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4章
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しおりを挟む女性が辞去すると陽貴はリビングのソファーで頭を抱えた。
結局3時間近く話を聞いた。
リビングには夜の帳が降りる準備が始まっている。
スーツの上着を脱ぎ、電気をつけて再度リビングのソファーに持たれるような形で座る。
――義妹には弟と別れてほしい。
正直弟と義妹の結婚は反対だった。
初めて両家の顔合わせの時、弟がいない所で自分にベタベタスキンシップするというか、触ってくるわ、甘えた声を出すから。
大学卒業して働かずに専業主婦を認めるのが結婚の条件だと、義妹の母親が言った。父親は止めていたが、強く言われ止められなかった。
『うちのゆいちゃん泣かせたらだれであろうと、呉松家の力使って、おたくの家業つぶすことができますのよ』と満面の笑みで言われた時は、怒りがこみ上げてきた。
両家顔合わせの後に、家族でこの子やめたほうが……と弟を説得したが、聞き入れなかった。ぞっこんだったから。
まるで義妹の言うことを何でも聞くと言わんばかりだった。
すぐに別れそうだと思っていたが、なんだかんだ、今に至っている。長く続いているなと思っていたら、全て義妹の支配によって、弟と姪が犠牲になっているだけだった。我慢しているだけだった。
弟は人が良すぎるのと、真面目なのがいいところであり、悪いところでもある。
その結果がこれだ。弟が倒れてしまったのだから。
弟とは職場で話をするが、生活状況が見えなかった。決して義妹の悪口を言わなかった。むしろうまくやってますよ感を出していた。
弟が病院に運ばれ、今までの本当の生活状況を初めて聞けた。
早く相談しろなんて言えなかった。
もしかして、遅くまで働いているのは、義妹と顔を合わせたくないからだろうか。
姪も義妹と一緒にいたくない口ぶりだった。
それも当然だろう。
本来なら家に帰ったらリラックス出来るようなものなのに、恐怖政治が敷かれているんだから。
義妹は寂しいから他所の男性と遊んでいたそうだが、自分が巻いた種としか言いようがない。
――義妹は人の優しさに甘えるクズだ。
さて、弟にこの件をどう切り出そうか。
その前に身辺調査の証拠を溜めて置かなければ。あと義妹の従姉妹にも引き続き協力をお願いした。
厄介なのは義妹の母親だ。
甘やかし続けていたのは、義妹の従姉妹からの口ぶりから分かるし、両家顔合わせでも全面に出ていた。
義妹の兄が自分と高校時代の後輩で、弟が入院した日に連絡した。義妹が入院した次の日に顔を出したこと、不審な動きが多いことを連絡すると、協力すると言ってくれた。
陽貴はスマホをスクロールすると、呉松良輔からメッセージが来た。
依田良輔 12月14日 16:19:22
子どもたちが終業式終わり次第、そのまま実家に向かいます。
妻は嫌がるかもしれないけど、事情離したら、了承してくれました。むしろノリノリです笑
子ども達は高校が少し遠くなるぐらいなので、通学に支障ありません。
良輔曰く結花にとって彼の妻は天敵だと。
陽貴は心の中で安堵した。
同居ということは、あの母親も承諾したのだろうか。
母は不服そうですが、父と私で強く説得したので、大丈夫です。妻も後押ししてくれて頼もしいです。
妻は母が無茶苦茶なこと言っても、すぐ言い返すし、ハッキリ言うので笑
年末年始の帰省で何回か喧嘩になったことがあります。母にとって苦手なタイプのようです。
陽貴は思わず小さく笑った。
良輔の妻である紫乃は気が強いというか、はっきり言うタイプで、間違っていることがあればその場で指摘する。
良輔曰く妻は学級委員系でしっかりしている。だから結花にとって紫乃は天敵であると。
紫乃は法名寺駅からすぐ近い幼稚園の教諭をしながら、地域の活動に積極的に参加している。子どもたちが小学生の時は、誰もやりたがらない保護者会の役員を何回か引き受けていた。
