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第二章

六十六話

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(やっぱり……)

 元召喚術師だから龍脈の扱いに長けていても、召喚獣のように龍脈の力を魔法に変えることは難しい。どういう方法を取ったのかは本人に聞くしかないが、それなりの代償があるのだと推測していた。

 クライシスの戦闘を見る限り、一日数回程度なら体にそれほど支障をきたさないのだろう。しかしこれが数十回となれば話は別だ。何度も咳き込み、血を吐き出すことから相当な負担が体にかかっていることは一目瞭然だ。

 ベルたちだけであれば、こんなにも簡単にクライシスに膝をつけさせることはできなかっただろう。ヴィータが戦ってくれたおかげだ。

 これならば近づいても問題ないだろうと、クライシスに向けて足を踏み出そうとするが、それを両隣にいたアルブスとアーテルによって肩を掴まれ阻止されてしまった。

「大丈夫だよ」

「駄目だ」

「演技かもしれないだろ」

 あれだけ苦しそうなのに、これで演技だとしたら大したものだ。どうにかして説得しようとするが、ロセウスがベルの前を陣取り、通せんぼをしてきた。

「ベルが大事なんだよ。これだけは言うことを聞けない。分かっておくれ」

 三人は一度クライシスに遅れをとったことがある。その苦い経験から、少しでもベルから危険を遠ざけようとしてくれているのだろう。

(これは無理そう……かな)

 どうにか押し切ろうとも考えたが、三対の金の瞳を一瞥して諦めた。そこには強固な意思が宿っていたからだ。

「はぁ、わかった。クライシスには近づかない。けれど顔を見て話がしたい。セス」

 これがせめてもの譲歩だ。それはロセウスもわかっていたのだろう。すぐに一歩横にずれて、クライシスの顔が見えるようになった。

 口から決して少なくはない量の血を吐きながら、ベルを睨みつける。リーディルの話を聞いた今、その姿はどこか寂しそうにしか見えなかった。

「ロゼリアはどこに?」

「ごほ、今更ロゼリアの心配? まあいいけど。ここにはいないよ。星野鈴に毒を盛ってもらったあと、王都の宿泊施設で待機させてある。ここに連れてきたところで足手まといになるだけだからね」

「隠すことなく、べらべらと喋って大丈夫なの?」

「元々隠すような情報じゃない。あれは僕の遊びみたいなものだから。ロゼリアが捕まったところで僕には関係ない」

 その声色に嘘は感じない。本当にそう思って使っていたのだろう。しかしこの場にロゼリアがいないことにほっと胸を撫で下ろした。

「ああそう。でも親切に教えてくれたお礼に私からも一つ情報をあげる。これに見覚えはない?」

 ベルはポケットから一枚の葉っぱを取り出した。一見すると何の変哲もないただの葉っぱ。しかしよくよく見てみれば、葉っぱ自体がほのかに発光していることが分かる。クライシスはそれに気づくと、体がぼろぼろであることも忘れて、立ち上がろうとした。しかし体は言うことを聞かず、すぐにその場に這いつくばってしまう。クライシスが動こうとしたと同時に、ロセウスたちが魔法を発動させたが、それを手で制した。

「見覚え、あるよね?」

「どうしてそれを持っているっ!!」

「本人からもらったから」

「本人から、貰った……? リーディルは死んだんだ。僕の腕の中で」

 ヴィータもリーディルからこの葉っぱを受け取っているはずだ。それなのにこのような反応を示すということは、戦闘中に見せる余裕がなかったのだろう。ベルもクライシスが戦えなくなったからこそ、こうして見せることができたのだから。

 リーディルの種族は、緑の毛並みを持つ葉鹿はじかだ。種族名通りに、角に葉っぱを芽吹かせており、一枚一枚がほのかに発光していることが特徴だ。とても見目の綺麗な種族である。今回リーディルの葉っぱをもらったのには訳があった。

「でもこれはリーディルのものでしょう? クライシス、貴方がリーディルの葉っぱの色を見間違えるはずがない」

 葉鹿の葉っぱは、個体によって色が違う。全く同じ色、発光の仕方が同じということはまずありえないのだ。だからこうしてベルは葉っぱをリーディルから託された。

「だけど、でもっ……リーディルは」

「葉鹿の葉っぱは、死んだら枯れてしまう。けれどこの葉っぱは枯れていない。これが意味すること、分からない? それとも分かろうとしない?」

 クライシスの瞳にはすでにベルへの憎しみは消え、代わりに困惑が広がっていた。今までリーディルが死んだと思って過ごしてきたのだ。信じたくとも、頭が追いついてくれないのだろう。どうすれば信じてくれるのか。そこまで考え、ふとトトーの魔法を思い出した。

「トトー!」

 森のどこかにいるトトーに大きな声で呼びかける。

「なに?」

 すでに戦闘が終わったことを察して、こちらに近づいてきていたのだろう。ひょっこりと木々の間から顔を出すトトーにお願いをする。

「魔法で疲れているところ悪いんだけど、一度だけでいい。魔法を使ってほしいの」

「魔法? ああ、そういうこと。いいよ、それくらいならお安い御用だよ」

 どの魔法、と言わずともトトーは状況からすぐに察してくれた。
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