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そして、副業へ
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長い回想から意識を戻す。
ある日になって、俺は社長の狩野に呼び出された。嫌な予感がしたというか、癌を告知されるのを半ば悟っている患者のような心境だった。
妙な気持ち悪さを胸に抱えたまま、俺は事務所へと向かった。
◆
「すまない、童夢。このままだと会社を畳むしかない」
やはりそうか。それが最初に思ったことだった。
ここ最近はまともな客からの電話が明らかに減っていたし、成約に至った話も聞いていない。会社のランニングコストを考えたら、おのずとそのような話題が出てくるのは時間の問題だと思っていた。
動揺が全くなかったともいえないが、覚悟は出来ていた。だから、極めて事務的に狩野の現状報告を聞いていたと思う。
ようやく俺も社会貢献が出来る人間になったかと思ったが、やはり世の中はそう甘くない。慈善事業を継続するには、相応のガッツや計画性が要る。「ちょっとやってみよう」という感覚で出来るほど甘くはないのだ。根性はあったかもしれないが、会社経営を素人の二人でどうにかしようとしたのは無理があった。
狩野は現状の財政、コストについて報告をしたのち、このままでは会社が潰れる話をした。誹謗中傷で疲れ切っていたのか、それとも人を助けることに失敗し過ぎたのか、疲れ切った俺の心には、どこか他人事のように響いていた。
結局会社自体は存続して、それとは別にバイトをする話になった。辞表を叩きつけて去ってやってもいいところだが、俺としても狩野には拾ってもらった恩があるので、そう簡単には見捨てるわけにもいかない部分がある。
これで慈善事業は生業というやつではなくなった。慈善事業は文字通りに慈善事業となり、言ってみれば働きながら行う部活のような立ち位置に変わった。どうしてそれを即座に辞めようと思わなかったのかは俺でも分からない。
問題は俺が一般社会で生きていけるかという根本的なものだ。この際なので、遠慮なく訊いてみる。
「それで、どうするんだ。俺はまともな営業マンなんて到底出来ねえぞ」
半ば開き直るように言った。健康食品の営業マンをやった時は、のっけから枕営業をやりまくって大問題となった上にクビになった。その経験もあり、俺に世間で期待されているような仕事が出来るとは思えなかった。
「大丈夫だ。お前にぴったりの仕事がある」
「俺にぴったりの仕事だ?」
「コールセンターだよ。お電話するだけで枕は要らない」
「なんで俺がコールセンターで働かなきゃいけねえんだよ」
「しょうがねえだろ? そうでもしないと食っていけないんだからよ」
反射的にキレる俺を狩野がなだめる。仕事があるだけマシな気がするが、これまでの仕事とはあまりにも内容が違うように思えた。
「いや、なんで電話なんだよ」
「まあ、電話番なら普段からやってるしよ、あの仕事は芸能人やらフリーターやら、それなりにワケアリの人間が多いから働きやすいんじゃないかと思ってな」
「悪かったな。ワケアリの人間で」
俺は露骨に顔を顰めた。
だが、狩野の説明は理にかなっていた。コールセンターなら仕事の時間がコントロールしやすく、残業も少ない。俺は口八丁だから電話口でクレームが来ようが、その場しのぎでどうとでも出来る。そういう意味では順応しやすい仕事なのかもしれない。
「でも電話か。どうせろくでもない奴ばかり相手にするんだろう」
コールセンターの話はいくらか聞いたことがある。大体がうんざりするような話ばかりだ。どこそこのカスタマーセンターをやったらバケモノみたいな奴らばかりが電話してくると言う。これまでは明白に人を助ける仕事だっただけに、なんで俺がそんなバケモノを相手にしないといけないのかという気にもなってくる。
「まあ」狩野が他人事のように続ける。
「その分、時給はいいらしいぞ。ここの給料と足したら、もしかしたら前よりも収入は増えるかもな」
「そんな簡単にいくのか?」
「どうあれ、死なないためには仕事をするしかない。電話アポ取りの練習だと思って行って来いよ」
狩野は全く悪びれずに言った。そもそもお前が原因で副業をしないといけなくなったんだけどな。
「それによ、コルセンには若い姉ちゃんも結構いるからな」
「そうなのか?」
「さっき言ったろ。コルセンで働いている人の中には声優やら女優の卵だっているんだよ。それだけじゃ食っていけないからな。その中から未来のカミさんでも見つけたらいいんじゃねえか」
「そんな簡単にいくかよ。それに結婚は……多分しないだろ」
俺は元ホストだったが、女を無料で幸せにし続ける方法は知らない。それにキャリアの最後は散々だった。思い出すだけで暗くなる。
ふいに事務所へ沈黙が訪れる。事情を知っているせいか、狩野もその部分をイジっては来ない。地雷を踏んだとでも思っているんだろう。
「とにかくだ」気まずくなった俺の方が会話を繋ぐ。
「どっちにしても働かないと金は稼げない。ホストの足抜けをさせるためにホスト稼業で活動資金を作るわけにもいかねえしな」
当たり前かもしれないが、俺たちの活動はとにかく既得権益者たちから叩かれている。ここでカンパを始めたりホストまがいのことをやれば大炎上して全てがおしまいになる。そうなるぐらいならコールセンターだろうがウーバーだろうが何でもやって金を稼ぐしかない。
俺にカタギの仕事なんて出来るものなんだろうか。いや、別にヤクザだったわけでもないが。ただ、俺自身が色々と汚いこともやってきた。考えれば考えるほど不安しかない。
