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第二章
エピローグ
しおりを挟む――あれから約七十年の時が過ぎた。
異界の湖から然程離れていない距離に、ひっそりと二つの墓石が並んでいる。ベルは黒い服に身を包み、墓石の前で手を合わせていた。この場には輝人、そして召喚獣全員が顔を揃えていた。こうして全員が揃うのは数年ぶりかもしれない。
「いい人生だったって」
「人間として七十年も、愛する人と生きたんだ。それはとても幸せなことだと私も思うよ」
金の瞳から涙を流すベルに、ロセウスが寄り添って肩を抱く。その温もりにさらに涙が零れ出る。
皺だらけになった顔で、クライシスは笑っていた。年齢を重ねるごとにクライシスの棘は取れていき、リーディルと最期まで手を繋いでいた。そしてリーディルも幸せそうにクライシスとともに、天へと旅立っていった。
「リーディルも、最期とてもいい笑顔だった」
召喚獣と違い、契約獣は契約術師と最期を共にしていくことができない。契約はしていても、輝人や召喚獣との関係性とは違い、命は個々のもの。それを縛ることはできないからだ。しかしそんな中、苦しむことなく穏やかな気持ちで二人仲良く旅立つことができたのは、もしかしたら神なりの采配なのかもしれない。
「覚悟はしていたけど、やっぱり知り合いが命を全うするのは、悲しいというか寂しいもんだよな」
肩に乗るトトーの頭を撫でながら、ラヴィックが天を見上げた。
「私たちは輝人。見送ることは幾度とあっても、見送られることは後継を見つけないかぎりないからな」
「そんな輝人たちのために、私たちも同じように命を授かったのだけれどね」
エリオットとコーディリアが互いの存在を確かめ合うように、体を寄せ合う。
「何度経験しても慣れることなどできぬものよ」
「それでも、人間と仲良くすることを止められないのが、私たちの性ってもんなのかもねぇ」
ニードとヴァイオレットは、ベルの何倍もの時を生きている。そんな彼らが言うのだから、そうなのだろう。
この世界でベルとして目を覚ましたときの国王、エドアルドは四十年ほど前に、そして王太子だったラシードも立派に国王としての役割を果たし十年ほど前に他界している。今ナツゥーレ国の国王はラシードのひ孫にあたる男性だ。
それにベルと仲が良かった幼馴染のルルとララは数年前に天へと旅立っていった。あの時は幼馴染が逝ってしまったこともあって、一週間ほど家にこもり、ロセウスたちを心配させてしまった。それでもこうして立ち直れたのは、三人がずっと傍にいてくれたからだ。
同じ時を生きてきても、人間である彼らは歳をとり、やがて死んでいく。しかしベルたちはどれだけ生きても、外見が変わることも寿命で死ぬこともない。幼馴染であったルルとララと召喚術師になる前までは同じ年として見られていた。しかし歳を重ねるごとに、お姉さんと妹、お母さんと娘、おばあさんと孫というように見られ方が変わっていってしまった。それが悲しくて仕方なかった。
ルルとララはそう見られるのを受け止め、流していたが、ベルにそんな器用なことはできなかったのだ。
そんなベルを置いていってしまうことを心配したルルとララは、ベルに約束をした。これからも雑貨屋パステルをご贔屓に、子孫たちとたまでいいから会って、思い出話に花を咲かせてほしい、と。
ロセウスたちの支えがあっても、この言葉がなかったら、数年は家に引きこもっていたかもしれない。最近は子孫たちとルルとララの思い出話をするのが、楽しみの一つでもあった。
クライシスとリーディルの死から、様々な人との繋がり、そして別れを思い出す。涙が溢れるたび、アーテルやアルブスが目元を拭ってくれた。
クライシスやリーディルとの思い出話を皆で語り合ったあと、各々近況を報告しだす。他愛もない話から、驚くような国の情勢まで、内容は様々だ。そうして一区切りがついたところで、解散となった。
輝人は一国に一人。帰る場所はそれぞれ違う。だからこうやって皆で集まれることは珍しい。それでも別れが辛くならないのは、寿命がないおかげなのだろう。
ベルたちは丸一日かけて、自分たちの家へと戻ってきた。
「んー、やっぱり家は落ち着くね」
風呂で疲れを落とし、ベッドにダイブをする。しばらくして風呂から上がったロセウスたちが順番に姿を現し、ベッドに腰をかけたり、ベルと同じように横になったりとしていた。
「ベル、もう気持ちは落ち着いたかい?」
「んー、どうだろう。まだ落ち着くまではいかないかも」
「だろうな。最初の出会いはどうであれ、お嬢とクライシスって意外と話が合ってたからな」
「それな。俺たちが嫉妬するぐらいに」
「クライシスにはリーディルがいるし、私にはロセウスやアーテル、アルブスがいるんだよ? 心配する必要はないのに。まあ同郷の人ではあるから、色々と盛り上がっちゃったのは認めるけどさ」
日本のことを話すのは、クライシスが一番の適任だった。戻りたいとは思わなくても、懐かしいと思ってしまうことは多々ある。それはクライシスも同じだったようで、そんな懐かしさを互いに話すことで、気持ちを昇華させていたのだ。
「ああでも、そうやってお嬢がクライシスのことを思い出すだけで、若干嫉妬しそう」
「俺も。アーテルの気持ちわかるわ」
「そんなこと言わずに……」
相変わらずな三人の態度に思わず笑ってしまう。
「ねぇ、お嬢」
「ん? なに?」
アルブスがベルに頭を擦りつけるように甘えてくる。そんなアルブスを受け入れ、聞き返す。
「俺たちは何十年もこうして同じ姿のまま変わらない。街の皆にもこうして置いて行かれてしまう。けれど俺たちは絶対にお嬢を置いていかないから。だからずっと隣にいてほしい」
「アル……」
まるで告白でもされているようだ。
「そうだぜ、お嬢。俺たちは望んでお嬢の隣にいる。最期まで決して手を離したりしないから覚悟しとけよ?」
「っ、アーテ」
そんなアルブスに便乗して、アーテルがベルに抱き着いてきた。
「アーテル、アルブス。ベルを独占するなんてずるいじゃないか。私も大切で愛しいベルを置いていくつもりなんてないよ。ベル、愛している。こうして出会ってから何十年と経った今も、そしてこれからも」
ベッドに腰をかけていたロセウスが、尻尾を出してベルの体を包む。
「セス……。うん、皆ありがとう」
ロセウスたちだって辛くないわけがないのに、こうしてベルを慰め、甘やかしてくれる。本当に出来た召喚獣だ。
アルブスとアーテルから両頬にキスが落とされる。
「てことで、お嬢」
「恒例の運動でもしようぜ」
そしてこんな流れになってしまうのも、さすがベルの召喚獣だと言わざるをえない。そんな彼らの誘いを、もちろん断ることはせず受け入れた。クライシスとリーディルの死を受け入れ、人肌恋しいことを三人とも気づいて、こうして声をかけてくれたのだから。
「ん……」
いつの間にかベルの上に乗っていたロセウスによって、唇を奪われる。
「ベル、好きだよ」
「俺もだ、愛してる」
「ま、言葉だけじゃ足りないから、態度で示させてもらうけどな」
三人から交互に振ってくるキスや愛撫を受け止め、その愛に溺れていく。そして同時に頭の片隅で思う。
ああ、この三人が今まで、そしてこれからも傍にいてくれてよかったな、と。
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