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第二章
二十九話
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「久しぶりよのぉ、ベル嬢」
名前を呼ばれ、久しぶりに見るニードをもっと近くで見ようと、足を水鏡に近づける。
好好爺然とした老人、ニードは長い茶ひげを指でいじりながら、孫を見るかのように、ベルの姿を見て頬を緩ませていた。
「うん、久しぶりニー爺」
ベルが生まれる何百年も前から輝人をしているニードに最初こそ敬語を使っていたが、敬語を使われるとこそばゆくなると会う度に言われ、今では祖父と孫のような感じで話している。
「ベル嬢が眠った時は心配で堪らなかったが、こうしてまた話すことができてよかったわい」
「その節は、本当に心配かけてごめんね」
ニードの声には、安堵の気持ちが含まれていたので素直に謝っておく。
「全くよ。また時間が空いたときにでも、遊びにきておくれ。水鏡で見て話すのもいいが、やはり直接ベル嬢と話したいものでな」
ニードの気持ちもわからないでもない。こうしてテレビ通話のように気軽に話せるのもいいが、直接合う、合わないでは気持ち的に違ったものがあるのも事実だからだ。
「だがそれも、此度の件が片付いてからになるがのう」
目じりを下げていた表情が、話題が変わった途端に変わる。ベルに向けられたものではないと分かっているのに、その鋭い視線に体が竦みそうになる。
「ヴィータ、面倒をかけてすまなかったの」
「いいのよ、ベルの為だもの。でもごめんね、ベル。もっと手助けできればよかったのだけれど、私の立場ではこれが精いっぱいなのよ」
ベルの頬に手を当て、すまなそうに謝るヴィータに首を横に振る。
「これで十分だよ、ヴィー。ヴィーのおかげでクライシスたち相手に後手に回らずに済むんだから」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。じゃあ私はこれで帰るわね。あまり『異界の湖』をまかせっきりにしてもよくないし。ベル、この事件が解決したら、また訪ねてくれると嬉しいわ」
「もちろん!」
ヴィータは名残惜しそうにベルの頬を一撫ですると、湖馬の姿に戻ってこの場をあとにした。空を駆けていく後ろの姿を見送りながら、『異界の湖』に会いに行くときは、ベルの大好きなチェツやたくさんのお菓子を持って行こうと心の中で決めた。
「ベル嬢から手紙をもらってすぐに返信を出したのだが、まだその様子だと来ておらんようだの。こうしてヴィータから声をかけてもらって正解だったわい。ベル嬢、無事で本当によかった」
ニードの様子からしておそらく、ベルが毒を盛られたことなどをヴィータから聞いたのだろう。
「おい、じじい。さっさと本題話せや」
ニードが瞳を潤ませていると、水鏡の向こうから乱暴な言葉遣いが聞こえてきた。その声の主は、ニードを片手で水鏡の範囲から押し出すと、覗き込むようにこちらを見て来た。「よう、ベル。思ったより元気そうじゃねぇか」
「アクアもね」
ベルは苦笑しながら、アクアに返事をした。
水蛇のアクア。名前で勘違いする人もいるが、れっきとした男性の召喚獣だ。つりあがった金の瞳に、透き通った青の髪はオールバックにしていて、先程のように言葉遣いも乱暴だ。しかしそんな見かけとは裏腹に情に厚く、水鏡という繊細で高度な魔法をいとも簡単に扱う素晴らしい召喚獣だ。
「そんな言い方しおって……。ベル嬢が目覚めたと聞いたときは、目を真っ赤にしておったくせに」
「じじい、その口二度と聞けねぇようにしてやろうか?」
現にそれをニードがこうやって口にしている。そんなニードを睨みつけているが、いつものことなのかニードは全く気にしていない。
「ったくじじいのせいで話が逸れちまったぜ。おい、ベル今日は夜何時に寝る?」
本題に入ったはずなのに、なぜか寝る時間を聞かれて思わず首を傾げてしまう。そんなベルの代わりに答えたのはロセウスだった。
「深夜零時でどうだい? これから夕食の片付けなどがあるからね」
現在の時刻はまだ二十時を回ったところだ。今から片付けをして、風呂に入れば二十二時頃にはベッドに入れるはずだ。余裕を持っての時間にしては、余裕があり過ぎるような気もする。
そう思っていたのだが、次のアクアの言葉でベルは顔を真っ赤に染めることになった。
「深夜零時……? なるほどな、お盛んな事で」
「お嬢と俺たちは仲がいいんでな」
「羨ましいだろう?」
慌てて否定しようにも、アーテルとアルブスは肯定する言葉を並べていってしまう。この会話を聞いているのはベルだけではない。アクアの隣にいるニードや、一緒に夕食をとっていたラヴィックたちにも聞かれているのだ。もう顔から火を噴きそうな勢いだ。
「うっせぇ。んじゃ深夜零時な。それまでに絶対に寝るんだぞ、いいな」
しかしそんなベルの様子を見てアクアは鼻で笑うと、水鏡を強制的に解除してしまった。だだの水の塊となったそれを、アーテルが霧散させる。そんなアーテルの横で顔を両手で隠していると、コーディリアに肩を叩かれた。
