聖邪の交進

悠理

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夕方。教会の聖堂には、信者である町の人々が集まり、壇上のオリバーに倣うように、主へのお祈りを捧げていた。
やがてお祈りを終え、オリバーは口を開いた。

「皆さま。本日の勤労、お疲れさまでした」

ねぎらいの言葉に、何人かの信者が頭を下げた。

「いつもは私から説教をさせていただいておりましたが、本日は別の方にお願いをしました」

その言葉には、信者の多くがざわめきを見せた。

「その方の希望で、本日の説教はここの前にあります、広場にて行われます。皆さま、修道者に続いて、外へ向かいますようお願いいたします」

聖堂の扉が、修道者によって開かれる。彼らに導かれるまま、信者は外へと向かっていった。
普段はただ通り過ぎたり、時には集まって談笑し、またある時は子ども達が遊ぶこともある広場。空には薄い雲がかかり、その奥にあるであろう夕陽によって、微かに赤みを帯びていた。
そんな空の下、モモは一人佇んでいた。即席の壇上に立ち、教会から現れた多くの信者を前にしても、凛とした様子の彼女に、信者らもただ事ではない予感を感じ取った。

やがて聖堂にいた全ての信者が広場に集まり、辺りは、しんと静まりかえる。風が吹き、木々がさざめく。それが収まると、モモは口火を切った。

「皆さん。本日はお集りいただき、ありがとうございます。各地を巡回しております、暁の門の修道女が一人、モモと申します」

簡単な挨拶と共に会釈をする。頭を上げると、モモはさらに続けた。

「私の巡回の目的は、ひとえに主の教えを広める事にあります。皆様が主を崇める事により、主はお力を取り戻し、世界に平和と安寧をもたらし給うことでしょう」

しかし、とモモは目を伏せる。一呼吸置き、おもむろに目を開いた。

「時折、思い悩むことがあります。私は、主の教えを正しく伝えられているのかと。誤った教えを伝えてしまえば、主がお目覚めになられた時、我々に失望してしまわれる事でしょう。それが私は不安なのです」

胸の前で、きゅっと、両手を重ねる。遠目にしていた人の目にも、彼女が憂いの瞳を浮かべていたことがわかった。

「主の教えには、全ての人々は平穏に過ごすべきとあります。しかし、それを阻む存在がいます。それが、邪気という存在です」

邪気という、聞き覚えのない単語に、人々に疑問符が浮かぶ。悪魔の存在こそ知っていても、彼らの放つ邪気について知っている人間は少ない。邪気と悪魔の関係は正典にも記されているのだが、ウルゴの言う通り、読み込んでいる人間はほとんどいなかった。モモは心の中で嘆息しながら、胸の前の手を解き、人々を眼下に見据え、続きを発した。

「邪気こそ、我々の平穏を脅かす敵。邪気は罪のない人々を悪魔に変え、世界に混沌をもたらします。悪魔になった人々は、決して我々の敵ではありません。彼らは邪気による被害者です。それは、そのご家族もまた同じなのです」

ここからが重要だ。教えを正しく理解させ、メイビス一家に平穏をもたらす。モモはごくりと、唾を飲み込んだ。

「邪気は人々の中に悪魔を生み出すことで、我々の不安を煽り立てます。ですが皆さま、どうか奴らの思惑に惑わされないでください。彼らのそれは、黄昏の影のようなもの。どんなに巨大に見えても、それは影であり、実物ではありません。面を上げ、目を凝らしてください。影の向こうにいるのは、我々と同じ人なのです。同じ人同士で争う事を、主は決して望みません」

モモの言葉に、何人かの信者が目を逸らした。彼女の言葉が何を指すのか理解し、咎められている気持ちになったのだろう。モモに彼らを断罪する気持ちはない。ただ、これまでを改め、これから変わってほしいだけだ。

「皆様にお願いします。主が我々を愛するように、皆様も隣人を愛してください。決して爪を、牙を立てないでください。我らは人。邪気のような醜い存在ではない。主が愛してやまぬ、崇高なる民なのです」

慈愛にも、慈悲にも映る瞳を浮かべ、モモは説教を締めくくる。その時、彼女の頭上から光が差し込んできた。薄雲が晴れ、向こうの陽光が降り注いだのだ。

「おお……」

どこからともなく、感嘆の声が漏れる。後光を受けたモモの姿は神々しく、主の御使いのように映った。
モモが頭を下げ、ゆっくりと壇上を降りる。教会に戻ろうと、人々の群れを迂回するように歩く。その姿すらも神聖なものに映り、彼女が近くを通ると、信者は皆恭しく頭を下げた。
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