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終章

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 介護記録に書かれている日々の周子の様子。
 そしてバインダーには、周子が入所してから、転倒した、アレルギー症状が出た利用者の写真も挟まれていた。 
 その全てが周子と一緒にいるときだった。

「わぁー、すごいねぇー。りょうにいの差し入れで、他の利用者がこんな体赤くなるんだねぇー」
「そーなの。お母さんと一緒にお茶しただけで、こんなになるのって、おかしいよねぇ。たかがアレルギーでしょ? そんなの自分で把握出来ないのがわるいんじゃない?」
 周子ののんびりした口調に大磐は怒りを必死にこらえようとする。

「えっとですね、周子さんは、いつも差し入れを同じテーブルの人達に分ける際に、アレルギーの有無を聞いてたんです。で、S様は卵アレルギーがあることを申し出てました。周子様は成分表を確認しながら、卵がないとおっしゃって分けていました。他の方も同様です」

 職員達とナースの間では、周子が気を遣わせてるようで、実は意図的にやってるんではないかと話が出ている。
 差し入れを分ける際に、職員立ち会いでやったものの、目を離した隙に「入ってないから食べてみて」と、口に入れさせていた。
 同じグループの人達が止めても「嘘だと思うので、証明してよ」とニコニコしながら話すので、誰も止められなかったという。

 周子がグループ内のボスみたいな所があるからだ。
 特に年配の人達は呉松家という名前だけで、変に畏れている。なんとなく逆らえないような雰囲気だ。
 周子もそういうのを自覚しているのか無自覚なのか分からないが、他の利用者に無言の圧力をかけていた。
 利用者の中には、昔呉松家にお世話になった人も少なくない。

 呉松家は遡れば江戸時代中期に遡る。
 元々呉服屋をやっていた。江戸時代末期に、偉い人との繋がりが出来、明治時代になる頃には、華族まではいかないが、地元の指折り有力者扱いになっていた。
 その頃から政治界に顔だすようになり、地元の議員になった人もいる。周子の父や祖父、叔父がそうだった。
 そのため周子は子供の頃から何不自由のない生活を送ってきた。

 呉松家では長女または長男が本家の跡継ぎで、子供の頃から優遇されるという暗黙のルールがあったから。
 下の兄妹は分家に引き取られるというものだった。
 そのため周子は両親から猫かわいがりされ、親族からちやほやされてきた。
 同級生や近所の子の集団就職先として、呉松貿易は定番だった。

 そこでかつてお世話になったという人達が、今こうして、利用者として何人か入所している。
 当時働いていた人は、周子から陰湿な嫌がらせを受けている。
 周子は働いてなかったとはいえ、呉松家の当主ということ、婿養子の明博が社長ということもあり、そこの従業員と食事したり、新年会や忘年会に出たりすることが度々あった。
 職場にたまに顔だしては、男性スタッフにちょっかいかけて、困らせるのを楽しんでいた。

 周子の嫌がらせによって自殺した男性スタッフもいる。
 彼は仕事に慣れてないことからはじまり、家のことや学歴、果ては容姿を周子にからかわれ、自宅アパートにて遺書を残して自殺した。20代半ばだった。
 その遺書には、周子に背が低いことをからかわれ、それを理由に頭の病気じゃないかとか無能じゃないかと言われ辛くなったと残していた。

 事態を知った明博が周子に問い詰めても、しらを切るだけ。
 挙げ句の果てには、そんなことで死ぬのなんて根性ないねとニコニコしながら言い放ったことだ。
 周子は明博の目の前で遺書を燃やし、遺族にそんんなものないですよと報告した。
 この件は周子の圧力でなかったことにされている。
 明博にそう進言したのだから。
 当時を知るスタッフ達も口を噤んでいる。それは今も続いている。
 明博は周子のスタッフ達や他人への無神経な嫌がらせに長年頭を悩ませていた。 

 マウントや遠回しの嫌味も、周子自体は本当のことを言っているつもりだが、そのほとんどが変えようがないものを言うので、他の利用者達は諦め切っている所があった。
 周子がいないときに「呉松さん穏やかに言うけど、いちいち心にグサグサ刺さってしんどい」と利用者達から話が来ている。
 それに関しても介護記録に残っている。
 男性利用者が夜間周子の部屋に入るのは、彼女に呼ばれたからだ。
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