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第一章

四十話

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 クライシスは両の口角を上げ、にんまりと笑みを浮かべた。

「だとしたら?」

 否定をしないということは、そういうことなのだろう。じんわりと汗がにじんできた手を握りしめて、自身を鼓舞する。

「なぜ記憶改ざん魔法を彼女に? そもそもどうやって魔法の譲渡を?」

「たくさんの質問だね。それを全て僕が答えるとでも?」

「そんなこと思うわけがない。ただ答えてくれたらラッキーってなだけ」

「なるほどね。そんな召喚術師さんに、一つだけ教えてあげよう。ロゼリアに記憶改ざん魔法『メモリーズテンパー』を譲渡したのは、ただ楽しそうだったから」

「……楽しそうだった、から?」

 まるで子どものような理由だ。ロゼリアと似たような性格の持ち主なのだろうか。

「そう。だって、彼女は我儘で傲慢だ。特別な力は持っていなかったけれど、たくさんの魔力を持っていた。だから彼女に必要な特別な力を僕がプレゼントしたのさ。プレゼントの見返りは、魔法を使ったことで変わったことを毎日手紙で報告すること。彼女からもたらされる日々のスパイスは些細な物ばかりだったけれど、召喚術師さんが釣れたのはまさかの出来事でね。思わず興奮して、ここまで来るほどに楽しい出来事だったよ」

(いや、違う。……この人はロゼリアみたいに子どもの性格をしていない!!)

 声を上げて笑うその姿は、ただの狂人にしか見えなかった。

 空を仰いで笑っている紳士は、ベルたちの方を見ておらず、ただ狂ったように笑うばかり。初めて会う人種に恐怖を覚えるが、このチャンスを見逃すわけにはいかない。

 視線で三人に合図を送ると、各々紳士に向かって魔法を撃った。

 ロセウスが結界の魔法で閉じ込め、アーテルと水の魔法を、アルブスが風の魔法を結界内に放った。それぞれ得意分野の魔法であることから、室内であることから程度威力は落としているとはいえ、それなりの威力はある。それにアーテルとアルブスは互いのことをベル以上に知り尽くしている。だから互いの意思を汲み取って魔法を相乗効果で高め合っていた。アルブスは風を極限まで冷たくし、その風でアーテルが魔法で創り出した水を凍らせ、紳士の体を氷漬けにした。

 全く動けない状態で、自身を覆う結界まで張られている。普通の人ならば、ここで慌てたりなどの行動をするはずなのだが、紳士からはその動作が一切見受けられなかった。むしろ余裕すら感じ取れる。紳士は己の体に起こった異変に気づくと、ゆっくりと口を開けた。

「このような子ども騙しで僕を捕らえられるとでも?」

 子ども騙し、というレベルの魔法ではない。けれど全力の魔法でないことは確かだ。教室という室内でそれぞれが全力を使えば、原形をとどめないほどに破壊をしてしまう。結界に関しては、ロセウスは現在ベルたちが住む家、ロゼリア、ノア、イトナと合わせて五つの結界を張っていることになる。それはつまり維持をするのに魔力をずっと使い続けているということ。幾らロセウスが結界を張るのに長けていて、魔力が多いといっても、これだけの結界をそれなりの強度で張り続けていれば、紳士に対して全力で結界を張るには難しいものがあった。

 紳士は自身の体に炎を纏わせると、その氷を徐々に溶かして見せた。次いで結界も炎で一点集中の攻撃をし、時間がそれなりにかかりはしたものの、結界を壊して見せた。

「君達の力はこれくらいのものなのかな?」

 まるで小馬鹿にしたような言い方だった。

「召喚術師も召喚獣も大したことないようだ」

「そう? その割には時間がかかっているみたいだけれど?」

 これはただの時間稼ぎ。だから、魔法を破られようが関係はない。

 ロセウスたちもベルの魔力の流れを最初から読み取っていたからこそ、時間を稼ぐ程度の威力がある魔法を放ったのだ。

「それに、私はただぼうっと突っ立っていたわけじゃない」

 この場面でやることは二つあった。

 一つはノアの記憶を取り戻させること。もう一つはロゼリアと、ロゼリアを助けにきた紳士を捕獲すること。優先順位としては後者を取るべきだが、今後のことを予想して動くとなれば、ノアの記憶を取り戻すことが鍵となってくる。

 だからベルは紳士が登場した時点で、ノアの体内に自身の魔力を流し続けていた。今となっては、教室に入った時点で行うべきだったと思いもするが、こればかりは仕方がない。ロゼリアとの件が終わってから魔法を解こうと思っていたのだから。

 本来ならば魔法を解きたい相手の体に触れながら流す方が効率がいい上に、互いの負担も少ない。しかしこの状況で互いの体に触れ合いながらの魔力を流すのは、非常に難しい。その為、大地に流れる龍脈を辿って、ノアに魔力を流し続けていた。これは非常に効率が悪い上に、激しく魔力を消耗する非効率なやり方だ。幸い龍脈の力を借りられるベルにとっては微々たる魔力量ではあったが、それでも離れた相手に魔力を流すのは、相当に神経を使うものであった。紳士と話ながらの作業だったので、それは尚更だ。

 紳士の視線を誘導するように、ノアへと視線を向ける。するとそこには涙を一筋流す優しいイトナの契約獣がいた。イトナの名前を何度も呼ぶ姿は、先程までロゼリアに付き従っていたときとは全然違って見えた。

 ロセウスがもう結界を解いても大丈夫だと判断したのだろう。イトナとノアに張っていた結界を解いた。

 イトナとノアは互いに駆け寄ると、熱く抱擁を交わしていた。ノアは記憶改ざんされていた時にノアの肩口に牙を剥いてしまったことを悔いているのだろう。怪我をした箇所を舌で何度も舐めている。そんなノアにイトナは優しく声をかけ、大丈夫だと背中を叩いていた。

「これでロセウスの負担が減って、イトナの守りもできた。私たちは貴方に負ける気はない」
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