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132話

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あの後は皆で牛丼を食べて美味しいねと言い合った。

あんだけ静かに不機嫌なオーラを漂わせていたカリンは素直に自分で好きな量を盛り付けてガツガツ食べていた。

マオウは…皿を叩いておかわりを要求してくる。


「それにしてもさ…ツキカゲ達はどうしたのかしら?」


私がお腹すいたからという理由で部屋を抜け出してしまったけどそろそろ話が終わっても良いのではないか?

デザートにリンゴのコンポートを作っていたのだが、一向に来る気配がない。


「七輪で魚を焼いたら来るかしら?」

「時代錯誤にも程がある。」


マアヤよ…その言葉は胸に来るぞ

ついにはリンゴのコンポートまで出来上がってしまいトッピングのミントをつけて皆に配った。

その時






バンッ!





キッチンに響く大きな音はドアを強く開く音

突然の事に最後のひと皿に載せるミントが思いっきりズレて真ん中ではなく皿の端っこに落としてしまった。


「ちょっとフラットさん…集中して調理してる人に今のは最悪なんですけど…。」

「そんな事を言ってる場合ではありません。





トーマス帝国から手紙が届いたんですよ。」



一瞬にしてその場の空気が凍り緊張感が増した。

なぜそんなものがこんな所に?私達の居場所を突き止めたとか?

いや、真相は手紙の中にあるんだから勝手に決めるのは良くないよな。


「…内容は?確認したんですか?」


私の声は震えること無く真っ直ぐに言えただろうか。

リンゴのコンポートに意識を向けられない、手紙の内容がとても気になって仕方がないのだ。

するとフラットさんは冷静に、とても落ち着いた声でそこまで身構え無くても良いと言ってくれた。


「あなたが考えるのはトーマス帝国から追っ手が来ているではないかというものでしょう。

違うとも言いきれませんが、あちらに我々の居場所が知られた訳では無いみたいます。」


すると問題の手紙と思われるそれを懐から取り出して中身を開いた。


「ここに書いてあるのは私の訃報と聖女が攫われたから捜索に協力して欲しいという要望だ。

本来ならこれは兄が読むべき内容だが、当の本人は死んでしまったから紙とインクを無駄にしただけ。」


あっさりと酷いことを言うなこの人は

でも内容を聞いて少し安心した。それにフラットさんはツキカゲとカミツレのおかげで一応復活したし、まだトーマス帝国はこちらに来ていないようだ。

でもいずれはこの街にも来るのだろうな。


「…カナ殿はこの街を離れたほうが良いですね。」


意外と思ってしまった。

トーマス帝国を敵対視している私に対して逃げろと言ってくるなんて思わなかったから。

フラットさんはトーマス帝国に所属する王宮魔術師だったのに。

私の考えていることがすぐにわかったのか、彼はため息をついた後にこう言ってきた。


「トーマス帝国の王宮魔術師だった私が貴方の味方になるような発言をして驚きましたか?

私はもうトーマス帝国の人間じゃない、それに元々マアヤ様が聖女と呼ばれていた頃からトーマス帝国を抜け出して共に逃げる計画を立てるほどでしたから。

帝国に良い思い出も何もない。

地位も名誉も私が死んだという記録と共に消え去ってしまったのですからそもそも私は帝国の人間でもない、だからといってカナ殿の味方になる気はサラサラない。」


なるほど、あくまで中立を保つつもりなのか。

でも死んだと思われていたフラットさんが生きていたらまたトーマス帝国に戻されるのではないだろうか?

なら彼もここにいるのは危険なはずだ


「フラットさんもこの街から離れて逃げるべきなのでは?」

「そしたらどのようにして兄が死んだことを誤魔化すというのですか。

この私の魔術を使えは街の住民の記憶操作もできる

更には2体の伝説のドラゴンのお力で復活したおかげか覚醒をしたようで、記憶の操作だけでなく自身の記憶を元に特定の人物の姿や声などを再現することが可能になったのだから。」


それはすごいや

自信満々に言ってるけどそれでも彼のやってることって前から変わらないのね。

でもこの場で記憶操作をすれば旅がスムーズに行くと思う。

確かにこの街の人たちにはお世話になったけどたくさん迷惑をかけてしまったからな。

領主が己の意志で毒を広げて街を壊滅させようとしたんだ。街の民からすれば信じたくないよな。


「しばらくは私が兄になりすましてアザレアを街から追い出したということにする。」

「…?なんでアザレアを街から追い出すのよ?」


フラットさんの発言が意味分からない

フラットさんは姪っ子をなんだと思ってるんだよ、血族なんだから仲良くしなさい。

おじさんは姪が可愛くておもちゃとかお菓子とか買ってあげて義理の姉妹に怒られるやつじゃないの?