近所の子どもたちに、悪いことをしている所を注意するので、一部保護者からは正義マンと揶揄されている。
悪いことをはっきり言う真面目な紫乃と、正反対の結花とは水と油である。
年末年始の帰省で、結花が実家で何もしないのことや、悠真に対して馬鹿にした態度を注意したり、忠告したりしている。
それに首を突っ込んでくるのが周子だ。だから余計厄介な方向へ行き、雰囲気が重くなる。
結花と周子にとっては紫乃は「口うるさいお行儀いい子ちゃん」で、疎ましい存在である。
「さすが、良輔らしい」
実家に二人の天敵がいることで、義妹の逃げ道を塞ぐことが出来るということなんだろう。
それにあの母親も少しは大人しくなるだろう。
義妹の居場所をなくすことで、彼女はどう動くだろうか。
それにこちらは、弟が有利になる要素を持っている。
――彼女には一度きついお灸を据えた方がいいと思ってます。今まで彼女のワガママで沢山の被害者が出たこと、一番大切にすべき家族をないがしろにしたこと。
――彼女はいつも夫や義理の家族や娘の悪口や不満を言っていました。でも、彼女の夫や義理の家族は、彼女の望み通りに全てやってきています。専業主婦でいることも、仕事をしなくていいことも、義理の家族との付き合いも最低限であることも。娘さんも、勉強と部活の両立で頑張ってますし、悪くいう要素ないと思います。それでも気に入らないだ、ムカつくばかりで……自分がいかに恵まれた立場か分かっていないのでしょうね。常に自分が主役で一番上でないと嫌なんですよ。彼女は。
――多分他所の男性と遊んでいるのも一種の現実逃避かな? 寂しいから、夫が忙しくて相手にしてくれないからって。彼女の夫と付き合うまでは、同時進行で男性と複数関係持っていたから。自分をめぐって取り合いしている所を見ているのが楽しいみたい。
――彼女って、昔から同性嫌い、ネチネチしてるからってよく言ってました。男性だと気楽になんて言ってましたけど、気を遣われてるだけだと思います。同性みたいに容赦なく言ってこないから、甘えてるだけです。
義妹の従姉妹から話を聞けだけで疲れた。
従姉妹だからと義妹の母から、いつも一緒にいるようにと言われ、律儀に付き合っていた。しかも高校も大学も義妹に合わせてたと。
本家の命令だから逆らえなかったのだろう。
義妹もその母親もめんどくさいタイプであるのが容易に想像できる。だから、しぶしぶ従ったのだろう。
弟曰く「結婚前は手料理振る舞ってくれたし、プレゼントもよくくれたし、なんというか、尽くしてくれる系だった」と言っていた。
しかし結婚してから、全て他人任せでやってきたと。
弟にも家事をさせて、なにかと難癖をつけていたという。
おそらく、結婚前の手料理は義妹が作ったものではないだろう。
お手伝いさん達に作らせたものだろう。
そのお手伝いさん達も長年色々と義妹にいびられたのだろうか、はいはい仕方ないですねと言わんばかりにやってきた。
お手伝いさん達は皆長年呉松家に通っているそうで、義妹のワガママに振り回され続けた。
結婚前の手料理は全てお手伝いさん達が作ったのをタッパーにして持っていっただけ。
――あのお嬢様は見栄張りでプライド高いんですよ。とにかく自分が損するのは嫌だから、他人にやらせて美味しいところだけ取っていく。虚栄心の塊です。あの年で可愛らしさをキープしているのは素晴らしいと思います。でもそれは悠真さんや周りの人の犠牲で成り立っているんです。
――外は立派だけど、中身は薄っぺらい。よく言えば少女心を忘れない。悪く言えばいつまでもメンタルが女子中学生レベル。それに拍車をかけてるのが、奥様の存在です。
奥様はお嬢様をそりゃもう甘やかして、良輔坊ちゃんと静華お嬢様と態度違いますから……ご自分に似ているからでしょうかね。
強いて言うなら、親離れ出来ないまま、呉松家から依田家にうつっただけです。
――昔っから学校でトラブルを起こしては、奥様と旦那様が頭下げていました。
