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終章
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部屋に読書灯の小さな暖色系の光だけが灯る。
これだけで十分な明るさだ。
瀬戸祐樹はスマホとにらめっこしていた。
次のデートはどこがいいか探してる。
四つ星駅から出ている登山電車にしようか。
五月なら紫陽花があちこちに咲いていて見頃だろうが、もう終わっただろうか。
「祐樹さんお疲れ様です」
「あ、はい……て、何でちゃっかり俺のベッドの上にいるの?!」
お風呂上がりの瑠実菜がいた。
「えーっ、だめですか? 私はゆうきさんの彼女ですよー」
どうも女の子が近い距離でいるのが落ち着かない。
嬉しいんだけど、緊張と高揚感とドギマギしている自分がいる。
家に着いてドアを開けた瞬間、シャレオツなエプロン姿の瑠実菜に腰を抜かした。
柴犬がエプロン着てて、フライパンを持ってるデザインのエプロンで出迎えられて、これなんかのゲームかな? と勘ぐってしまう。
いや、ゲームじゃない。目の前にいるの女性は人間だった。
大屋が「早く帰ってこのエプロン着てみみずくのリアクションが見たいの」と言って用意したと。
「はい、た、大層お似合いでいらっしゃいます」と佑樹は、どっかの時代劇に出てくるお姫様の世話係のおばちゃんみたいな言い方をした。
似合っていたのは事実だ。本音を言うと可愛かった。
ちゃっかり写真を撮って保存している。
その前は、女子高生のセーラー服で出迎えられた。
外に一緒に出歩いてたら職質からの警察のお世話コースになるかもしれない。
だから外だけは勘弁して欲しいと言った。
少し残念そうな顔していたが、警察のお世話はゴメンだ。
これもセーラー服も大屋の提案らしい。
所長、琉実菜に変な入れ知恵しないでください。
というかどこで買ってきたんですか?
「琉実菜さんが作った卵焼き美味しかったよ」
「ほ、本当ですか?! 不味くなかったですか? 食べられる味だったんですか?!」
目を輝かせて訴える琉実菜に祐樹は「う、うん。美味しかった」と答える。
「あー、良かった……マズイとかゴミとか言われなくて……」
「何言ってるんだ。ふわふわしてて、甘さが丁度いい感じ。俺の好みの味だったよ」
毎日の弁当に入れて欲しいと思う。作り方を教えてもらいたい。
「自分で作ると、なんか形が微妙だったり、崩れたりするんだよねー」
毎回出来上がりを見る度になんか虚しくなるばかりだ。
「誰でも最初は失敗します。祐樹さんは私が作った物を全然悪口言わないから、励みになります」
「この間作ってくれた、豚肉とナスの味噌炒めも美味しかったし……」
「瀬里香さんと浩平さんから毎回マズイと言って、私が料理出来ないのかなと思ってました。そういえば、あの二人以外に私の料理を食べた方は、ゆうきさんとよろず屋ななつ星の方達だけでしたね」
「すずらんさんとすいせんさんも美味しいって言ってたね」
よろず屋ななつ星に振舞った料理はスモークサーモンのサラダや野菜たっぷりのグラタンだった。
女性陣に好評で、残ったら夕飯にしたいと言って、ちゃっかり持って帰った。琉実菜は「どうぞーどうぞー」と快く受け入れた。
すずらんは琉実菜が占部瀬里香と浩平に、イチャモンつけられてた話を聞いて「あの二人の舌おかしいんじゃない?」「将来痛風とか糖尿病になればいいのに」と毒を吐いていた。
「良かったね。褒められて。こっちも嬉しいよ」
「えへへ」
琉実菜は両手で頬を包むように照れる。
グルメ気取りして難癖をつけてるの間違いだろう。
人につくってもらって文句言える立場ではないと思う。
「瀬里香さんは料理どころか家事が全然出来ないですからね……高木家にいた時から、私とおばあちゃんに押し付けてましたから。よく結婚できたなと思います」
「多分あの二人は……」
家事や料理の出来はただの叩く材料にすぎないし、固い床で座って食事や人格否定をするのも、二人が琉実菜をストレスの捌け口にしているだけだ。
一人の人間としてではなく、奴隷である。家事要員だ。