「何か巫山戯たことを考えていないか?」


何も考えてませんけど?

ブンブンと首を横に振って話を流すとまあ良いですみたいな諦めの顔をしていた。


「兄の遺言とでも言っておきましょうか

生まれてから今までこの街どころか塔の上に閉じ込めて存在を隠してきたこと、自由を奪ったことに罪悪感を覚えたのでしょうね。

兄が死ぬ直前、アザレアに私の真似事をするなよと言ったのを私はしっかり聞き取っていましたから。」


私はフラットさんの言葉に少し呆れてしまった。フラットさんに、ではなくこの街の領主だった彼にだ。

なんというか…私の言葉をちゃんと受け止めた上での発言なら、父親らしいと言うべきかな。


「彼なりの娘に向けた愛と言っておきましょうよ。

アザレアに自分の真似事をしてほしくないというのは自分のような愚か者になってほしくないってことなんだから。」


マアヤの言葉に反応したのは私ではなくアザレアさんで、小さな声で「お父様…」とつぶやくあたり彼女は自分の父を許そうか否かまだ迷っているようにも思えた。

表上は追い出すことに変わりはないがろくでもない父親なりのエールなんだろうな。

でもこのタイミングでフラットさんがアザレアさんを街を追い出すなんて絶対に狙いがあるとしか思えない。


「そこでカナ殿にお願いがあります。


私の姪を貴方の旅に同伴させてはもらえませんか?」



でしょうね!このタイミングで私にそのことを言うってのは容易に予想できたよ!

デザート用の小さなフォークでコンポートを突き刺すと勢い余ってガラスがカチッと音を鳴らした。

と言うかフラットさんって私のこと嫌いじゃなかった?なのになんで自分の可愛い姪っ子を嫌いなやつに託すのよ?


「…私の旅に同伴させるのは危険しかないわよ?

帝国のお尋ね者に、拐った聖女様、更には伝説のドラゴンが2体もいる。」

「言い方を変えればそれほどに強力な護衛がいるでしょう?

後はそこにいる元帝国騎士も護衛にすれば良い。」


今度は指をさされたナザンカが飲んでた紅茶を吹き出した。

なんで急に俺に話を振った?みたいな表情を浮かべるナザンカは圧倒的にダサい。


「俺、もうトーマス帝国の人間じゃないんすけど」

「それを言ってしまえば私もだよ。お互いトーマス帝国に縁はない

これは一人の叔父として、姪の護衛を君に依頼するだけだ。」


本当に何をきっかけにここまで姪っ子にデレデレになるんだろう…確かにアザレアさんって可愛いし甘いお菓子上げたくなっちゃうような純粋無垢な感じもあるけどさ。

ナザンカはじっとアザレアを見つめた後に俯くと空いた右手で左腕をさすった。

長袖のシャツ、肘から下は空っぽを纏っている感覚に彼は顔をしかめていた。


「かつての王宮魔術師サマならわかるだろ。

俺の左腕がなくなった理由くらい」

「もちろん存じ上げていますよ、元王宮魔術師ですからね。

ですがそれを込みでも貴方の実力はアザレアを守る力があるのでお願いしているのです。」


左腕をなくした理由…?

首をかしげてどうゆうことだと聞こうとしたが、私は自分が予想していたフラットさんがナザンカに護衛をお願いした理由を口走ってしまった。


「てっきりナザンカの恋を応援するためかと思った…。」

「なっ…!それは今関係無いだろ!」


そうだったんだ。

すると今度はマアヤがそれどういう事?と聞いてきたので、ナザンカがアザレアさんを好きな事と死んだアザレアのお父さんに「娘さんを僕にください」に近しいことを言ったんだよと小さな声で教えてあげた。

当然だけどそんなのアザレアさん本人は知らないし当時を思い出したようにフラットさんは表情やら声の雲行きが怪しくなってきた。

かと思えば「フフフ…」と不気味な笑い方をしてナザンカの方をガシッと掴むと耳元で何か呟いている。


「好意を抱くのは結構、アザレアはツツジさんによく似て美人だからな。

だがアザレアに結婚は早い」


うわぁ…立ち位置は叔父さんなのに父親面してるよあの魔人

基本的に私とマアヤは異世界に来てから身体能力や五感が底上げされているから小声の会話も聞き取れてしまう。

これにはマアヤもびっくり。ギャップと言うか彼の変わりように戸惑いを隠せないようだ。


「あの…街は出ていきます、そちらのほうが都合が良いというのなら。

ですが、旅の護衛にナザンカを無理に連れて行きたくはありません。迷惑になってしまいます」


今度はアザレアさんが気を使ってしまった。

だけどそれはナザンカの心に来るものがあるよ。好きな人に突き放されたようなものだから。

これにはナザンカも否定の言葉を並べた。

肩に乗っていたフラットさんの手を払いズンズンとアザレアさんの正面に立って彼女の左手を握った。


「そんなわけない、誰がアザレア嬢の護衛を嫌がるもんか。


大体な…お嬢は優しすぎるんだよ


その優しさで救われるやつもいるし傷つくやつもいる。今のは傷ついたぞ。

お嬢を守り抜くってのが嫌なら言い方を変える。



約束する、何があってもアザレア嬢を一人にはしない!


