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4章

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 寒い雪空の降る季節、藤原ふじわら家は朝から大騒ぎになっていた。
 玄関に『育ててください』とファンシーな便箋で一言書かれただけ。そして 幼子がダンボールに置き去りされていた。
「あいつ! 捨てやがったな! どこまで自分勝手だ!」
 藤原太史たいしは玄関前で呟いた。
 多分元妻の日奈子ひなこの仕業だ。
 三ヶ月前に離婚したばかりだ。原因は日奈子の浮気。
 太史は二十二歳、日奈子は十八歳で結婚した。いわゆるデキ婚だった。
 しかし、日奈子が段々家にいなくなることが増えた。日中だけ。
 多分夕方に帰らないと怪しまれると思ったからだろう。
 太史は定時帰りを心がけてまっすぐ家に向かっていたが、日奈子も瑠実菜もいない日々が続いた。
 とうとうある日、日奈子は瑠実菜を連れて実家へ帰ってまった。
「もう無理なので離婚してください」と書き置きして。
 呆然自失ぼうぜんじしつになっている中、追い打ちをかけるように「おい、日奈子ちゃんお前と違う男と手つないでたぞ。娘はいなかった」と太史の友人からタレコミがあった。
 瑠実菜はほとんど日奈子の実家に預けられていた。
 日奈子の実家の両親も「友達の家に遊びにいくから」「ランチに行くから」とそのまま信じていた。
 日奈子の浮気がわかったので、彼女の実家に行って、問い詰めたら、あっけらかんと「そうよ。それが何か?」といわんばかりの態度を取った。
 「あなたはお金、彼は顔がいいの。女の子は顔はよくないと。あぁ、瑠実菜の父親はあんたじゃなくてなの」
「彼が高校生の時からの仲なの。もう三年かな」
 恥じらう乙女のように話す日奈子に、太史は化け物にしか見えなかった。
 つまり、二人が結婚する前から日奈子は二股をかけていた。
 信じられなかった。親族達は瑠実菜と太史が似ているとよく言っていた。特にまんまるとした顔立ち。
 結局、結婚生活二年で離婚した。親権は日奈子に行った……はずだったのに。
 今、藤原家の玄関に瑠実菜がダンボールの上で寝てる状態でいる。
 結婚の時「若いから」と双方の両親に反対された。駆け落ち同然のことをしたが、今思うと本当に痛々しい。
 日奈子の実家である末広すえひろ家は、太史の税金泥棒の息子と揶揄していた。
 太史の両親が公務員だからだ。
 一方末広家は地元で指折りの権力者の家。家族としては、由緒ある末広家の娘が、十代で結婚して挙げ句デキ婚したは風聞として悪い。
 瑠実菜が生まれた時に多少藤原家は緩和してくれたが、日奈子の実家は「孫なんておらん!」で終了だった。
 でも、末広家は、日奈子が実家につれて帰っているのを受け入れていた。
 多分末広家としては日奈子と瑠実菜は家族で、太史はよそ者。瑠実菜は孫として認めないということだろう。その癖、太史に対して力仕事を頼む時だけ家族扱いしていたので、都合の良い時だけ家族呼ばわりする末広家に内心腹立たしさを抱えていた。
 そういうこともあり、藤原家と末広家は仲がいいとは言えなかった。
 離婚後、太史は実家に帰り、そこから通勤していた。
「やっぱりあの女はやめとけ」「若すぎる」と両親や友人が言っていた意味が、今ではなんとなく分かる。見抜いていたのかもしれない。
 さて、瑠実菜をどうするか。
 寒空の下放置するのはあれだと思い、家の中へ入れる。
「どうしたの?!」
 血相を変えて玄関にやってきたのは太史の母の久子だった。
「あ、あの、子が……家の前に置き去りにされていた……」
 太史の弱々しい声に久子は青ざめる。
「ま、待って! 中入って! お父さん呼んでくるから!」
 リビングで藤原家三名と瑠実菜をそばに置いて話し合いした。
「そもそもこの子はうちの孫じゃない。無理だ。あんなあばずれの女の血が入ってるだけで嫌だ」
「あの女どこへいったの? 実家は?」
 うちの孫じゃないというが、戸籍上は太史が父親になっている。
 親族お墨付きで似ていると言っているのに。 
 興奮気味の両親に太史は日奈子の実家に電話するがつながらない。
やっとつながったのが昼過ぎだった。日奈子の父が出た。
『うちにはそんな娘も孫もいない。詐欺だ。警察呼ぶぞ』
 その一言だけだった。太史の耳をつんざくような言い方だった。
 連絡先は一応知っていたのが幸いだった。
「向こうもだめだ」
 肩を落としてつぶやく太史は、途方にくれた。
 瑠実菜とは血がつながってないと言われた。まして自分の両親ともだ。
 日奈子の浮気相手の学生も家族から勘当されてどこかへ行った。
 このまま自分で育てるか。施設か。
 今から日奈子を探そうと思わない。正直関わりたくないからだ。
 結婚していた時、彼女はほとんど遊んでばかりだった。
 自分の女性を見抜けなさぶりに辟易へきえきする。
 三年前に会社近くのお弁当屋で、一生懸命汗水働いている姿に惚れた。
 いつもにこにこしていて、誰にも優しくて、スタイルが良かった。
 弁当屋のおじちゃんおばちゃんに好かれていた。なのに、なのに――。
 蓋を開けてみたら、遊び好きで「十代の人妻」「既婚者」の箔が欲しかっただけなのかもしれない。
 二年間娘と信じて育てたとはいえ、今は嫌悪感しかない。でもどこかで「この子を守らなくては」と変な使命感がせめぎ合っている。
「こいつは施設にやったほうがいい。お前はあの女に騙されたんだ」
「それは無理だ。この子を俺の手で育てる。少なくとも日奈子とあの学生のもとで育つよりは、まともになると思う。だから父さん、母さん、協力してほしい」
 太史は頭を深く下げる。
 しぶしぶ受け入れたが、結局上手くいかず一年で瑠実菜は遠戚えんせき――高木たかぎ家に里子に出された。
 もちろん、今までの経緯を説明しての上だった。
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