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第3章 ニルヴィアの谷と嘆きの谷

29. 家族の願い

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 リースとサラディナーサはティアの家に急ぐ。自分の結界をすり抜けたものが彼女達に危害を加えていないことを願って……
【どうか……どうか無事でいてティア!】
 慌ててかけていった二人がティアの家を訪ねた。
トントントンっ……
 扉を叩くと、カチャリと中から鍵が開く。
(ガチャっ……)
【ハァハァ……ティアいる?】
 家の中からはバッシュがニルヴィを連れてでてくる。バッシュはどうやらニルヴィの子守中のようだ。
【あっリース様!サラディナーサ様もこんばんわ!】
【こんばんわバッシュ……ティアはどこ?】
【姉さんはアッシュが頭痛いって言って……冷たい水で落ち着こうって裏の沢に行ってるけど……】
【⁉】
 二人は慌ててバッシュに言われた裏の沢に向かう。裏の沢には滝が流れ落ちていてその水が里の川、全域にへと流れている。澄んだ清らかな水が流れ落ちていて、その滝の側の水で頭を冷やしながら苦痛に顔をゆがめたアッシュが顔を洗っている。
【クッ……】
【大丈夫? アッシュ……いつもよりツラそうね】
 オロオロと心配そうにしているティアにアッシュは優しく声をかける。
【だいぶ良くなってきた……ありがとうティア……】
 お互いに思いやる二人。滝の水をタオルに染み込ませ頭に当てていると二人のもとにリースとサラディナーサがたどり着く。二人の姿に気づいたティアが声に出す。
【あらっリース様にサラディナーサ様……どうしたのですかこんな夜更けに?】
 夜に訪ねてきた精霊に不思議な顔をしている。普段であればこんな時間に二人はこられないからだ。リースとサラディナーサの名前をティアが呼ぶとまた不思議な音が鳴り響く。
ピンッ……
【⁉】
【ピクッ!】
【まただ……この音……】
 そう……最近リースが感じている綻びの音がすぐ近くでする!嫌な予感がよぎるとその音が弾ける瞬間に急にアッシュの頭がギリギリと締め付けられていくのだった。
【ぐあぁっ!】
 アッシュが苦しみだす。と、それと同時にオロオロとしているティア。だが綻びの音は頻度を増していくのだった。
ピシッ……
【ぐあぁっ! うわぁぁぁぁ!】
【‼】
【これは……】
【⁉】
【グッ……イヤなニオイがする!】
【アレは……だめね!】
 軋む綻ぶ音が強くなる。そしてそのたびにアッシュの頭痛はひどくなる一方だ。心配しているティアにアッシュから離れるようにリースが強く望む!
【ティア……こっちに来なさい!】
【えっでもアッシュが……】
 アッシュが気になってしょうがないティアに今まで聞いたことのないキツイ口調でリースが命令する!
【いいから今すぐこちらに来なさいティア‼】
ビクッ……!
 リースが……普段から穏やかなリースが怒鳴るなんて! サラディナーサもティアも驚いていたが戸惑いながらもティアは二人のもとに歩いてきた。
【怒鳴ってごめん……でもあなただけでも間に合ってよかった!】
【えっ? どういう……】
 リースの間に合ってよかったの言葉に戸惑っていると目の前でアッシュに異変が起こる。
ピシッ……ピシッ……
パキッ……
【グアアアアッ‼】
【⁉】
 軋みが早くなると同時にアッシュも苦しみだす。駆け寄ろうとするティアをリースとサラディナーサがとめている。その間にも悲痛な叫びが響き渡る! それを聞くに堪えないティアが叫んでいた。
【アッシュッ! ねぇっリース様……サラディナーサ様! お願いアッシュの……アッシュの側にいかせてー!】
 ティアの心配をよそに軋みとともに禍々しいニオイがアッシュと呼ばれる者から禍々しく漏れ出てくる。
【ぐっ……これはキツイ……】
【リース……これは!】
【サラディナーサ……早く気づくべきだったわ‼ マズイ! これはニンゲンの悪意の塊だわ!】
 リースの言うニンゲンの悪意とは⁉ と……音が次第に加速する!
パキッ……
バキンっ!
バシュッ‼
【グアアアアアァ‼】
【……】
 軋みが弾けてアッシュの叫びが響き渡る! と同時に禍々しいモヤと煙があたりに立ち込める。みんなは煙がはれるのを待っているとすくっと立っているアッシュの姿を見つけるティア。
【アッシュアッシュ‼ 体は大丈夫⁇】
 心配するティアの呼び声。だがその瞬間悪意に満ちた魔法がティアを襲う!
【危ないっティア!】
 サラディナーサが手を広げ結界を瞬時にティアに展開する。
シュッ‼
ドカガガガッ
パァンッ!
【きゃああっ!】
 アッシュから突然禍々しい殺気と刃の魔法が放たれるが、サラディナーサの結界でみんなは無事だ。アッシュはなにやら自身の体を見て、手のひらを動かしたりしてなぜか自分を体を確かめているようにみえた。その様子をじっと見つめるリースはアッシュだったものに問いかける。
【お前何者だ! アッシュはどうした!】
【えっ? だってアッシュはそこにいるじゃない……】
 ティアは何が起こっているかわかっていない。すると次第に不気味な笑い声がその場に響き渡る。