あの二人がよろず屋ななつ星に乗り込んできたのも、家事要員の琉実菜がいなくなっては生活が成り立たなくなるのを危惧したからだろう。
今、琉実菜は自分らしく、一人の人間として生きていく、大切な人と一緒にいる生活を始めたばかりだ。
なんとしてでも、琉実菜の人生を邪魔させる訳にいかない。
「ほ、ほんとーに、ゆうきさんは、やさしいんですね。何でここまでして、くださるんですか? 私は……」
占部瀬里香と浩平と関わりがあった人間。
人の見方によっては、犯罪者と関わりあったから……と警戒するだろう。
「それは――」
過去の行いや言動や事実は刺青のように消えない。
最初彼女は占部夫妻によって自分を騙そうとしていたが、そうはならなかった。
彼女が逃げたかったからだ。人格否定したり、犯罪に加担させようとするこの夫婦から。
向こうとしては目論見が外れたのだろう。まさか、彼女が自分に対してここまで好意を持っていたとは思わなかったんだろう。
女性との関わりは慣れていないにも関わらず、そういうのも一切否定せずに、ぎこちなくなっても、受け入れてくれる。
心踊る。なんとなく明るくなる自分。
今まで少し自信なさげで、背中を曲げて下を向いていたような自分だったのに。
そして、彼女は人から存在を疎まれて、いいように利用されてきた故に、自身に対してかなり自己肯定感が低いタイプだった。
お互いに一緒にいればもっと前向きになれる気がする。
「琉実菜さんと一緒にいたいんです。今までのことを抜きにして、一人の女性として。――俺はあなたのこと好きだからです」
彼女の見た目や性格を抜きにして、いつも自分のそばにいるのが当たり前な日常があって欲しい。
「あの時、占部夫妻の前で言ったことは本当でしたのね。録音聞きましたよ。……嬉しかったです。」
少しニンマリと笑う琉実菜。
「……あ……っ」
あの上司、残してたんかーい! てか聞かせてたんかい!
祐樹は思わず額に手を当てて「やめてくれー。すずらんさーん」と情けない声で呟く。
勢いで言ってしまったことに後悔するが、彼女への想いに偽りはない。
「わ、私も、祐樹さんと一緒にいたいです……だから……」
琉実菜は祐樹の胸に飛び込んでそのまま泣き出した。
――このまま離れないで。お願い。
子どものように泣く琉実菜を祐樹は静かに頭を撫でる。
琉実菜の長い髪から石鹸の匂いがする。
「ほらほら、泣いてばかりじゃ、琉実菜さんの可愛い顔が台無しですよ……」
瑠実菜は机からティッシュを数枚取り出す。
「はい……ちょっと顔を洗い直しますね」
洗面所に行った瑠実菜。
これだけで十分な明るさだ。
瀬戸祐樹はスマホとにらめっこしていた。
次のデートはどこがいいか探してる。
四つ星駅から出ている登山電車にしようか。
五月なら紫陽花があちこちに咲いていて見頃だろうが、もう終わっただろうか。
「祐樹さんお疲れ様です」
「あ、はい……て、何でちゃっかり俺のベッドの上にいるの?!」
お風呂上がりの瑠実菜がいた。
「えーっ、だめですか? 私はゆうきさんの彼女ですよー」
どうも女の子が近い距離でいるのが落ち着かない。
嬉しいんだけど、緊張と高揚感とドギマギしている自分がいる。
家に着いてドアを開けた瞬間、シャレオツなエプロン姿の瑠実菜に腰を抜かした。
柴犬がエプロン着てて、フライパンを持ってるデザインのエプロンで出迎えられて、これなんかのゲームかな? と勘ぐってしまう。
いや、ゲームじゃない。目の前にいるの女性は人間だった。
大屋が「早く帰ってこのエプロン着てみみずくのリアクションが見たいの」と言って用意したと。
「はい、た、大層お似合いでいらっしゃいます」と佑樹は、どっかの時代劇に出てくるお姫様の世話係のおばちゃんみたいな言い方をした。
似合っていたのは事実だ。本音を言うと可愛かった。
ちゃっかり写真を撮って保存している。
その前は、女子高生のセーラー服で出迎えられた。
外に一緒に出歩いてたら職質からの警察のお世話コースになるかもしれない。
だから外だけは勘弁して欲しいと言った。
少し残念そうな顔していたが、警察のお世話はゴメンだ。
これもセーラー服も大屋の提案らしい。
所長、琉実菜に変な入れ知恵しないでください。
というかどこで買ってきたんですか?
