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第一章
番外編(アルブス)後編
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ジョンはあれから日を置かず何度もやってきては、クッキーを置いていった。アルブスが留守のときも、アルブスがアーテルやロセウスに事情を話していたからかすんなりと宇受け取ってもらえていたようだ。
新しいクッキーをもらう度に、前に持ってきたクッキーを口にする。それは作り立てではないにも関わらず、甘くて優しい味がした。よほどジョンはクッキーを作るのに頑張ったのだろう。
「本当にお嬢が好きそうな味だ」
ベルは仕事の依頼で遠くへ出かける時、いつも甘味としてクッキーを持ち歩いていた。ジョンたちを助け出したときも、持っていたクッキーを惜し気もなく腹を空かせていたジョンたちへ差し出していた。そこでようやく、ジョンがクッキーを選択した理由に辿り着く。
おそらくあの時のことはベルも覚えているはずだ。
あの時助けた少年がこうしてクッキーを持ってきてくれていると知れば、頬を綻ばせて笑顔を浮かべるだろう。そんなベルの姿を想像して、口角が上がるのを止められない。
(あれ、笑ってる……?)
自身の思わず口角に手を当ててしまう。
この三年間、ずっと笑うことがなかった。
「そうか……。お嬢のことを考えてたから、か」
ベルとの思い出を思い出すたびに、寂しさが募った。目を合わせて話すことができない悲しさが溢れた。だから意識的にベルとの思い出を思い出すことを封じた。けれどそれは結局自分自身を苦しめていたということにようやく気が付いた。
もう一口、とジョンが持ってきたクッキーを口の中へ放り込む。それを味わうように咀嚼をしながら、次にジョンに会った時に頼み事をしようと決めた。
「お菓子のレシピ……ですか?」
「そうだ」
あれから数日が経ち、クッキーを持っていたジョンに頼んだのは、ベルが好きそうなお菓子のレシピを譲ってもらうことだった。もちろん無理にとは言わない。ジョンの家だって、お菓子を作って商売をしているのだ。だから商売道具であるレシピを簡単に譲ってもらおうなんて考えでは決してない。ただ、普通の家庭でも作れる美味しいお菓子のレシピを知りたかった。アルブスは簡単な料理程度なら作ったことがあったが、お菓子に関しては一度も作ったことがなかったからだ。
そうジョンに伝えれば、ジョンは目を輝かせて頷いた。
「ベル様の為、ですよね! それならいいレシピがあります。うちのお店では置いていないんですけど、お母さんがよく僕に作ってくれたお菓子があるんです。今度お母さんに書いてもらって持ってきますね!!」
「よろしく頼む」
ジョンからクッキーを受け取ると、ジョンは走って帰っていった。
ジョンが次にやって来るのは数日後だと踏んでいたのだが、頼られたことが余程嬉しかったのか、次の日にレシピと、母が作ったというお菓子を持ってきた。レシピを懐にしまい、手渡された包みをそっと開けてみると、そこにはふっくらと柔らかなパンケーキがあった。
「お母さんがこれも持って行きなさい、って言っていたので。多少美味しさは落ちてしまっていますが、味の保証はします。ふわっふわで本当に美味しいんですよ。崩れてしまうので今回はパンケーキだけですが、生クリームやフルーツを合わせて食べるのもおすすめです」
「一口食べてみてもいいか?」
「はい、もちろんです!」
包みの中のパンケーキを一口分千切り、口元まで運ぶ。
「……っ!!」
思っていたパンケーキとは違う触感に、アルブスは目を見開いた。手にした時からやたらと柔らかい感触が伝わってきてはいたが、想像の遥か上を行く柔らかさだった。口の中に入った途端に溶けてしまうような不思議な触感に、もう一口へと運んでしまう。
「これは美味いな。きっとお嬢はこれを気に入る」
「そう言って頂けると嬉しいです。作ってみてわからなかったらまた聞いてください」
「助かる」
ジョンにお礼を言って、ニ、三会話をしたあと、アルブスは早速パンケーキ作りに取り掛かった。
幸い材料は家にあるものだけで作れたのだが、やはり初めてとあってジョンの母のように最初から上手くはいかなかった。
しかし何度も繰り返し、ジョンにコツを聞くことで上達はしていった。途中アーテルも面白そうと加わり、二人で試行錯誤したのも大きいかもしれない。毎日同じ甘い物を食べるのは飽きがきて辛くはあったが、それでもベルの喜ぶ姿を想像したら、作る手は止められなかった。
そうして、ベルが目覚めた今。
その腕を振るう時が来たと、朝早くにアーテルと起きてパンケーキの準備をした。白くて大きな皿に三つのふわふわなパンケーキを乗せ、粉砂糖を振るう。その上からアーテルが生クリームを絞って、一口サイズにカットした色とりどりのフルーツを飾り付けしたら完成だ。
