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7章
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しおりを挟む20時に悠真が仕事から帰ってきた後、リビングに呼ばれた。
「これはどういうことかな?」
満面の笑みで写真を見せられた結花は青ざめる。
背は高く、白髪交じりのオールバック眼鏡かけている男性。
ネイビーのスーツと白のブラウスシャツ。
理知的な雰囲気だが、二重まぶたから優しさがにじみ出る。
――1時間前まで会っていた人だ。
何で? どこの誰が? 隠し撮りじゃない!!
せっかくの息抜きが!! どうしよう、パパからもらったブランド物の服や鞄にお金はばれてないよね?
もらった5万は銀行に入れてあるし、夫もさすがに暗証番号まで分からないよね? ね、大丈夫よね?
だいたい私がもらったお金だから、好きに使っていいよね?
「あ、いや、その……それは……」
結花の目線は下に注がれ口ごもる。
どうしよう。もしかしてバレた? ほんと誰なの?!
なんて言おうか考えるが、全然出てこなくって、苛立つ。汗が出てきた。
「ひ、ひと違いでしょ! ほ、ほら、この世には、自分に似た人間が3人いるっていうし? あんたこそ、やり直したいって言ってるのに、私に離れに住ませて、家に入れてくれないじゃない! 世界一可愛いゆいちゃんを一番優先して!」
結花は早口でまくし立てるように、悠真を追い詰める。しかし悠真は大きくため息をついた。
「……スマホ見せてくれ」
「嫌。なんで見せないといけないの? 警察のつもり? 世界一可愛いゆいちゃんが、陰キャのあんたのとこの嫁に来てやったというのに、なんで偉そうなの? だいたい、送ってきたの誰? 懲らしめてやるんだから!」
鼻息荒くして「盗撮で訴えてやる」と息巻く。
「――望海さんだ。たまたま見かけたみたいで、送ってきたんだ」
親友の名前を言われ、結花は「嘘でしょ」「分家の子の癖に調子乗ってるんじゃねぇ」「夫にチクりやがって」と小声で悪態をつく。
「早く見せてくれ。そうすれば、今後家にずっといていいから」
悠真はちょうだいのポーズをして、結花は渋々見せた。
なんなの。偉そうに。私がちょっとやらかしたからって、上に思ってるの? 格下のくせに。
ほんと真面目な人って嫌い。つまんないもん。
まって、今日のはバレたかもしれないけど、今までのは消してるから大丈夫よね? 専用のアプリだし。
さすがにアカウントのログイン情報分からないし。
今見せてるのは、いつも家族で使っているメッセージアプリだから。うん、なんとかごまかせる。
リビングの時計の秒針の音だけする。
だんだん悠真の眉間にしわが寄ってくる。
「これ、ログインして」
勝手に大丈夫だろうと思っていた矢先、悠真からパパ活用のアプリのログインを言われる。
「い、嫌よ! もういいでしょ! 返して!」
結花は無理矢理悠真から取り上げようとするが、力で勝てない。悠真の口角がわずかに上がった。
「これか。いいから教えてくれ」
「いや。ゆいちゃんのプライバシー覗くの?」
待って、今返してもらってから、やりとりを消そう。
ログインして手早くタップしながら、やりとりの履歴を消していく。
「はい、どうぞ」
どうぞ見るといい。証拠なんてないよーだ!
ぜーんぶ消したからねっ! さぁ、せいぜい頑張って探してねっ。
両手を合わせてじっと見る結花の口から含み笑いが出る。
悠真は結花が使ってるアプリやその使い方をネットで調べる。
「はぁーっ、こんなの陽鞠が知ったらどう思うんだ? ますます嫌われるぞ? どう説明するつもり?」
悠真は結花とパパとのやり取りをみせる。
その瞬間、結花はあっけにとられて言葉が出ない。
なんで? なんで? 復元されてない⁈
今日もその前も、始めた頃も……!!
