聖邪の交進

悠理

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番外編

夢の話をしましょうか

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「おらああああああ‼」

モモの気合の入った叫びとともに、引き金が何度も引かれる。その度に放たれる弾丸は、黒い塊めがけて飛んでいった。

「消えろ消えろ消えろおおおお‼」

弾丸が尽きれば再装填し、目の前の黒が消え去るまで打ち続ける。いつもならば消えていてもよい頃合いだったが、今回は違った。
放たれた弾丸は、黒い塊を確実に射抜いている。だが貫通する事はなく、まるで虚空のように、全てを飲み込んでいた。

「あああああああああああああああああ‼」

それでもモモは、弾丸を放つのを止めなかった。主の加護を受けた銃口から放たれる弾丸には、目の前の黒、邪気を払う力を持っている。効かないはずが、ない。
ならば、消えるまで弾丸を打ち込むまでだ。モモは絶叫の声を上げながら、全ての弾丸を討ち尽くさんばかりに引き金を引き続けた。

「はあ、はあ、はああああ……」

もはや声も出なくなってきた頃。それでも邪気は消えなかった。弾薬盒に手を入れると、弾丸はもう底を尽いていた。
モモは舌打ちをすると、その手を引き抜き、ブーツへと伸ばす。普段銃をしまっている方とは逆のブーツには、ナイフが収まっている。それを手に取り、接近戦を仕掛けようとした時だった。

「うっ」

突然体が動かなくなった。両腕を脇から抑えられたかのように拘束され、足が宙に浮かんだ。その時、ナイフも手から零れ落ちてしまった。

「なんだ。なんなんだっ」

じたばたともがくが、見えない拘束は一切外れる気配は無かった。体は徐々に上へと引き上げられ、邪気がどんどん遠ざかっていた。

「この、離せ! 私は邪気を滅ぼすんだ! 人の、世界の為に……っ」

最後の声は途切れてしまう。同時に、モモは現実で目を覚ました。



「ああっ!」

小さな悲鳴を上げると共に、目の前に焚火が見えた。空はまだ薄暗く、夜明けまでまだ時間がありそうだ。

「あ……え……?」

「おう。起きたか」

背後から聞こえた声に、モモは首だけをそちらに向ける。暗い夜にも関わらず、帽子を目深に被ったウルゴの顔が、そこにあった。

「ったく。ぐっすり眠ってると思いきや、急に暴れ出しやがって」

「え。眠って……? じゃあ、あれは夢……?」

「おう。どんな夢見てたから知らねえけど、ご機嫌なもんじゃねえのは間違いねえみてえだな」

ウルゴは拘束を解き、モモの体を自由にした。

「しかし驚いたぜ。モモ」

ウルゴが面白い物を見たかのように、くっくと笑う。

「普段慇懃なお前でも、あんな荒々しく叫んだりするもんなんだな」

「えっ、口に出てましたか⁉」

「って事は夢ん中で同じことを叫んでたって事か。マジでどんな夢見てたんだよ」

愉快そうなウルゴに対し、モモは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆い隠してしまう。

「ああ、なんてこと……人前であのような口を……」

邪気に憑かれた者から、邪気を払う為に行われる『浄化』。それは憑依者の心の中に入り、邪気と直接対峙し、消し去るというものだ。
邪気は人の攻撃的な感情を高ぶらせる。故に邪気に取り憑かれた人間は人格が荒々しくなったり乱暴になる場合が非常に多い。そしてそれは、浄化の為に心の中へ入った人間に対しても同様だった。
モモもその自覚はあった。だから浄化を終えた時は、一度深呼吸をして、気持ちを整えたりするようにしていた。現に、これまで一度も、現世で乱暴な口を利いたことはなかった。
だというのに、浄化をする夢を見て、まさか寝言で口に出てたとは。無意識のことながら、モモはばつが悪くて仕方なかった。