まあ、今さら何を言っても状況がひっくり返るわけじゃない。
「もう何でも来やがれってんだ」
半ばヤケだが、俺は覚悟を決めた。
ある日になって、俺は社長の狩野に呼び出された。嫌な予感がしたというか、癌を告知されるのを半ば悟っている患者のような心境だった。
妙な気持ち悪さを胸に抱えたまま、俺は事務所へと向かった。
◆
「すまない、童夢。このままだと会社を畳むしかない」
やはりそうか。それが最初に思ったことだった。
ここ最近はまともな客からの電話が明らかに減っていたし、成約に至った話も聞いていない。会社のランニングコストを考えたら、おのずとそのような話題が出てくるのは時間の問題だと思っていた。
動揺が全くなかったともいえないが、覚悟は出来ていた。だから、極めて事務的に狩野の現状報告を聞いていたと思う。
ようやく俺も社会貢献が出来る人間になったかと思ったが、やはり世の中はそう甘くない。慈善事業を継続するには、相応のガッツや計画性が要る。「ちょっとやってみよう」という感覚で出来るほど甘くはないのだ。根性はあったかもしれないが、会社経営を素人の二人でどうにかしようとしたのは無理があった。
狩野は現状の財政、コストについて報告をしたのち、このままでは会社が潰れる話をした。誹謗中傷で疲れ切っていたのか、それとも人を助けることに失敗し過ぎたのか、疲れ切った俺の心には、どこか他人事のように響いていた。
結局会社自体は存続して、それとは別にバイトをする話になった。辞表を叩きつけて去ってやってもいいところだが、俺としても狩野には拾ってもらった恩があるので、そう簡単には見捨てるわけにもいかない部分がある。
これで慈善事業は生業というやつではなくなった。慈善事業は文字通りに慈善事業となり、言ってみれば働きながら行う部活のような立ち位置に変わった。どうしてそれを即座に辞めようと思わなかったのかは俺でも分からない。
問題は俺が一般社会で生きていけるかという根本的なものだ。この際なので、遠慮なく訊いてみる。
「それで、どうするんだ。俺はまともな営業マンなんて到底出来ねえぞ」
半ば開き直るように言った。健康食品の営業マンをやった時は、のっけから枕営業をやりまくって大問題となった上にクビになった。その経験もあり、俺に世間で期待されているような仕事が出来るとは思えなかった。
「大丈夫だ。お前にぴったりの仕事がある」
「俺にぴったりの仕事だ?」
「コールセンターだよ。お電話するだけで枕は要らない」
「なんで俺がコールセンターで働かなきゃいけねえんだよ」
「しょうがねえだろ? そうでもしないと食っていけないんだからよ」
反射的にキレる俺を狩野がなだめる。仕事があるだけマシな気がするが、これまでの仕事とはあまりにも内容が違うように思えた。
「いや、なんで電話なんだよ」
「まあ、電話番なら普段からやってるしよ、あの仕事は芸能人やらフリーターやら、それなりにワケアリの人間が多いから働きやすいんじゃないかと思ってな」
「悪かったな。ワケアリの人間で」
俺は露骨に顔を顰めた。
だが、狩野の説明は理にかなっていた。コールセンターなら仕事の時間がコントロールしやすく、残業も少ない。俺は口八丁だから電話口でクレームが来ようが、その場しのぎでどうとでも出来る。そういう意味では順応しやすい仕事なのかもしれない。
「でも電話か。どうせろくでもない奴ばかり相手にするんだろう」
コールセンターの話はいくらか聞いたことがある。大体がうんざりするような話ばかりだ。どこそこのカスタマーセンターをやったらバケモノみたいな奴らばかりが電話してくると言う。これまでは明白に人を助ける仕事だっただけに、なんで俺がそんなバケモノを相手にしないといけないのかという気にもなってくる。
「まあ」狩野が他人事のように続ける。
「その分、時給はいいらしいぞ。ここの給料と足したら、もしかしたら前よりも収入は増えるかもな」
「そんな簡単にいくのか?」
「どうあれ、死なないためには仕事をするしかない。電話アポ取りの練習だと思って行って来いよ」
狩野は全く悪びれずに言った。そもそもお前が原因で副業をしないといけなくなったんだけどな。
「それによ、コルセンには若い姉ちゃんも結構いるからな」
「そうなのか?」
「さっき言ったろ。コルセンで働いている人の中には声優やら女優の卵だっているんだよ。それだけじゃ食っていけないからな。その中から未来のカミさんでも見つけたらいいんじゃねえか」
「そんな簡単にいくかよ。それに結婚は……多分しないだろ」
俺は元ホストだったが、女を無料で幸せにし続ける方法は知らない。それにキャリアの最後は散々だった。思い出すだけで暗くなる。
ふいに事務所へ沈黙が訪れる。事情を知っているせいか、狩野もその部分をイジっては来ない。地雷を踏んだとでも思っているんだろう。
「とにかくだ」気まずくなった俺の方が会話を繋ぐ。
「どっちにしても働かないと金は稼げない。ホストの足抜けをさせるためにホスト稼業で活動資金を作るわけにもいかねえしな」
当たり前かもしれないが、俺たちの活動はとにかく既得権益者たちから叩かれている。ここでカンパを始めたりホストまがいのことをやれば大炎上して全てがおしまいになる。そうなるぐらいならコールセンターだろうがウーバーだろうが何でもやって金を稼ぐしかない。
俺にカタギの仕事なんて出来るものなんだろうか。いや、別にヤクザだったわけでもないが。ただ、俺自身が色々と汚いこともやってきた。考えれば考えるほど不安しかない。
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