレーを作って僕に差し出してきた。

「えっ?」
「ひとくちだけなら、この後そっこーで歯磨きしてタブレットでも飲んどけばバレないだろ?こぼさないように気をつけて食えよ」
「山本くん……」

なんて優しいんだ山本くん……!あたりまえのように口元に持っていかれてあーんってされてるのがちょっと恥ずかしいけど、その優しさと急に好物が食べれることになった嬉しさで思わずにやけてしまう。

「ありがとう、いただきます!」
「っ!お、おう……」

なぜか顔を赤くしてうつむいてしまった山本くん。男相手にあーんしてる事実に気づいて恥ずかしくなったのかもしれない、早めに食べてあげようと口を開けてそのスプーンを迎えようとしたけど──

「──何やってんだ」

僕の口には届かず、山本くんが持っていたスプーンは僕の後ろから伸びてきた手に取り上げられてしまった。

「うっわ、冬馬くん!」
「うっわってなんだ、うっわって!」

同じ大学の同じ学年だけど、学部は違うから会わないと思ったのに!……ああでも食堂はみんな共通か……。あれ?

「冬馬くん、今日はお弁当持っていったのになんで食堂にいるの?」
「……お前が見えたから……」
「え?」
「るっせぇな!あんなんじゃ足りねぇっつったんだよ!!」
「ええっ、重箱で持っていったのに!?」

これはまた重箱の段を増やさないと……と心に決めていると、僕たちの周り──特に女子達がざわめきだしたことに気づく。
──そうだ、冬馬くんは大学生活の傍らたまにモデルをやっていて、SNSでもインフルエンサー?として人気らしいからどうしても注目されちゃうんだ。

「おい皇、いい加減スプーン返してくれよ」
「はぁ?誰だお前、俺が取ったみたいに言うな!」
「いやお前が取ったんだよ」
「あの、冬馬くん、みんな見てるから……。それに冬馬くんはそろそろ次の講義始まるでしょ?」
「……ちっ」

モデルとして、皇家の人間として悪目立ちしてはいけないと父親の暦さんにさんざん言われているらしい冬馬くんは、僕がそう言うとあっさり山本くんにスプーンを返して食堂から出て行った。

「──次はねぇぞ」

そう、僕の耳元に地を這うような低い声で言い残して。

なに……?
なに、今の!?
次カレー食べようとしたら命はないってこと!?
こっわ!!

「牧野?大丈夫か?」

野獣に狙われた小動物のようにぶるぶる震える僕を心配した山本くんが背中をさすってくれる。

どうして大好物が食べたいってだけなのにこんなに迫害されないといけないんだ!!
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