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第四章 ミノタウロスはいる【過去 鏑木孝義】
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こんな田舎だから仕方がないのかもしれないが、どうにも周囲の連中は色恋沙汰しか話題に出さないから面白くない。若いうちに結婚して、若いうちに子どもを作る。そんな前時代的な考え方が、いまだにこの辺りでは当たり前のように根付いている。
結婚のどこに幸せがあるというのだろうか。子どもを産むのにだって金がかかるし、それから先――少なくとも成人するまで金がかかり続ける。しかも、これまで自由にできていた時間も、家のことや育児に割かねばならなくなる。今の世の中、独身のほうが明らかにメリットが大きいのに、まだ結婚がどうだと言っている。こんな田舎だから、この歳から色恋沙汰にしか興味がなくなるのだ。
自分は違う――鏑木は自負していた。互いにパートナーを求めるのは、いわば人類としての本能であり、理性的なものではない。そして、いまだに本能ありきで生きている田舎者には、うんざりなのだ。
絶対に都会の大学に受かり、こんなところからは脱却してやる。もちろん、二度とこんなところには戻らない。仕事もなければ娯楽もない。生まれ育った土地かもしれないが、愛着は一切なかった。親を養えというのであれば、こっちに戻るのではなく、自分のところに連れてくる予定でいる。
「鏑木って、そんなに真面目でなにが面白いの? なんかどこかで必ず一線を引いているよね」
茜がつまらなそうに溜め息を漏らす。
「別に面白くはないさ。ただ、極力無駄なことはしたくないだけだよ。例えば、友人の事が済むまで、こんなところで待ち続けるとか――」
鏑木が言い終えるのを待たずに、甲高い悲鳴のようなものが聞こえたのは、その時のことだった。
思わず茜と顔を見合わせる。
「今の声――由美香じゃない?」
茜は声を振るわせていた。確かに、今の声は由美香のものだったように聞こえた。しかも、明らかに尋常ではない声――悲鳴だった。間違いない。悲鳴のようなものではなく、悲鳴だったのだ。
「いや、鳥の鳴き声かもしれない」
自分で言っておきながら、そんなことはないと思った。そんな鳴き方をする鳥なんているわけがない。
「ちょっと様子を見に行ったほうが良くない?」
「だが、もし何事もなかったとしたらだ――」
このような場合、まず間違いなく茜の判断が正しい。正しいのではあるが、しかし何事も起きていなかった場合――すなわち、本当に鳥の鳴き声だった場合を想定する鏑木。無意識のうちに、ミノタウロスの森に入ることを避けているのかもしれない。
結婚のどこに幸せがあるというのだろうか。子どもを産むのにだって金がかかるし、それから先――少なくとも成人するまで金がかかり続ける。しかも、これまで自由にできていた時間も、家のことや育児に割かねばならなくなる。今の世の中、独身のほうが明らかにメリットが大きいのに、まだ結婚がどうだと言っている。こんな田舎だから、この歳から色恋沙汰にしか興味がなくなるのだ。
自分は違う――鏑木は自負していた。互いにパートナーを求めるのは、いわば人類としての本能であり、理性的なものではない。そして、いまだに本能ありきで生きている田舎者には、うんざりなのだ。
絶対に都会の大学に受かり、こんなところからは脱却してやる。もちろん、二度とこんなところには戻らない。仕事もなければ娯楽もない。生まれ育った土地かもしれないが、愛着は一切なかった。親を養えというのであれば、こっちに戻るのではなく、自分のところに連れてくる予定でいる。
「鏑木って、そんなに真面目でなにが面白いの? なんかどこかで必ず一線を引いているよね」
茜がつまらなそうに溜め息を漏らす。
「別に面白くはないさ。ただ、極力無駄なことはしたくないだけだよ。例えば、友人の事が済むまで、こんなところで待ち続けるとか――」
鏑木が言い終えるのを待たずに、甲高い悲鳴のようなものが聞こえたのは、その時のことだった。
思わず茜と顔を見合わせる。
「今の声――由美香じゃない?」
茜は声を振るわせていた。確かに、今の声は由美香のものだったように聞こえた。しかも、明らかに尋常ではない声――悲鳴だった。間違いない。悲鳴のようなものではなく、悲鳴だったのだ。
「いや、鳥の鳴き声かもしれない」
自分で言っておきながら、そんなことはないと思った。そんな鳴き方をする鳥なんているわけがない。
「ちょっと様子を見に行ったほうが良くない?」
「だが、もし何事もなかったとしたらだ――」
このような場合、まず間違いなく茜の判断が正しい。正しいのではあるが、しかし何事も起きていなかった場合――すなわち、本当に鳥の鳴き声だった場合を想定する鏑木。無意識のうちに、ミノタウロスの森に入ることを避けているのかもしれない。
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