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第四章 プラム村
第104話
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プラム村は極めて平和な村だ。
街道沿いの村であるため、人通りもそれなりに多く、また比較的深い森からも近い為、森の素材を求める冒険者の数もまた多い。
それゆえ、村にしては珍しく冒険者ギルドの出張所が置かれており、単なる中継地ではなく、下級から中級の冒険者が拠点としても利用している。
当然、彼等を目当てにした酒場や、ちょっとした花街まである為、領都からは治安維持のために少数ではあるが、実戦的な兵士も駐屯する珍しい村である。
ただ、戸籍を持つ住人は、ほとんどが一次産業である農業、樵、狩人として生計を立てている為、人口はほぼ横ばいで推移し、街へと発展するためにはしばしの時間が必要だろう。
そもそもこの村は、開拓村としてスタートしている為、村長は開拓団の団長の家系が代々務めている。
村として認められた現在は、村長が領主の代官も兼任し、徴税まで代行する権力を与えられるという珍しい形式であり、その代わりとして、毎年領主からは監査役が派遣され、村の財務を報告するというスタイルで運営されている。
ジョセル・オーフェンは、今年の新年祭に併せてプラム村に派遣された、新任の監査役である。
彼は、王都の法衣貴族オーフェン子爵家の四男であり、家督を継ぐ可能性はほぼ皆無だった。
そのため、学院では勤勉に学を修め、運良く有力な貴族であるクレイドル侯爵家に、文官の一人として採用される事が出来た。
家宰のモームからの評価は高く、その証かのように、プラム村の監査役という重要な役割を任されたのだ。
この日ジョセルは村長の元を訪ね、この先に植え付ける予定の小麦の生産計画と予想収量を打ち合わせるつもりであった。
「村長、ジョセルです。資料の確認に参りました」
「オーフェン殿、ご足労感謝致します。さぁ中へお入りください。直ぐに資料を持って参ります」
応接室のソファーで資料を待つジョセルは、出されたお茶を飲みながら、帳簿を細工する事で捻出し、村長と分かち合う予定の裏金に思いを馳せている時に、激しく鳴らされる鐘楼の鐘の音を聞く事になった。
場所は変わって、ここは冒険者ギルドプラム出張所である。
領都のギルドから派遣されて来たカウフマン所長は、先日から帰還報告がない中級パーティ「剣風の音」の安否に頭を悩ませていた。
「剣風の音」は、プラム村で活動する冒険者の中でも、かなり優秀なパーティであり、これまでの依頼達成率で1、2を争う出張所のエース級だった。
その彼等が帰還しないという事実に、不安と異変を感じていたのは、カウフマン自身が元々、上級冒険者であった経験からである。
「ちきしょう、なんかキナ臭い予感がしやがる。昔からこの感覚が外れた試しがねぇんだ…」
執務室の机で、頭を抱えて唸っている時にカウフマンは、鐘が鳴るのを聞いて部屋を飛び出した。
またまたシーンは変わって、ここは領兵の駐屯地の司令室。
プラム治安部隊長のバルドは、50人からなる隊員の訓練を指揮し終え、司令室で明日の訓練指示書を作成していた。
明日は、半数の兵を率いて森林行軍訓練を行う予定であり、残る半数を副官に任せて治安巡回をさせるつもりだった。
半数での運用は、通常よりも効率的にしなければならず、副官の指揮力向上の機会にしたかったのだ。
また、行軍する者と残る者の選別をしなければならず、その配置を考えている時に緊急事態を報せる鐘を聞いた。
バルドは司令室を飛び出すと、大声で隊員達に向けて完全武装と集合を命令し、自身は司令部の物見櫓へと駆け上がる。
激しく鳴らされる鐘の音を聞きつつ村の入り口を見ると、守衛達が大慌てで門扉を閉じるのが視界に入ってくる。
と、同時に森の方角に、土煙が立ち上っているのに気が付いたのだった。
「なんだ!?何かが村に向かって来てるのか?」
急いで司令部正面の練兵場に向かうと、完全武装の隊員達が、不安げな表情でバルドを待って整列していた。
「全隊員に告ぐ!未確認の何かがプラムに向かっている!
緊急即応の為、これより全隊を持って村の正面入り口前に陣を敷く事を命じる!速やかに対応せよ!現場指揮は副官に任せる!