大体惚れた女を放っておくほど俺は馬鹿な男じゃないからな。」


空のように青い瞳と宝石のような真紅の瞳が見つめ合う様は在り来りなドラマのラブシーンとは比べ物にならないほどに情熱的で胸が高鳴ってしまうもの。


「聞きましたか奥様…!堂々と言い切りましたわよ。」

「えぇ聞きましたとも。手を繋いで告白とは逃しませんと言ってるようなものですわね奥様!」


キャーキャーと野次を飛ばす我ら異世界コンビは「昨日の恋愛ドラマ見た?」みたいなノリで騒いでいた。

当然野次を飛ばしていることには変わりないのでナザンカに怒られてしまった。


「そこの外野は黙っててくれ!」

「ナザンカ…?さっきも言った通りアザレアに結婚は早いからね?」


約束を即座に破って堂々と告白したナザンカは今にも魔法を放ちそうなフラットさんと守らなければならないアザレアさんの間に立って慌てていた。

あれを世間では板挟みというのだろうか?物理的にも挟まれている図は初めて見た。

まるで他人事のようにしているが流石にナザンカの記憶を取られてしまってはよろしくないので止めることにした。


「まあまあフラットさん、可愛い姪っ子が告白の返事をしてないんだから大人しくしてましょうね~。」

「止めないでくださいカナ殿!アザレアはまだ18歳なんですよ!

鬼人と人間の混合種だとしても人間の5才児に言い寄ってるものです!」


そこまでやばくないでしょうが。

大体アザレアさんだってただ18年を塔の上で過ごしていたわけではないから。

どうどうとフラットさんを抑え込んで組み伏せると黙ってアザレアさんの言葉を待った。


「私は…人を好きになるという感覚がよくわかりません。

でも、はじめてナザンカと出会った日からずっと胸の奥底で何かが私に訴えてきたんです。

その何かを知りたい、もっと学びがほしい

私は…カナさんやそのお仲間さんから多くを知りたいの。



ナザンカ、もちろん貴方からも。」


彼の右手を両手でしっかりと握りしめて今度は自分が返す番と言わんばかりの笑みでアザレアは言葉を返した。

なんということか、これほどに甘酸っぱいものは見たことがない。

これにはナザンカも瞳が揺れて、組み伏せたフラットさんは気絶していた。

あらやだ、胸がキュンキュンし過ぎて力を込めてしまったわ。

こんなに騒がしくて、楽しくなって笑いが止まらなくなったのは久しぶりだ。

するとナザンカの手をするりと離して私に近づいたアザレアさんは私に視線を合わせるようにしゃがみ笑いかけてきた。


「常識知らずなせいでたくさん迷惑をかけてしまうかもしれません。

でも外の世界を知りたいのです。

まずは手始めに、カナと呼んでもよろしいですか?」


こんな挨拶は生まれて初めて、でもなぜか苛立ちはない。

もちろんと意味を込めて笑いかけると手を差し伸べた。


「私も貴方をアザレアと呼ぶわ。言葉遣いも適当で良いわ。

これは握手なんだけど…異世界に握手の概念はあるのかしら?」


こちとら異世界の常識がわからないからね

握手は右手で小さな幼女の手で長く細い指の先に触れると、彼女は勇気をもって手を組んでくれた。

指を絡ませてこれでは恋人繋ぎだよ。


「わわ…ごめんなさい!

握手なんて初めてだから勢い余ってしまいました!」


なにそれ可愛い

するとクスクスと私の隣で笑っていたマアヤはしゃがんでアザレアの空いた左手に自身の手を伸ばして恋人繋ぎをした。


「こうやって左手でナザンカの右手を繋いであげてね。それかナザンカの左腕にしがみつくのもありよ。」

「聖女サマ?何を余計なことを言ってるんだよ…!」



これにはもっと笑ってしまった。

目が覚めた瞬間に広がった世界はこんなにも楽しくて幸せなものなんだって思わせてくれた。

それは仲間がいたから生まれた奇跡なのだろう

そんな毎日を送れるのなら、私はこの二人を受け入れようと思う。


「ナザンカ、アザレア




私達と旅に出ようよ」


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