【クックック……やっと外に出られましたねぇ……】
ビリビリビリッ……
【⁉】
【なんだこの禍々しい邪気は!】
 その場に緊張と悪意の気が立ち込める。あまりの禍々しさにティアが立ちすくんでいる。愛していたアッシュの変貌ぶりに顔が真っ青だ。
【お前……お前からはイヤなニオイがする! なぜこの里を狙った人間!】
 リースの問いにゆらっとゆらめきながらこちらを見るアッシュ。
【あぁ……やっと外に出られましたよ……フハハハ私はゲインセイ。精霊を喰らい、人間を餌に精霊を痛ぶり食し成長する者……あぁ……やはり精霊は清い人間を好む。手頃な人間を傷めつけ体を乗っ取り、コイツの記憶を消して邪気を弾く結界をすり抜ける。そしてこちら側に来る……そして内なる場所で記憶を呼び戻しそして結界の内側から無惨に破壊する! フハハハっ! また餌がこんなに! 力を付け放題だ! あぁ今回も実に簡単でした……】
 笑いながら話すゲインセイ。だが一気に豹変する。ワナワナと怒り震わせているのはどうやらアッシュに対してだった。
【こんな里に入り壊すのは簡単だったはずだった。だが……計画が狂ったのはコイツが……このポンコツが! 人を愛し私に抵抗し表に出そうとしないだと!よもや弱いニンゲンが大人しく従っていれば良いものを! こんなふざけたマネしやがって! こんな肉体はいらんなぁ……! 破壊してやる!】
 そう言うと自分自身に魔法を展開し唱え始める! その様子を見てハッとリースは悟る。
【まさか……アッシュは……コイツを中から出てこられないように自分自身を封印しようと抗い抵抗していたのか?】
 どうやらアッシュはティアを愛し、自分に巣食うゲインセイが出てこないように制御していたようだ! だが強大な悪意と魔法の力差では抗うことは出来ず失敗していたのだった。
 自身に魔法を唱え始めるゲインセイにサラディナーサは違和感を感じる! そう……とてつもない膨大な魔力量に唱えているのは攻撃系の魔法だからだ。サラディナーサがゲインセイの異常行動に気がつく! 
【あれは……自分に魔法を? いや……あれは補助じゃない! 破滅魔法だ‼】
【まさか……ダメだ! あんなの人間のアッシュには耐えられない!】
 ふたりはゲインセイを止めようとするが間に合わない!
キィンッ!
【死ねぇぇ‼】
 ゲインセイは術式展開し自分を……アッシュを攻撃している。攻撃し体が痛めつけられ凄惨な姿になる。
ブシュッ!
ドサッ!
 アッシュは至るところから出血し瀕死の重傷だ!
【いやぁぁあ! やめて! アッシュを返して‼】
 その凄惨な光景を見てティアが泣き叫ぶ。駆け寄ろうとしているティアを二人が止める。ティアの叫びを聞いてゲインセイは不気味な笑いをたたえている。
【苦しみや痛みは……わたしの栄養源! さぁ私は屈辱を散々味合わされたからね……私が憑依を解いた瞬間の……体が八つ裂きになるような痛み苦しみをその身をもって味わうがいい!】
 そう言うとゲインセイはアッシュから憑依をやめて分離するがその瞬間!
ビキビキビキッ‼
 想像を絶する痛みがアッシュを襲う!
【ガアァァァァっ‼】
カハッッ……
血を吐きながら苦しみのたうち回っている。
【いやっ! アッシュ‼】
 苦しむアッシュにいたたまれなくなったティアは、自身の魔力を爆発させサラディナーサの結界を破る!
バッ! パンッ! 
 ティアは二人を振り切りアッシュのもとに駆け寄り、寄り添いながらアッシュに声をかける。
【……】
【アッシュ! アッシュ‼だめよアッシュ!】
 泣きながら抱きしめ、そして涙がアッシュにこぼれ落ちる。消え入りそうな声で……アッシュがティアに声かける。今にも命つきかけそうな……そんな状態だ。震える声でティアの顔を見つめそして手を握る。
【ティ……ア。私は……キミが……大好き……だ……】
【私もよアッシュ‼ 嫌よ目を開けて!】
 必死なティアに、自分の死期を悟ったアッシュが最後の言葉をかける。
【あんな……やつ……に……負けたく……なかっ……た……ニルヴィ……を……頼む……】
【……】
 ティアの手からアッシュの手が力なくするりと落ち息絶える。
プツンっ……
 その瞬間……何かが弾ける音がした!
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