「まあいいじゃねえか。こうも長旅じゃあ、ストレスだって溜まるわな」

「そういう問題じゃあないんですよぉ……聖職者としてというか、女の子として、異性の前ではしたない口を利くのは……」

「おいおい。聖職者が異性を意識する発言していいのかよ」

「『暁の門』の教えでは恋愛を禁止していませんよ。むしろ多くの人とつながり、愛を深めよとしています」

「多くの人とつながれって、淫乱な宗教だなオイ」

「そ、そういう意味じゃないですよ! 健全な交流を持てという意味で、決して男女でま、ま、ま、まぐわえという意味では……」

「あーすまん。俺が悪かった。そこまで言わせるつもりはなかったんだ」

先程とは別の意味で顔を真っ赤にしたモモに、ウルゴは少しだけ罪悪感を覚え、頭を下げた。

「も、もう。へ、変な事を言わないでくださいよ」

モモは熱くなった顔を冷ますように、手で仰ぐ。ウルゴもモモの鞄を漁り、水袋を取り出して、彼女に渡した。

「ありがとうございます」

モモはゆっくりと水を飲み、心を落ち着かせた。

「えっと、何の話をしてたんでしたっけ」

「長旅のストレスじゃあ、悪夢も見るよなって話だ」

「ああ。そうでしたね」

モモは自分の鞄に近づき、水袋を戻す。鞄の前で屈む彼女を横目に、ウルゴは帽子の位置を整えるようにいじると、

「やめるのも一つじゃねえか」

「はい?」

「だからよお、そんなにキツイなら、全世界に主の教えとやらを広める旅なんてやめて、故郷で慎ましく、教会に務めるってのも手じゃねえのかって思うのよ」

「それは出来ません」

即答だった。ウルゴは帽子の下で渋い顔を浮かべる。

「けどな、お前以外にも宣教師はいるんだろ? お前が無理する必要なんざ、どこにもねえだろ」

「そうですね。ですがウルゴさん。それが、私が旅をやめる理由にはなりませんよ」

屈んでいたモモが腰を上げ、ウルゴに向き合った。

「確かに他の方の力だけで、人々の信仰を集め、主の復活が成されるかもしれません。ですが私は、それをただ待つだけなんて事はしたくないんです。私は、私に出来る事をして、そのうえで主の復活を望んでいるのです」

「その為にお前自身が壊れてもか?」

帽子をわずかに上げ、ウルゴの鋭い視線がモモを射抜く。しかしモモは怯んだ様子もなく、むしろにこりと微笑んだ。

「それは大丈夫ですよ。だって、ウルゴさんがそうならないように守ってくれるでしょ?」

「……………………はあ」

呆れたようなため息を吐くと、ウルゴは改めて帽子を直した。

「ったく。お前って奴は、純朴そうに見えて、大分強かよな」

「ウルゴさん、知らないんですか? 女性はみんな、強かなんですよ?」

「はっ。ガキが言うじゃねえか」

ウルゴがニヒルに口角を上げると、モモの頭をポンと撫でた。

「ま、お前の護衛はジジイの頼みでもあるしな。もしもマジでやべえ事態になりそうなら、殺してでも止めてやるよ」

「殺されるのは勘弁してほしいですが、その時はお願いしますね」

モモがそっと、ウルゴの手から離れると、焚火に近づく。すっかり目は覚めてしまった。

「それじゃあウルゴさん。もう少しおしゃべりしましょうか。もうちょっと、他愛のないおしゃべりを」

「そうだな。じゃ、飯の話でもするか?」

「……こんな時間にお腹が空きそうな話題はちょっと」

「んだよ。わがままだな」

「女の子はわがままな方がかわいいでしょ?」

「俺はもう少し控えめな方がタイプだな」

「へぇ、そうなんですか。他にはどんな感じがお好みですか?」

「……お前まさか、この話題を広げるつもりかよ」

怪訝としたウルゴなど気にせず、モモは前のめりでウルゴの好みを聞き出そうとしてきた。疲れた顔を浮かべたウルゴは、そのまま朝まで彼女の質問攻めに付き合う事になった。
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