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動き出した狂気の果てに【午後7時〜午後8時】

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「僕があいつの気を引く。その間に君は逃げるんだ」

 どう考えたって普通じゃない。自分達の身に危険が迫っていることをひしひしと感じる。村山が小声で漏らした言葉は、かすかに震えていた。

「そんなことをしたら村山君が――」

 辺りの暗闇が改めて入ってきて、真子はゾッとした。こんな街灯の明かりだけが頼りのような場所を、たった一人で逃げおおせろというのか。どこに罠が仕掛けてあるのかさえ分からないというのに、この闇の中を駆け抜けろと。そんなことできるわけがない。一人になんてなりたくなかった。

 ぽつん、ぽつんと、頬に冷たいものが当たったと思ったら、それは急に勢いを増した。こんな時に雨だ。辺りは暗闇、しかも罠がどこに仕掛けられているか分からない。それに加えて、下手をすればナタ女に追いかけられるかもしれない。しかも雨だなんて、泣きっ面に蜂どころの騒ぎではない。

 ナタ女は雨など気にしないといった様子で、一歩――また一歩と近づいてくる。その度にこちらも後退りをするが、その間合いは徐々に狭くなりつつあった。

「村山君、一緒に逃げよう? 私、嫌だよ。一人になるの……嫌だよ」

 自分の声が恐ろしいほどに震えていることに気づいた真子。絶対に一人になんてなりたくないし、一人になった自分が、この状況から抜け出せるヴィジョンが浮かばない。

「駄目だ――。僕も絶対に後から追う。だから、君は……真子は先に逃げるんだ」

 どうして一緒に逃げようとしないのか。自分の足元へと視線をふと落とした真子は、ようやくそれを理解した。真子の靴の片方は、村山から借りたサイズの合わないものだ。歩く分には問題はないのだが、いざ走るとなると影響が出てしまう。走り出した途端にすっぽ抜けてしまうかもしれないし、脱げないように気を遣って走るとなると、あまり速度は出せない。村山にいたっては片方が裸足同然であるのだが、きっと一緒に逃げ出して、真子が遅れをとってしまった時のことを懸念しているのだ。遅れをとってしまうということは――考えるまでもない。

「でも――」

「いいから行くんだ!」

 村山の思惑を知った真子は、先に逃げるなんてことはしたくなかった。しかし、村山の剣幕に、とうとう観念をした。ここで自分が駄々をこねることで二人とも助かるのであれば、いくらだって駄々をこねる。でも、実際はそうじゃない。駄々をこねようが、意地を張って残ろうが、目の前にいるナタ女が脅威の存在であることに変わりはない。
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