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第3章 ニルヴィアの谷と嘆きの谷

27. 息吹の里と嘆きの谷

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 ティレニアとヴァルそしてフィーネでグランディールを出発し、ニルヴィアの谷を目指していく。ただ今回はファブニールから経由したほうが早いため、小箱を使いファブニール城に一旦転移することになる。天に手を仰ぎフィーネは移動先を唱える。

『ファブニール』

シュンッ……
 転移した場所はファブニールでのフィーネの部屋だった。この部屋はフィーネの為にファブリルが特別にそのままにしてくれている。久しぶりにファブリルに会うために玉座の間に足を運ぶ。ファブリルに謁見をし、ファビリアが遺した指輪、そして誘われたニルヴィアの谷へと……北の地を目指す事をフィーネが伝えるとファブリルの横に控えていたスレイプニールに呼び止められる。
 どうやら何かを察しているようだが、聖なる属性のスレイプニールが心配してくれているようだ。
〘フィーネ……ニルヴィアの谷の近くでは私の力が役立つはずだ……くれぐれも気をつけて……〙
 精霊の気持ちをありがたく受け取り北を目指す三人。ファブニールから出た瞬間は道のりも楽に旅ができたが北に行けば行くほど道は険しくなり風が強くなりつつある。
 雲行きも怪しく向かえば向かうほど空気が重くなる。平原の草木のざわめきや風は強くなる一方だ。しばらく歩いていると首元でヴァルが話しかけてくる。
〘フィーネ……この土地は我よりスレイプニールの方が馴染んでいる……新翼の大森林で特訓した成果を……その精霊をたてがみを利用して喚んでみてはどうだ?〙
 確かに……その土地に住まう精霊の力を媒体にして関わりのある精霊を喚ぶとその土地に関する情報を教えてくれるのだとか。
 また喚んだ精霊が喚び出した者を受け入れてくれると闇雲に歩くのではなく、危険も回避され正しい道を歩んでいける。
 見知らぬ土地だからこそ……そして召喚士でないとできない芸当だ。
「そうだね……うん! 何かを媒介にして精霊を喚び出すって久しぶりだから……ふぅっ緊張するなぁっ(汗)」
 フィーネはヴァルの提案を受け入れ少し広い場所に何かを確認しながらなにかを準備を始める。フィーネはその場にしゃがみこんでもくもくと魔法陣を描いている。集中して自らの魔力を紡いで……紡いだ魔力を魔法陣として創造していく。魔力を紐状に紡ぎながら何やら作成しているようだ。
「…………」
 何をしてるのだろうと気になったティレニアがフィーネに声かけようとすると……
パタパタッ……
 目の前に翔びながら現れたヴァルにフィーネに近寄ることを止められる。
〘ティレニア……今は見守れ……フィーネに今一番必要なのは集中力だ……何をしているかなどいずれわかる……今は近づくな……〙
 真剣なヴァルに黙って頷くティレニア。少し離れたところからフィーネの行動を見守ることにした。フィーネが一通り魔力で魔法陣を書ききると、魔法陣の中央に移動しフィーネがなにやら手を前に突き出し呪文を唱え祈っている。
「えっ⁉」
 周りが静かに……と思いきや急にあたりに変化が現れる!
ゴッッッ!
 フィーネの周りだけ……魔法陣のまわりに風が吹き荒れ、魔力の流れが風となり魔法陣の周りを囲んでいる。
「(……精霊スレイプニールのたてがみを媒体に、この地を理解し導いてくれる精霊よ……我の前に姿を現せ……)」

