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暴走するモラルと同調圧力【午後5時〜午後6時】

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「――境界線を越えるんだよ」

 村山との口論がヒートアップしていたはずなのに、その一言だけは冷たく、そして背筋が凍るような落ち着きがあった。

「な、何言ってんだよ。そんなことしたら……」

 街の境界線を越えた場合はプレイヤーの負けとみなされ、街が焼き尽くされる。村山が覚えている限り、ルールではそのような決まりがあったはずだ。

「この街は焼き尽くされる。私が境界線を越えるのだから当然だ」

 磯部の言葉がさらに重たくなり、声には出さぬプレッシャーのようなものが村山に向けられる。子どもは黙って大人の言うことを聞いていればいいのだ――そんな、高圧的なプレッシャーだった。

「そんなことをしたら、みんな死んじゃうよ……」

 いまだに涙の枯れぬ真子が呟くと、磯部は首を小さく横に振った。

「正確にはみんなではない。私の考えが正しければ、境界線を越えた人間は助かるはずだ。境界線を越える――ということは、すなわち街から外に出ると解釈できる。言い換えれば、誰かが街の外に出たら、この街は焼き尽くされるわけだ」

 この男は、どれだけ自分が恐ろしいことを口にしているのか分かっているのだろうか。淡々と続ける磯部に、村山は初めて恐怖を抱いた。

「境界線を越えた者は、その時点ですでに街の外にいる。そして、焼き尽くされるのは――この街だ。外にいる人間にまで影響はないと私は考えている」

 これはルールの抜け穴ではないのだろうか。確かに、磯部の言っていることに一理あるような気もするのだが、果たしてそこまでうまくいくのか。

「でも、境界線を越えた者には危害が及ばないという保証はない。それに、自分達の勝手な行動で、他の参加者が死ぬことになるんだ。そんなことできるわけがないだろ!」

 闇雲に歩き回っているように見えて、磯部は境界線を目指していたのだ。思い返せば、進路をあれこれと変更しながらも、目指すべき方角は固定されていたような気がする。例の坂を迂回した後も、これまでと同じ方角に向かうように修正していた。同じ方角に向かってひたすら歩けば、いつかは必ず境界線にたどり着く。磯部はそう考えて動いていたのだ。

「今となっては別に強要するつもりはない。したくなければしなければいい。ただ、私はこれまで通りに目指すことにするよ。境界線をね――」

 磯部はそう吐き捨てると村山達に背を向けた。

「世の中は食うか食われるかだ。社会に出ればいずれ分かるよ。いや、君達が社会に出ることはないか。まぁ、せいぜい足掻けばいい」
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