「琉実菜さんが作った卵焼き美味しかったよ」
「ほ、本当ですか?! 不味くなかったですか? 食べられる味だったんですか?!」
目を輝かせて訴える琉実菜に祐樹は「う、うん。美味しかった」と答える。
「あー、良かった……マズイとかゴミとか言われなくて……」
「何言ってるんだ。ふわふわしてて、甘さが丁度いい感じ。俺の好みの味だったよ」
毎日の弁当に入れて欲しいと思う。作り方を教えてもらいたい。
「自分で作ると、なんか形が微妙だったり、崩れたりするんだよねー」
毎回出来上がりを見る度になんか虚しくなるばかりだ。
「誰でも最初は失敗します。祐樹さんは私が作った物を全然悪口言わないから、励みになります」
「この間作ってくれた、豚肉とナスの味噌炒めも美味しかったし……」
「瀬里香さんと浩平さんから毎回マズイと言って、私が料理出来ないのかなと思ってました。そういえば、あの二人以外に私の料理を食べた方は、ゆうきさんとよろず屋ななつ星の方達だけでしたね」
「すずらんさんとすいせんさんも美味しいって言ってたね」
よろず屋ななつ星に振舞った料理はスモークサーモンのサラダや野菜たっぷりのグラタンだった。
女性陣に好評で、残ったら夕飯にしたいと言って、ちゃっかり持って帰った。琉実菜は「どうぞーどうぞー」と快く受け入れた。
すずらんは琉実菜が占部瀬里香と浩平に、イチャモンつけられてた話を聞いて「あの二人の舌おかしいんじゃない?」「将来痛風とか糖尿病になればいいのに」と毒を吐いていた。
「良かったね。褒められて。こっちも嬉しいよ」
「えへへ」
琉実菜は両手で頬を包むように照れる。
グルメ気取りして難癖をつけてるの間違いだろう。
人につくってもらって文句言える立場ではないと思う。
「瀬里香さんは料理どころか家事が全然出来ないですからね……高木家にいた時から、私とおばあちゃんに押し付けてましたから。よく結婚できたなと思います」
「多分あの二人は……」
家事や料理の出来はただの叩く材料にすぎないし、固い床で座って食事や人格否定をするのも、二人が琉実菜をストレスの捌け口にしているだけだ。
一人の人間としてではなく、奴隷である。家事要員だ。
あの二人がよろず屋ななつ星に乗り込んできたのも、家事要員の琉実菜がいなくなっては生活が成り立たなくなるのを危惧したからだろう。
今、琉実菜は自分らしく、一人の人間として生きていく、大切な人と一緒にいる生活を始めたばかりだ。
なんとしてでも、琉実菜の人生を邪魔させる訳にいかない。
「ほ、ほんとーに、ゆうきさんは、やさしいんですね。何でここまでして、くださるんですか? 私は……」
占部瀬里香と浩平と関わりがあった人間。
人の見方によっては、犯罪者と関わりあったから……と警戒するだろう。
「それは――」
過去の行いや言動や事実は刺青のように消えない。
最初彼女は占部夫妻によって自分を騙そうとしていたが、そうはならなかった。
彼女が逃げたかったからだ。人格否定したり、犯罪に加担させようとするこの夫婦から。
向こうとしては目論見が外れたのだろう。まさか、彼女が自分に対してここまで好意を持っていたとは思わなかったんだろう。
女性との関わりは慣れていないにも関わらず、そういうのも一切否定せずに、ぎこちなくなっても、受け入れてくれる。
心踊る。なんとなく明るくなる自分。
今まで少し自信なさげで、背中を曲げて下を向いていたような自分だったのに。
そして、彼女は人から存在を疎まれて、いいように利用されてきた故に、自身に対してかなり自己肯定感が低いタイプだった。
お互いに一緒にいればもっと前向きになれる気がする。
「琉実菜さんと一緒にいたいんです。今までのことを抜きにして、一人の女性として。――俺はあなたのこと好きだからです」
彼女の見た目や性格を抜きにして、いつも自分のそばにいるのが当たり前な日常があって欲しい。
「あの時、占部夫妻の前で言ったことは本当でしたのね。録音聞きましたよ。……嬉しかったです。」
少しニンマリと笑う琉実菜。
「……あ……っ」
あの上司、残してたんかーい! てか聞かせてたんかい!
祐樹は思わず額に手を当てて「やめてくれー。すずらんさーん」と情けない声で呟く。
勢いで言ってしまったことに後悔するが、彼女への想いに偽りはない。
「わ、私も、祐樹さんと一緒にいたいです……だから……」
琉実菜は祐樹の胸に飛び込んでそのまま泣き出した。
――このまま離れないで。お願い。
子どものように泣く琉実菜を祐樹は静かに頭を撫でる。
琉実菜の長い髪から石鹸の匂いがする。
「ほらほら、泣いてばかりじゃ、琉実菜さんの可愛い顔が台無しですよ……」
瑠実菜は机からティッシュを数枚取り出す。
「はい……ちょっと顔を洗い直しますね」
洗面所に行った瑠実菜。
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