「両親と陽鞠が身なり派手になってると言ってたけど、こういうことか……」
近頃結花が以前のような服装に戻ってきてる。
多分ネットで男の人漁って貢がれてるのでは。
少し前にパパ活で懲戒解雇された女性教員のニュースがやっていた。
その教員は40代。どうもそれぐらいの年代の女性でもやってる人が増えてるとかなんとか。
身内でまして自分の妻がやってたとなると、腹立たしさや呆れや軽蔑の感情が色々やってくる。
やり取りの様子を見る限り複数の男性と食事に行って、鞄や服、そしてお金をもらってる。大体5万から10万。
それなら合点がいく。
「なんでこんなことやってるんだ? 家族ことが頭になかったのか?」
「だって、パートクビになっちゃったもん。あんた達がカネカネ払えとうるさいし。面接なんて受けても落ちてばっかだし……それにゆいちゃんは世界一可愛いから、パパ達がなーんでも言うこと聞いてくれる。小言うるさいあんたよりね。真面目に働くなんてバカバカしい。いいでしょ? これで生活費払ってるんだから。一番楽なお金の稼ぎ方よ。ひーちゃんも、高校生になったらさせたらいい。なんなら、今からでもいい」
手をひらひらさせながら、早く返してとアピールする。
「お……まえ、何言ってるんだ?! 娘にパパ活を勧める母親がどこにいるんだ。陽鞠は中学生だぞ⁈ 娘を警察沙汰にさせたいのか?」
「いーじゃん。ゆいちゃん楽にさせてよ。顔がブスでもJC、JKブランドがあるから稼げるじゃん? それならうちも家計助かるよー」
子どもの思いつきのように語る結花。
その目は輝いていた。いや、取らぬ狸の皮算用だ。
悠真は思わず頭を抱える。
こんな人が妻なのか。やり直ししようと頑張ろうと決めたのに。娘の意向を大事にして、できるだけ妻と顔を合わせないようにしてきた。
妻が解雇されたのは、自分が社長退任した後。
自分が辞めたら、好きにしていいと言った手前だからどうもいえない。店長の野崎は本当に辞めさせた。
他のスタッフへの士気や影響で、前々から辞めさせたいのは知っていた。妻がいた店舗では、彼女が来てから退職の相談がバンバン増えてた。
それを阻止するために、厳しいことで有名な現社長をいれた。それで妻の勤務態度が多少マシになってきた矢先のことだ。
あの反省してる姿は所詮演技だったのか。
これ以上妻に関することで犠牲者を増やしたくない。
離婚して社会の厳しさを感じてもらう。
実家に戻ってもらって、兄夫婦のもとで厳しい制裁を受けさせるか。
自分が「最後まで」責任もつか。
娘の心情や過去の行いのことを考えたら、因果応報しっかり受けて欲しい気持ちがある。妻に天罰下って欲しいと願ってる人間が少なからずいる。でもどこかで、どうすれば妻が全うになれる方法はないか、家族上手くいく方法があるはずだと鬩ぎあう。後者は所詮お花畑な考えに過ぎない。
「――こんな母親、陽鞠に悪影響だ。出て行け」
もしかして、間接的に娘を落ちぶれるような、素行不良の子にさせるつもりなのか?
短く告げた言葉に結花は「なんで?」と繰り返す。
「数ヶ月やってきたけど、やっぱり前と変わってないじゃないか。言い方も考え方も」
「ゆいちゃんは世界一可愛いから、男の友達が多いの! ほっとかないんだって! それを分かった上で結婚したんでしょ! いまさらごちゃごちゃうるさいわね」
「これを書いてもらうから」
悠真は結花のわめき声を無視して鞄から紙を取り出した。
その瞬間、結花は紙をくしゃくしゃにして悠真に投げつける。
「絶対嫌! ただでさえ嫌いなあんたの親達と一緒に住んであげてるんだからさー。いい加減あいつら追い出してくれる? いちいち生活態度や言葉遣いに口だししてきてうざいんだよねぇー。家でも外でも周りが姑みたいな連中ばっかじゃん」
結花の生活態度は本当にひどいものである。
基本的に自分で起きることが出来ず、義母である澄江が叩き起こしに来ている。挨拶はもちろん、食事時の頂きますやごちそうさまを一切言わないので、義父の弘之から毎回注意されている。
義理両親に注意される度に結花は強い口調で「老いぼれの癖に」「早く野垂れ死ね」と言い返して、また注意されるの繰り返しで、言い合いになっている。ひどい時は物を投げつけられたり、澄江が使っている杖をどこかに隠したり陰湿な嫌がらせをしている。
もちろんこのようなことをするのは、悠真と陽鞠がいないときだ。表向きは義理両親思いを演じている。
――もう勘弁してくれ、あの子に疲れた。
――最初は神妙にしてたけど、慣れてきたのか、強気になっちゃって……もう出て行ってもらえないか。
「これに署名したら少しは考える」
もう一枚鞄から離婚届を取り出す。結花の性格を考えて5枚ぐらい役所のホームページからコピーしてきた。
結花は嘘でしょと青ざめる。
「ごねても無駄だ。ほら」
悠真に強く押され泣きながら名前を書く。
「これでいいんでしょ! これで! ね、ゆいちゃんを追い出さないで!」
「問答無用だ。ここから出ていてもらう。野垂れ死のうが知ったこっちゃない。パパとやらに頼めばいいんじゃないか? ほれ、荷物もって出てけ」
悠真は結花を離れの方に連れて行き、荷物類をまとめてから、追い出した。
玄関から結花の「世界一かわいいゆいちゃんを、暑い中追い出すなんてDVよ!」と叫ぶ声が響くが、誰も反応しなかった。
パジャマ姿ですっぴんの結花は恥ずかしさのあまり泣き出す。
どうして? こんな目に遭うの? 全部私が悪いの?
ねぇ? ここまでしなくてよくない?!
私は世界一かわいいゆいちゃんなんだよ? こんなひどいことする人が世の中にいるんだって。
身一つになってしまった結花はこれからどうしようか、玄関の前でスマホとにらめっこする。
「――なにやってるの?」
しばらくすると塾帰りの陽鞠が声をかけてきた。
「ひ、ひーちゃん! お父さんに追い出されたの! ね、お母さん戻りたいから、お父さん説得して!」
路上で上目使いしてから、土下座をする結花。
「へー、世界一可愛いゆいちゃんが頭下げたぁー、どっしよかなぁー」
陽鞠は土下座する結花を撮影してから「誰がパパ活やった女を母親と認めるんだよ。お父さんに追い出されるの残当でしょ?」と言い放って、玄関に入った。
「ひ、ひーちゃん! ねぇ?! お願い!」
声をからして家に向かっていく娘に声をかけるが無視される。
アスファルトの上に正座してるから、痛みと強さが同時にやってくる。
みんなひどいよ。私をいじめるなんて。鍵持ってないし。
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