ベルはやはり甘い物には目がなかったようで、想像していた以上に喜んでいた。皿からどんどんパンケーキが無くなってしまうのを見て、悲しそうな表情をしていたので思わず苦笑しながらまた作ると言えば、絶対だからね! と言われてしまった。
それがどうしようもなく嬉しくて、アルブスは歯を見せて笑った。
最初に作ってから定期的に作るパンケーキは、ベルの大好きな朝食となった。嬉しそうに食べる姿を見る度に、作ってよかったと思うと同時に、ジョンへの感謝が止まらなくなる。
「なあ、お嬢」
「うん? なに?」
学院で起こった事件がある程度解決をして、日常がゆったりとしたものになったある日。アルブスはジョンのことをベルへと話した。
「目が覚めて最初に食べたクッキー、覚えているか?」
「クッキー? うん、覚えてるよ。すっごい美味しかったから」
「お嬢が眠りにつく少し前に、崩落した岩の下から助け出した親子の事覚えているのか? その子ども、ジョンが作ったものなんだ。んで、お嬢が好きなパンケーキはジョンの母親から教えてもらったレシピなんだ」
「え、そうなの!?」
ベルはきちんとジョンたち親子のことを覚えていたらしい。
「あの時は確か十歳くらいだったから……え? もう二十歳ってこと!?」
驚くところはそこか、とベルらしい反応に笑いつつ、頷く。
「そう。そのジョンが三年前からお嬢に食べてもらいたいってずっとクッキーを持って来続けてたんだ」
ジョンの話をすれば、ベルは優し気な眼差しでうんうんと耳を傾けてくれた。
「んでさ、このところ学院の件でずっと忙しかっただろ? だからさ、クッキーをお嬢が美味しそうに食べてたことを、俺からジョンに伝えたんだ。でもせっかくならきちんと直接お礼に行かないかなと思ってさ」
ベルに気を遣って後回しにしていたが、この様子を見るに、もう少し早く教えてあげた方が良かったかもしれない。
「だから今日行かないか? ジョンとその母親が経営している店に」
「行く! けど、何かお礼に持っていった方がいいのかな?」
お礼のお礼とはベルらしい。レシピの礼は、貰ったときにアルブスが菓子を作るのに合いそうな果物をジョンに渡した。
「いや特に必要ないだろう。もしどうしてもというのなら、そこでお嬢の気に入った菓子を買えばいいんじゃない?」
そうすれば店の売り上げにも貢献できるし、ベルは好きな甘い物を食べることができる。まさに一石二鳥だ。
「そうだね。じゃあそうする」
目をきらきらと輝かせて、何を買おうかなと想像するベルが可愛くて仕方なかった。
しかし店に着いたあと、店の菓子を全て一種類ずつくださいと言って、アルブスやジョンたち親子を驚かせたのはまた別の話である。
新しいクッキーをもらう度に、前に持ってきたクッキーを口にする。それは作り立てではないにも関わらず、甘くて優しい味がした。よほどジョンはクッキーを作るのに頑張ったのだろう。
「本当にお嬢が好きそうな味だ」
ベルは仕事の依頼で遠くへ出かける時、いつも甘味としてクッキーを持ち歩いていた。ジョンたちを助け出したときも、持っていたクッキーを惜し気もなく腹を空かせていたジョンたちへ差し出していた。そこでようやく、ジョンがクッキーを選択した理由に辿り着く。
おそらくあの時のことはベルも覚えているはずだ。
あの時助けた少年がこうしてクッキーを持ってきてくれていると知れば、頬を綻ばせて笑顔を浮かべるだろう。そんなベルの姿を想像して、口角が上がるのを止められない。
(あれ、笑ってる……?)
自身の思わず口角に手を当ててしまう。
この三年間、ずっと笑うことがなかった。
「そうか……。お嬢のことを考えてたから、か」
ベルとの思い出を思い出すたびに、寂しさが募った。目を合わせて話すことができない悲しさが溢れた。だから意識的にベルとの思い出を思い出すことを封じた。けれどそれは結局自分自身を苦しめていたということにようやく気が付いた。
もう一口、とジョンが持ってきたクッキーを口の中へ放り込む。それを味わうように咀嚼をしながら、次にジョンに会った時に頼み事をしようと決めた。
「お菓子のレシピ……ですか?」
「そうだ」
あれから数日が経ち、クッキーを持っていたジョンに頼んだのは、ベルが好きそうなお菓子のレシピを譲ってもらうことだった。もちろん無理にとは言わない。ジョンの家だって、お菓子を作って商売をしているのだ。だから商売道具であるレシピを簡単に譲ってもらおうなんて考えでは決してない。ただ、普通の家庭でも作れる美味しいお菓子のレシピを知りたかった。アルブスは簡単な料理程度なら作ったことがあったが、お菓子に関しては一度も作ったことがなかったからだ。
そうジョンに伝えれば、ジョンは目を輝かせて頷いた。
「ベル様の為、ですよね! それならいいレシピがあります。うちのお店では置いていないんですけど、お母さんがよく僕に作ってくれたお菓子があるんです。今度お母さんに書いてもらって持ってきますね!!」
「よろしく頼む」
