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査定2 惨殺アイちゃん参上【プロローグ】
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一瞬、それがなんだか分からなかった。漠然とした黒い塊にしか見えなかった。しかし、それにようやく輪郭が出てきた。最初から輪郭はあるはずなのに、そこにあるものが想定外のものだから脳が輪郭を把握できていなかった――そんな感覚。
カラスだった。まるで小屋の壁に磔になったそれは、小さい頃に見た虫の標本を連想させた。なぜなら、太い針のようなものが胴体を貫通して後ろの壁にまで達し、磔にされているようになっていたから。その太い針のようなものに矢尻らしきものがついているのを見つけ、ようやくボウガンで射られたのだと理解した。
やや下からの角度で突き刺さったボウガンの矢尻からは血がしたたり、地面には血だまりを作っていた。
何よりも河合が寒気を感じたのは、木造の壁に直接マジックか何かで書き殴られたメッセージだった。暖かみのあるはずの木の茶色の上に、場違いなピンクのマジックで書き殴られたらしきそれは、カラスの異様な姿とギャップがあり、より一層不気味に見えた。
――惨殺アイちゃん参上。
メッセージそのものは、実に可愛らしい丸文字で書かれており、また句点の代わりにハートマークがメッセージの最後に描かれていた。
ずっと息を止めていたことに、ようやく気づいた河合は、慌てて息を吸い込み、そして盛大に咳き込む。
ここ雛撫高校は女子校である。ピンク色のペン、おぞましいメッセージに混ぜ込まれたハートマークという茶目っ気。いかにも年頃の女子高生が書きそうな独特な丸文字。まさか、この高校の生徒の中に、こんな酷いことをする生徒がいるというのだろうか。
シチューの匂い、それがなぜか生臭く感じたのは、目の前に見える血染めのカラスのせいか。遠くで往来する車の音、鳴らされるクラクション。まるで河合のいる空間だけが現実と悪夢の狭間にいるようで、本当ならば心強いはずの日常の気配さえ嘘っぽく思えて――なんだかとても怖くなった。生き絶えているはずのカラスの目が、何かを訴えるかのごとく、じっと河合のことを見つめていた。
人間というものは、真に恐怖を感じた時、叫び声など出ないものだと知った。声にもならない掠れた呼吸音を喉から出すと、河合は一目散に詰所へと向かって駆け出す。
まさかこれが、後にこの高校で連続的に発生する事件の発端であったなど、ただの発見者にすぎない河合には、とうてい知る由もなかったのであった。
カラスだった。まるで小屋の壁に磔になったそれは、小さい頃に見た虫の標本を連想させた。なぜなら、太い針のようなものが胴体を貫通して後ろの壁にまで達し、磔にされているようになっていたから。その太い針のようなものに矢尻らしきものがついているのを見つけ、ようやくボウガンで射られたのだと理解した。
やや下からの角度で突き刺さったボウガンの矢尻からは血がしたたり、地面には血だまりを作っていた。
何よりも河合が寒気を感じたのは、木造の壁に直接マジックか何かで書き殴られたメッセージだった。暖かみのあるはずの木の茶色の上に、場違いなピンクのマジックで書き殴られたらしきそれは、カラスの異様な姿とギャップがあり、より一層不気味に見えた。
――惨殺アイちゃん参上。
メッセージそのものは、実に可愛らしい丸文字で書かれており、また句点の代わりにハートマークがメッセージの最後に描かれていた。
ずっと息を止めていたことに、ようやく気づいた河合は、慌てて息を吸い込み、そして盛大に咳き込む。
ここ雛撫高校は女子校である。ピンク色のペン、おぞましいメッセージに混ぜ込まれたハートマークという茶目っ気。いかにも年頃の女子高生が書きそうな独特な丸文字。まさか、この高校の生徒の中に、こんな酷いことをする生徒がいるというのだろうか。
シチューの匂い、それがなぜか生臭く感じたのは、目の前に見える血染めのカラスのせいか。遠くで往来する車の音、鳴らされるクラクション。まるで河合のいる空間だけが現実と悪夢の狭間にいるようで、本当ならば心強いはずの日常の気配さえ嘘っぽく思えて――なんだかとても怖くなった。生き絶えているはずのカラスの目が、何かを訴えるかのごとく、じっと河合のことを見つめていた。
人間というものは、真に恐怖を感じた時、叫び声など出ないものだと知った。声にもならない掠れた呼吸音を喉から出すと、河合は一目散に詰所へと向かって駆け出す。
まさかこれが、後にこの高校で連続的に発生する事件の発端であったなど、ただの発見者にすぎない河合には、とうてい知る由もなかったのであった。
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