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第五章 フランカ市

第129話

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 はぁ…なんでこうなるかな?

 僕の足元には、その人こと魔族のナディアさんが跪きながら必死に頭を下げています。

 「お願いします!お願いします!帰れとか言わないで?」

 「いや、そもそもナディアさん一緒にいたらマズイでしょ?」

 「うっ…確かにそうなんだけど、お願いします!ほんとなんでもするんで!」

 …縋り付くなし。



 遡る事しばし。

 連れ帰ってきた魔族さんの事情を聞き出そうとシアの姿を探すと、どうやら小屋の中にいる様です。
 ネルと中に入ろうとした時、ちょうど叫び声が聞こえてきたもんだから、思わず聞き耳を立てちゃいました。

 「えぇい!ワタシをどうするつもりだっ!言っておくが、ワタシから何か聞き出そうとしても無駄だからなっ!
 これでも我が国では特殊部隊の一角を預かる身。
 例え拷問されようとも断じて口は割らん!」

 「マイラよ。こやつ何やら特殊部隊の者だそうじゃ」

 「そのようだねぇ…何も訊いてないのに身元を明かす特殊部隊員なんて初めて見たよ」

 魔族さんってば、しまったって顔で口を押さえてるけどさ、もしかしてアレな感じの人か?

 「例えワタシが特殊部隊員だと知れたところで、それがどうしたと言うのだっ!
 任務内容は絶対に話さないからなっ!」

 「…なんかの任務で動いてるようだねぇ」

 「そうじゃな。まだ何も訊ねてはおらぬが…」

 魔族さんってば、以下同文…

 「任務で動いてるからなんだと言うっ!夜明けまでにワタシが戻らなければ、フランカの街にいる部下達がすぐに動き出すぞ!
 ワタシの持つマーカー魔道具の波長を追って、この場所などたちまち割り出すはずだ!
 そうなれば貴様達は、20人の魔族を相手にする事になるんだ!
 悪い事は言わん。早く解放しろっ!」

 「フランカの街に20人の部下がいるそうじゃ…フランカ襲撃はこやつ等の仕業らしいの」

 「なんだろうねぇ…とりあえずユーマ君達には報告しておこうか。一応名前くらいは訊いてあげよう」

 聞きたかった事を自白してました…勝手に。
 名前だけでも聞いてあげるマイラさんが優しいです。

 「ふっ。覚えておくがいい!ワタシこそ、エスト魔王国軍第2特殊部隊小隊長ナディア・アホネン!
 そして聞いて驚け!魔王国アホネン子爵家の暗器とはワタシの事だ!」

 ….知らんし。
 って言うか、表に出したくなくて隠されてただけなんじゃ…

 「ねぇ、ユーマ。あんた凄いの拾って来たわね…」

 「アホネン…」

 「言いたい事はわかるわ。そこはぐっと堪えてあげて?」



 ナディアさんが高らかに名乗りをあげるのを聞いて、僕達は小屋に入りました。
 僕の姿を見て、ビクッとなるナディアさん。
 地味に傷つくからやめて?

 「シアもマイラさんもありがとう。
 尋問しようかと思ってたけど、2人が全部聞き出してくれたみたいだね。外で聞いてたよ」

 「名前しか訊いてないけどねぇ…」

 「えーっと、ナディア・アホネン小隊長は子爵家のお子さんで、魔王国軍の特殊部隊に所属してて、フランカ襲撃作戦の実行役を任務として、20人の部下と居たって事だったっけ?」

 そう言う僕を見て、何故か震え出すナディアさん。

 「き、貴様は恐らくさぞかし名のある武人なのだろう?王国の騎士か?それとも高ランクの冒険者か?
 ワタシをどうするつもりだ?
 まさかフランカ襲撃の報復に、慰みモノにするつもりなんじゃないのか?
 そんな事をすれば、必ず魔王国から追われる事になるぞ?」

 「うーん…こっちの心配をするよりさ、この後の自分の立場を心配した方がいいんじゃないの?
 一応事情を聞いたからには、僕としても偉い人に報告はしなきゃいけないし。
 そうなればナディアさんは、情報漏洩の罪を負う事になると思うんだよね」

 「そ、それは…貴様が内緒に…」

 なんか無茶苦茶な事を言ってるよ?自覚してるのかな?

 「内緒に出来る訳ないじゃん。一応これでも人族の一員だしさ。
 まぁ、今ナディアさん自身をどうこうするつもりはないし、聞きたかった事は一通り聞いたし、晩御飯まだだし、お風呂も入りたいし、明日部下の人達に襲われても面倒だから、もう解放するよ?」

 「解放…それは助かるが、その…報告はするのだろう?
 という事は、ワタシが情報漏洩した事はバレると言う事じゃないか…
 その上で解放すると言われて、ワタシはどうしたらいいんだ!?」

 「え?帰れば?って言うか、帰ってくれないと迷惑なんですけど…」

 何故か、捨てられた仔犬のような表情になってウルウルし始めるナディアさん。

 「そ、そんなぁ…帰れないよぉ…」

 「いや、部下の人も待ってるでしょ?早く帰って?」

 と言うわけで冒頭に繋がるんですけど…



 「いや、なんでもするとか言われても迷惑なんだけど?」

 「でも、だって帰ったらいずれ軍法会議で絶対殺されちゃうじゃないっ!
 ね?お願いしますぅ…ここに居させてぇぇ」

 そんな事言われたって、魔族が20人も押し寄せて来たら、絶対面倒事になるじゃん。
 まぁ小隊長がこのレベルだし、来たからといってどうこうされるつもりはないんだけどさ。
 めんどくせぇ…

 「いっそ一思いに殺しヤっちゃえば?ユーマ」

 「それも一つの手かもしれないけどさ、マーカー魔道具とかいうやつがあるって言ってたしさ、敵討ちとか言って狙われたりしそうじゃん?」

 ネルが不穏な事を言ってるのを聞いたナディアさんは、もうなんていうか、見てられない様な表情になってます。

 と、その時小屋をノックする音が。
 …えっ?

 「夜分遅くにすいませーん!」

 …誰だ?こんなところに。
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