お嬢様が中学生の時に、同級生の彼氏にちょっかいかけて揉めましたし、婚約者のいる先生にも……あの時は慰謝料だ、先生を処分するだなんだ学年で騒ぎになりましたし、未だに春の台中学校では語り草にされてますからね。
そのちょっかいをかけられた同級生なんですが、春の台中学校にいらっしゃると近所の奥様方からお話を聞いて。私、名前は覚えているんです。飛田真美子さんって方です。
飛田さんはお嬢様に物を壊されたり、盗まれたり、嫌がらせの手紙を送ったりとやられたそうで。他にもお嬢様の被害者はいらっしゃるかと。
――お嬢様、ここの所いつも以上に着飾って日中どこか行ってるそうで。私、この間見てしまったんですけど、誰かと親しく電話している姿を見ました。
――お嬢様には周りに甘え続けたつけをいい加減払ってもらわないといけません。もう四十前なのに……あの言動・行動がいつまでも通用しないことを分からせないといけません。今まで好き勝手やったのですから、因果応報を受けてもらわなければなりません。私達の家族の散々悪口言われましたから。
陽貴は午前中に呉松家のお手伝いさん達――野田、柿本、大野を自宅に呼んでヒアリングをした。
柿本が結花のもとへお手伝いに行った日に、陽貴が悠真の現状を説明した上で、結花の過去のこと、生活の状況を教えてほしいので、3人にうちに来てもらいたいとお願いした。
3人の口から出たのは、結花に対するマイナス評価。
ここぞとばかりに結花と周子に対する話が出るわ出るわと……長年振り回されて疲れたのだろうと同情したくなる。
――呉松家は奥様が当主ですが、あれは直系が奥様だけでしたから。しかし実際動いているのは旦那様や良輔坊ちゃん達です。奥様はいわゆるお飾りみたいなものでしょうかね。専業主婦ですし。
――奥様は結花お嬢様を穏やかにさせたバージョンですかね。中身は陰湿ですが。
若かりし頃は色々お付き合いが大変でして……男女問わずちょくちょく遊んでいたそうで。その血が結花お嬢様に……良輔坊ちゃんと静華お嬢様は旦那様に似て真面目ですが。だから奥様としては旦那様似の上の2人より、自分に似ている結花お嬢様の方を可愛がってました。旦那様とは全然似てる要素ないですから。
――結花お嬢様と良輔坊ちゃんと静華お嬢様の仲はいいとは言えません。まだ3人が小学生ぐらいの時は良かったんですけど、段々年があがるに連れ、仲がわるくなりましたね。結花お嬢様が問題を起こしてくるのもあるんですけど。
特に静華お嬢様と仲が悪いですね。あれは無理もないです。だって、静華お嬢様の彼氏を結花お嬢様がちょっかいかけたんですから。確か静華お嬢様が高校生の時ですね。
陽貴はお手伝いさん3人の「結花は父親と似ている要素がない」という単語が気になった。
頭の中でもしかしたら? という単語が頭によぎる。
仮にだ、仮に、義妹と父がつながってなかったら……確かに女の子はお父さんに似た方がいいという。彼女にはその要素はない。
義妹の父は、結婚式で見たぐらいなのであやふや。少しいかつい見た目で、背が高かった。でも穏やかな口調だったし、来賓者に丁寧に接していた。
見た目は完全に母親寄り。
まさかと打ち消すが、否定できない。
例えば、義妹の父親は違う人だったら?
良輔の話を思い出す。
彼女の父はかなり真面目な性格、社員想い、義妹がやらかす度に頭を下げていた。
社員からの評判はそこそこ良いと聞いている。
むしろ社員達は義妹親娘に振り回されて同情している。
義妹は見た目も性格も母親よりだ。元が美人なんだろう。性格難ありで。
もしお手伝いさん達の話がガチなら……。
義妹の母親は若かりし頃とある男性と懇意にしていたという。幼馴染で、今も呉松家が経営している会社で役員をやっている。
結婚式にも出席していたと。
家族は知ってるのか? 義妹本人も知ってるのか?
嫌な結末しか出てこない。
もう少し身辺調査お願いしないとだめか。
――厄介な人と親族になってしまった。
陽貴の呟きが虚しくこだました。
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