『  リヴァルラ  』

パァァァァァ!
カカッ!
 まわりにほとばしる光にフィーネは手のひらを前に突き出している。
「怖くないよ……おいで……そして私に力を貸して……」
 優しく囁くと……
パアァァァ
ポンっ!
「⁉」
「‼」
 フィーネの目の前にはフヨフヨと浮かぶ精霊がいた。背中には六枚の羽根と鋭く長い尖った耳。足はどちらかというと人魚のようなヒレがついてあり、額には大きな青いルビーが輝いている。
 サラッと長い青い髪が特徴だ。大きさはヴァルより少し小さい……喚ばれた精霊がキョロキョロしながらフィーネに声をかけてきた。
〘! 私を喚ぶのは……あなた……?〙
 ジーッとフィーネを見つめている精霊。フィーネは優しい微笑みをたたえ優しく答える。
「そう……私が魔力をそそぎスレイプニールのたてがみを使わせて喚ばせてもらったわ。あなたを喚んだのは私……私はフィーネ。光の精霊スレイプニールの眷属よ……私に力を……そして導いて」
スンスンスン……
 翔んでいる眷属はフィーネの周りを一周翔びまわり、そして何かを確認しているようだ……
〘ニンゲン……少し変わった匂いがするわ……心の清らかな人にしか心を許さないスレイプニールが己のたてがみを渡した……信用できるニンゲン……〙
 ブツブツとつぶやきながら少し考えていたが精霊は口を開く。
〘我はサラディナーサ……サラディと呼ぶがいいわ……〙
 サラディナーサはどうやらフィーネを受け入れたようだ。名前が聞けてフィーネは少しホッとしつつサラディに話しかける。
「サラディ。サラディはこの土地に何年ぐらい住んでるの? ここらあたりには詳しいかしら?」
〘私は……ここには五百年前から住まうもの……景色は変われど私はこの土地と過ごしてきた……〙
 五百年……この場所が変わり果ててしまって約二百年……サラディはこの土地で何が起こったのか、何か知ってるかもしれない! 
 フィーネが急いで聞き出そうとしている姿をみて慌てるなと抑制するサラディ。
〘フィーネ……あなたが知りたいものは……まずは谷についてから話そう……〙
 そう言うと、サラディナーサはニルヴィアの谷がある方向へ三人を導き出す。はじめは草原が広がっていたが、次第に岩山が前方に見えてくる。
 その先には森が広がり……かなり鬱蒼とした深い森。生い茂った草木に行く手を阻まれたり、途中魔物の群れにあうがフィーネとティレニアの連携で難なくやり過ごしていたと……
 かなり奥へ歩いたはずだが、この森には光があまり差し込まず暗闇が広がる。またさっき来たかのような場所が連続して続いている。
「フィーネ様。これは迷いの森の類いか……この場所は先程も通ったような……」
 ティレニアが同じ場所を回っているような感覚だと指摘する。だがサラディを信じるしかない。
「うん……でも森が、闇が深すぎて全く方向がわからないわ……ヴァルとサラディが発光してるからかろうじて道がわかるけど……」
 そう……辺りは森が深すぎて光が差し込まない場所。ヴァルとサラディナーサは精霊の為、淡く光を発光している。だからかろうじて進む先が照らされているが、精霊がいなければ暗闇に阻まれて道を進むこともできないだろう。
 しばらく進むとピタッと精霊が急に立ち止まる。サラディナーサは何かを探るように空間を触っている。
「何をしているのでしょうか?」
「そこに……何かあるの?」
 フィーネが集中してその場所をみると、何かが……少しだけだが空間に歪がある事がわかった。ただ歩いてるだけでは絶対に気づけないほどの歪。サラディナーサはその歪に手のひらを向け、そして自身の杖を近づかせ……なにやら唱えている。 
〘幾日も幾年月も理を拒む主よ……その封印の先に我を……我達をいざなえ……〙
 サラディナーサが唱え終わると……けたたましい音が響き渡る!
バキバキバキ……
ゴゴゴゴゴッ!
ズズズズッ…
「⁉」
「‼」
 精霊の……サラディナーサの問いかけにそれまで道を塞いでいた森の木々達がうごめき出しその場所を私達に譲り、そして歩いて行ける程の道を開けてくれた。まるでその先に案内されるように!木々が自然が道を譲り案内してくれている。
「なんて……不思議な光景なの。木々が動いて道を譲ってくれるなんて……」
「うそ! ……道ができた……この森は生きてるの?」
 そう……木が動くなんて信じられないと驚いているティレニアとフィーネも同感だ! 非日常的な光景にここは異世界だと再認識される出来事だった。
〘昔はこのあたりも人が住める土地だった……が中で……この先で話したいことがある……ついて来てくれる?〙
 サラディナーサにコクリとうなずき、木々達が道を作り最奥まで続く道のりを……森の奥深くに進んでいく三人。その先をドンドン進んでいくと道の先に光が指している場所が。
 フィーネ達が進むと……そこは、先程とうって変わる場所だった!
「えっ⁉」
「何これ……街⁇」
 みんなが踏み入れた場所には……
 先程の真っ暗な鬱蒼とした森と正反対で人々が暮らす集落が眼下に広がり、広場に集まる子供達と話しをしている人達……そう人々が暮らす街が広がっている。
 グランディールの城下町と比べてだいぶ規模は小さいが、街並みはいきいきしている。ただ……人はひとりも動くような素振りはない。
「人が……動いてない?」
「石化? いや違う……これは!」
 まわりには建物もあり人々が多数いるのにもかかわらず人々にはまるで気配が感じられない……この場所だけきれいに刻が刈り取られたかのような何とも不思議な空間だ。フィーネがヴァルに向かって話しかける。
「ヴァル……これって……刻がとまってる⁉」
〘ああ……フィーネが思っている通り……この場所は刻が止まっている……〙
 日常を普段どおり過ごしていたのだろう……何も違和感がない生活をそのまま切り取ったかのようにみな止まっている。周囲を歩きあたりを散策してみる事にした三人。そして刻が止まった人にそっと触れてみる。
「! 石のように硬い……けれど生きてる……!」
 不思議と石のように硬いが息はあるし鼓動を感じる事ができる。見たこともない状態に皆が戸惑うのも不思議ではない。草木も花々も自然はそのままで刻だけが止まっている。
 現状に戸惑うフィーネ達の側にサラディがやってくる。
〘フィーネ……ここはかつてニンゲンに『息吹の里』と言われていた場所……今は刻が止まってしまった街……〙
 静かにサラディナーサが……この街を見渡しながらここで起こった出来事を語りだす。
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