行動開始!」
全隊員への指示を済ませたバルドは、状況確認のため守衛隊詰所に急ぐのだった。
そして場面は、村の正面入り口横の守衛隊詰所に移る。
いつも通りであれば、村の門は来るものを拒まない。だが今この時は、完全に拒む事を目的として門を閉じる。
ほんの少し前、見張り台に上がった部下の呼び声に、慌てて自身も見張り台に上がった守衛隊長ロナルドは、そこから見えた現実に一瞬息を呑み、次の瞬間には備え付けられた鐘を全力で鳴らす事になった。
鐘を鳴らすのを部下と交替し、ロナルドは門へと走る。
「閉門!緊急事態発生!閉門!」
彼の限界の声を振り絞って指示を出し、辿り着いた門を必死で閉じたロナルドは次の指示を出す。
「オークの襲来だ!門に閂をかけ土嚢を積み上げろ!手の空いた者は全員協力せよ!」
徐々に門には土嚢が積み上げられ、しばらくはオークの攻撃にも耐えるだろう。だがそれは永遠ではない。いつかは破られ敵の突入を許す事になるだろう。
プラム村は平和な村であった。今この時までは…
街道沿いの村であるため、人通りもそれなりに多く、また比較的深い森からも近い為、森の素材を求める冒険者の数もまた多い。
それゆえ、村にしては珍しく冒険者ギルドの出張所が置かれており、単なる中継地ではなく、下級から中級の冒険者が拠点としても利用している。
当然、彼等を目当てにした酒場や、ちょっとした花街まである為、領都からは治安維持のために少数ではあるが、実戦的な兵士も駐屯する珍しい村である。
ただ、戸籍を持つ住人は、ほとんどが一次産業である農業、樵、狩人として生計を立てている為、人口はほぼ横ばいで推移し、街へと発展するためにはしばしの時間が必要だろう。
そもそもこの村は、開拓村としてスタートしている為、村長は開拓団の団長の家系が代々務めている。
村として認められた現在は、村長が領主の代官も兼任し、徴税まで代行する権力を与えられるという珍しい形式であり、その代わりとして、毎年領主からは監査役が派遣され、村の財務を報告するというスタイルで運営されている。
ジョセル・オーフェンは、今年の新年祭に併せてプラム村に派遣された、新任の監査役である。
彼は、王都の法衣貴族オーフェン子爵家の四男であり、家督を継ぐ可能性はほぼ皆無だった。
そのため、学院では勤勉に学を修め、運良く有力な貴族であるクレイドル侯爵家に、文官の一人として採用される事が出来た。
家宰のモームからの評価は高く、その証かのように、プラム村の監査役という重要な役割を任されたのだ。
この日ジョセルは村長の元を訪ね、この先に植え付ける予定の小麦の生産計画と予想収量を打ち合わせるつもりであった。
「村長、ジョセルです。資料の確認に参りました」
「オーフェン殿、ご足労感謝致します。さぁ中へお入りください。直ぐに資料を持って参ります」
応接室のソファーで資料を待つジョセルは、出されたお茶を飲みながら、帳簿を細工する事で捻出し、村長と分かち合う予定の裏金に思いを馳せている時に、激しく鳴らされる鐘楼の鐘の音を聞く事になった。
場所は変わって、ここは冒険者ギルドプラム出張所である。
領都のギルドから派遣されて来たカウフマン所長は、先日から帰還報告がない中級パーティ「剣風の音」の安否に頭を悩ませていた。
「剣風の音」は、プラム村で活動する冒険者の中でも、かなり優秀なパーティであり、これまでの依頼達成率で1、2を争う出張所のエース級だった。
その彼等が帰還しないという事実に、不安と異変を感じていたのは、カウフマン自身が元々、上級冒険者であった経験からである。
「ちきしょう、なんかキナ臭い予感がしやがる。昔からこの感覚が外れた試しがねぇんだ…」
執務室の机で、頭を抱えて唸っている時にカウフマンは、鐘が鳴るのを聞いて部屋を飛び出した。
またまたシーンは変わって、ここは領兵の駐屯地の司令室。
プラム治安部隊長のバルドは、50人からなる隊員の訓練を指揮し終え、司令室で明日の訓練指示書を作成していた。
明日は、半数の兵を率いて森林行軍訓練を行う予定であり、残る半数を副官に任せて治安巡回をさせるつもりだった。
半数での運用は、通常よりも効率的にしなければならず、副官の指揮力向上の機会にしたかったのだ。
また、行軍する者と残る者の選別をしなければならず、その配置を考えている時に緊急事態を報せる鐘を聞いた。
バルドは司令室を飛び出すと、大声で隊員達に向けて完全武装と集合を命令し、自身は司令部の物見櫓へと駆け上がる。
激しく鳴らされる鐘の音を聞きつつ村の入り口を見ると、守衛達が大慌てで門扉を閉じるのが視界に入ってくる。
と、同時に森の方角に、土煙が立ち上っているのに気が付いたのだった。
「なんだ!?何かが村に向かって来てるのか?」
急いで司令部正面の練兵場に向かうと、完全武装の隊員達が、不安げな表情でバルドを待って整列していた。
「全隊員に告ぐ!未確認の何かがプラムに向かっている!
緊急即応の為、これより全隊を持って村の正面入り口前に陣を敷く事を命じる!速やかに対応せよ!現場指揮は副官に任せる!
行動開始!」
全隊員への指示を済ませたバルドは、状況確認のため守衛隊詰所に急ぐのだった。
そして場面は、村の正面入り口横の守衛隊詰所に移る。
いつも通りであれば、村の門は来るものを拒まない。だが今この時は、完全に拒む事を目的として門を閉じる。
ほんの少し前、見張り台に上がった部下の呼び声に、慌てて自身も見張り台に上がった守衛隊長ロナルドは、そこから見えた現実に一瞬息を呑み、次の瞬間には備え付けられた鐘を全力で鳴らす事になった。
鐘を鳴らすのを部下と交替し、ロナルドは門へと走る。
「閉門!緊急事態発生!閉門!」
彼の限界の声を振り絞って指示を出し、辿り着いた門を必死で閉じたロナルドは次の指示を出す。
「オークの襲来だ!門に閂をかけ土嚢を積み上げろ!手の空いた者は全員協力せよ!」
徐々に門には土嚢が積み上げられ、しばらくはオークの攻撃にも耐えるだろう。だがそれは永遠ではない。いつかは破られ敵の突入を許す事になるだろう。
プラム村は平和な村であった。今この時までは…
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