「デリカシーくらいもってほしいものよね」
全くだ。そうベルは声を大にして言いたかった。
名前を呼ばれ、久しぶりに見るニードをもっと近くで見ようと、足を水鏡に近づける。
好好爺然とした老人、ニードは長い茶ひげを指でいじりながら、孫を見るかのように、ベルの姿を見て頬を緩ませていた。
「うん、久しぶりニー爺」
ベルが生まれる何百年も前から輝人をしているニードに最初こそ敬語を使っていたが、敬語を使われるとこそばゆくなると会う度に言われ、今では祖父と孫のような感じで話している。
「ベル嬢が眠った時は心配で堪らなかったが、こうしてまた話すことができてよかったわい」
「その節は、本当に心配かけてごめんね」
ニードの声には、安堵の気持ちが含まれていたので素直に謝っておく。
「全くよ。また時間が空いたときにでも、遊びにきておくれ。水鏡で見て話すのもいいが、やはり直接ベル嬢と話したいものでな」
ニードの気持ちもわからないでもない。こうしてテレビ通話のように気軽に話せるのもいいが、直接合う、合わないでは気持ち的に違ったものがあるのも事実だからだ。
「だがそれも、此度の件が片付いてからになるがのう」
目じりを下げていた表情が、話題が変わった途端に変わる。ベルに向けられたものではないと分かっているのに、その鋭い視線に体が竦みそうになる。
「ヴィータ、面倒をかけてすまなかったの」
「いいのよ、ベルの為だもの。でもごめんね、ベル。もっと手助けできればよかったのだけれど、私の立場ではこれが精いっぱいなのよ」
ベルの頬に手を当て、すまなそうに謝るヴィータに首を横に振る。
「これで十分だよ、ヴィー。ヴィーのおかげでクライシスたち相手に後手に回らずに済むんだから」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。じゃあ私はこれで帰るわね。あまり『異界の湖』をまかせっきりにしてもよくないし。ベル、この事件が解決したら、また訪ねてくれると嬉しいわ」
「もちろん!」
ヴィータは名残惜しそうにベルの頬を一撫ですると、湖馬の姿に戻ってこの場をあとにした。空を駆けていく後ろの姿を見送りながら、『異界の湖』に会いに行くときは、ベルの大好きなチェツやたくさんのお菓子を持って行こうと心の中で決めた。
「ベル嬢から手紙をもらってすぐに返信を出したのだが、まだその様子だと来ておらんようだの。こうしてヴィータから声をかけてもらって正解だったわい。ベル嬢、無事で本当によかった」
ニードの様子からしておそらく、ベルが毒を盛られたことなどをヴィータから聞いたのだろう。
「おい、じじい。さっさと本題話せや」
ニードが瞳を潤ませていると、水鏡の向こうから乱暴な言葉遣いが聞こえてきた。その声の主は、ニードを片手で水鏡の範囲から押し出すと、覗き込むようにこちらを見て来た。「よう、ベル。思ったより元気そうじゃねぇか」
「アクアもね」
ベルは苦笑しながら、アクアに返事をした。
水蛇のアクア。名前で勘違いする人もいるが、れっきとした男性の召喚獣だ。つりあがった金の瞳に、透き通った青の髪はオールバックにしていて、先程のように言葉遣いも乱暴だ。しかしそんな見かけとは裏腹に情に厚く、水鏡という繊細で高度な魔法をいとも簡単に扱う素晴らしい召喚獣だ。
「そんな言い方しおって……。ベル嬢が目覚めたと聞いたときは、目を真っ赤にしておったくせに」
「じじい、その口二度と聞けねぇようにしてやろうか?」
現にそれをニードがこうやって口にしている。そんなニードを睨みつけているが、いつものことなのかニードは全く気にしていない。
「ったくじじいのせいで話が逸れちまったぜ。おい、ベル今日は夜何時に寝る?」
本題に入ったはずなのに、なぜか寝る時間を聞かれて思わず首を傾げてしまう。そんなベルの代わりに答えたのはロセウスだった。
「深夜零時でどうだい? これから夕食の片付けなどがあるからね」
現在の時刻はまだ二十時を回ったところだ。今から片付けをして、風呂に入れば二十二時頃にはベッドに入れるはずだ。余裕を持っての時間にしては、余裕があり過ぎるような気もする。
そう思っていたのだが、次のアクアの言葉でベルは顔を真っ赤に染めることになった。
「深夜零時……? なるほどな、お盛んな事で」
「お嬢と俺たちは仲がいいんでな」
「羨ましいだろう?」
慌てて否定しようにも、アーテルとアルブスは肯定する言葉を並べていってしまう。この会話を聞いているのはベルだけではない。アクアの隣にいるニードや、一緒に夕食をとっていたラヴィックたちにも聞かれているのだ。もう顔から火を噴きそうな勢いだ。
「うっせぇ。んじゃ深夜零時な。それまでに絶対に寝るんだぞ、いいな」
しかしそんなベルの様子を見てアクアは鼻で笑うと、水鏡を強制的に解除してしまった。だだの水の塊となったそれを、アーテルが霧散させる。そんなアーテルの横で顔を両手で隠していると、コーディリアに肩を叩かれた。
「デリカシーくらいもってほしいものよね」
全くだ。そうベルは声を大にして言いたかった。
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