ジョンからクッキーを受け取ると、ジョンは走って帰っていった。
ジョンが次にやって来るのは数日後だと踏んでいたのだが、頼られたことが余程嬉しかったのか、次の日にレシピと、母が作ったというお菓子を持ってきた。レシピを懐にしまい、手渡された包みをそっと開けてみると、そこにはふっくらと柔らかなパンケーキがあった。
「お母さんがこれも持って行きなさい、って言っていたので。多少美味しさは落ちてしまっていますが、味の保証はします。ふわっふわで本当に美味しいんですよ。崩れてしまうので今回はパンケーキだけですが、生クリームやフルーツを合わせて食べるのもおすすめです」
「一口食べてみてもいいか?」
「はい、もちろんです!」
包みの中のパンケーキを一口分千切り、口元まで運ぶ。
「……っ!!」
思っていたパンケーキとは違う触感に、アルブスは目を見開いた。手にした時からやたらと柔らかい感触が伝わってきてはいたが、想像の遥か上を行く柔らかさだった。口の中に入った途端に溶けてしまうような不思議な触感に、もう一口へと運んでしまう。
「これは美味いな。きっとお嬢はこれを気に入る」
「そう言って頂けると嬉しいです。作ってみてわからなかったらまた聞いてください」
「助かる」
ジョンにお礼を言って、ニ、三会話をしたあと、アルブスは早速パンケーキ作りに取り掛かった。
幸い材料は家にあるものだけで作れたのだが、やはり初めてとあってジョンの母のように最初から上手くはいかなかった。
しかし何度も繰り返し、ジョンにコツを聞くことで上達はしていった。途中アーテルも面白そうと加わり、二人で試行錯誤したのも大きいかもしれない。毎日同じ甘い物を食べるのは飽きがきて辛くはあったが、それでもベルの喜ぶ姿を想像したら、作る手は止められなかった。
そうして、ベルが目覚めた今。
その腕を振るう時が来たと、朝早くにアーテルと起きてパンケーキの準備をした。白くて大きな皿に三つのふわふわなパンケーキを乗せ、粉砂糖を振るう。その上からアーテルが生クリームを絞って、一口サイズにカットした色とりどりのフルーツを飾り付けしたら完成だ。
ベルはやはり甘い物には目がなかったようで、想像していた以上に喜んでいた。皿からどんどんパンケーキが無くなってしまうのを見て、悲しそうな表情をしていたので思わず苦笑しながらまた作ると言えば、絶対だからね! と言われてしまった。
それがどうしようもなく嬉しくて、アルブスは歯を見せて笑った。
最初に作ってから定期的に作るパンケーキは、ベルの大好きな朝食となった。嬉しそうに食べる姿を見る度に、作ってよかったと思うと同時に、ジョンへの感謝が止まらなくなる。
「なあ、お嬢」
「うん? なに?」
学院で起こった事件がある程度解決をして、日常がゆったりとしたものになったある日。アルブスはジョンのことをベルへと話した。
「目が覚めて最初に食べたクッキー、覚えているか?」
「クッキー? うん、覚えてるよ。すっごい美味しかったから」
「お嬢が眠りにつく少し前に、崩落した岩の下から助け出した親子の事覚えているのか? その子ども、ジョンが作ったものなんだ。んで、お嬢が好きなパンケーキはジョンの母親から教えてもらったレシピなんだ」
「え、そうなの!?」
ベルはきちんとジョンたち親子のことを覚えていたらしい。
「あの時は確か十歳くらいだったから……え? もう二十歳ってこと!?」
驚くところはそこか、とベルらしい反応に笑いつつ、頷く。
「そう。そのジョンが三年前からお嬢に食べてもらいたいってずっとクッキーを持って来続けてたんだ」
ジョンの話をすれば、ベルは優し気な眼差しでうんうんと耳を傾けてくれた。
「んでさ、このところ学院の件でずっと忙しかっただろ? だからさ、クッキーをお嬢が美味しそうに食べてたことを、俺からジョンに伝えたんだ。でもせっかくならきちんと直接お礼に行かないかなと思ってさ」
ベルに気を遣って後回しにしていたが、この様子を見るに、もう少し早く教えてあげた方が良かったかもしれない。
「だから今日行かないか? ジョンとその母親が経営している店に」
「行く! けど、何かお礼に持っていった方がいいのかな?」
お礼のお礼とはベルらしい。レシピの礼は、貰ったときにアルブスが菓子を作るのに合いそうな果物をジョンに渡した。
「いや特に必要ないだろう。もしどうしてもというのなら、そこでお嬢の気に入った菓子を買えばいいんじゃない?」
そうすれば店の売り上げにも貢献できるし、ベルは好きな甘い物を食べることができる。まさに一石二鳥だ。
「そうだね。じゃあそうする」
目をきらきらと輝かせて、何を買おうかなと想像するベルが可愛くて仕方なかった。
しかし店に着いたあと、店の菓子を全て一種類ずつくださいと言って、アルブスやジョンたち親子を驚かせたのはまた別の話である。
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