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世に善を成すも易くはなし
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狩野の経営する会社に入ったはいいが、そう甘くはなかった。
なにせ夜の住人であった男が旗を振る会社ごっこだ。経営のノウハウが全くないわけでもないそうだったが、少なくとも俺から見れば狩野の経営は行き当たりばったりだった。
会社の目的自体は慈善事業だが、運営に必要な金はどこかから湧いてくるわけではない。つまり、事業をしながら収益を立てなければいけない。当たり前で、子供でも分かる理屈だ。
俺たちの会社、フェニックス・リスタートの収益方法は一般的な会社と比べると特殊だった。夜の街出身だった俺たちは、ツケで財政が回らなくなったり風俗で働きはじめる女が何人もいることを知っている。おそらくこれを知らない奴はモグリと言えるほどの常識だろう。ともかく、俺らはそういったイカれた世界で生きてきた。
その経験を活かして、人生が破壊しつくされる前に助け出すのが俺たちの目指すところだ。もっと言えば、ホス狂いと呼ばれるような状況で、破滅へと向かっている顧客を夜の世界から「足抜け」させるとゴールになる。
依頼人の大半は本人ではなく、その家族や恋人になる。本人は大抵の場合、自分が破滅へ向かっている自覚がないからだ。報酬はその関係者やホス狂い本人から支払われる。結構な金額を請求するが、本気で足抜けをさせたら比較にならないほどの金額を守ることが出来るので、プログラムが成功すれば大抵の客は喜んで大金を支払う。
仕事を進めるに当たってはいくらかの手順がある。
はじめにホス狂い本人に会うと、まずは話をして現状を変えると自分で決断させる。ここがダメだと何をやっても上手くいかない。自分の人生を変えられるのはあくまで自分だけだからだ。他の誰かが決めることではない。
本人が決断したらカウンセリングを与えたり、夜の街で使われている手口や仕組みを座学で学ばせて、後は実戦練習を交えつつ段階を追って夜の街からフェイドアウトさせていく。言ってみれば薬物の依存症治療にほど近い。俺たちの場合は対象が夜の街に変わっただけの話だ。
と、ここまで説明すると一見単純に見えるだろうが、実際にはそう簡単にことは進まない。
薬物と同じように、ホス狂いの女はほぼ間違いなく禁断症状に悩まされる。ギャンブルであれ、薬物であれ、そして夜の街であれ、ハマると身を滅ぼすものというのは、やめようとしてもやめられない。やめればまた欲しくなる。それは誘蛾灯に近付いた虫が焼かれると分かっていて紫色の光へと突進していくのに似ている。
俺たちは医療従事者ではないし、精神科医でもない。ただ夜の街に関するリアリティを誰よりも持っているだけの一般人に過ぎない。だが、そのリアリティと経験は麻薬と似たような成分をした精神薬の処方や、訳の分からない病名を告げては精神病棟へとブチ込む「治療法」よりも役立つことを知っている。
実際に、本格的に活動を始めた頃にはそれなりに上手くいっていた。月に複数の契約が取れて、プログラムに沿って立て続けにホス狂いを夜の街から「卒業」させていった。依頼人である家族や友人、恋人からは大抵大いに感謝されて、俺たちも人の役に立っている実感があった。
だが、そう上手くいかないのが世の中だ。俺たちはそれを嫌というほど思い知らされる。
確かに何人ものホス狂いを夜の街から卒業させることはできた。だが、時間の経過とともに彼女たちがまたホストクラブに通い始める例が散見されるようになった。構造は薬物やアルコールと同じ。一度溺れたものから完全に足を洗うのは難しい。
誰もが知っている現象とはいえ、こうなると悪循環だった。はじめに俺たちの活動を知った夜の街の人間が、一般人を装って会社の誹謗中傷をやり始めた。俺たちのやっている活動は極めて偽善的で、夜の街で散財した女性たちからさらなる金を吸い上げるハゲタカのようなビジネスだと言われた。
試しに「うるさい、お前がハゲのくせに」と公式アカウントで反論したら炎上した。図星だったようだ。だが、その程度の炎上などかわいいものだった。
日に日に俺たちを叩く声は大きくなり、ヤバい団体として扱う声が大きくなると、どうしても潜在的な顧客たちは足が遠のいていく。会社を検索すると、一緒に「詐欺」やら「騙し」、「ヤバい」に「カルト宗教」といわれのない単語がセットで出てくる。
主に既得権益を守りたい奴らの仕業だが、それを見抜けるほどの頭が良ければ彼女たちはそもそも沼にはまったりはしない。
みるみる問い合わせ電話の本数は減り、アポイントを取ってもネットの評判を見てキャンセルをする顧客が相次いだ。いくらか過去に担当した人たちが擁護してくれたが、大多数の罵詈雑言の前ではそれも掻き消される。
会社の運転資金も無料ではない。会社が存在すれば、それだけで家賃やら給料、光熱費にその他諸々の諸経費がかかる。夜の街に牙を剥いた俺たちは、思いもかけない反撃であっという間に弱っていった。
――このままじゃマズい。
それは俺も分かっていた。
取れない契約。面接をしても零れ落ちていく顧客たち。あちこちから来る請求書、督促状、そして誹謗中傷のビラ、嫌がらせ、ネットの書き込み。気が狂いそうになった。
この世界のどこかに神がいるというのなら教えて欲しい。
俺は自身の過去を悔いて、不本意な部分がありながらも他者のためを思って生きることにした。改心した俺が、このような仕打ちを受けなければいけなかった理由は何なのかと。
今日も電話が鳴る。顧客なのか、それとも嫌がらせなのか。うんざりとした心境で電話に手を伸ばした。
なにせ夜の住人であった男が旗を振る会社ごっこだ。経営のノウハウが全くないわけでもないそうだったが、少なくとも俺から見れば狩野の経営は行き当たりばったりだった。
会社の目的自体は慈善事業だが、運営に必要な金はどこかから湧いてくるわけではない。つまり、事業をしながら収益を立てなければいけない。当たり前で、子供でも分かる理屈だ。
俺たちの会社、フェニックス・リスタートの収益方法は一般的な会社と比べると特殊だった。夜の街出身だった俺たちは、ツケで財政が回らなくなったり風俗で働きはじめる女が何人もいることを知っている。おそらくこれを知らない奴はモグリと言えるほどの常識だろう。ともかく、俺らはそういったイカれた世界で生きてきた。
その経験を活かして、人生が破壊しつくされる前に助け出すのが俺たちの目指すところだ。もっと言えば、ホス狂いと呼ばれるような状況で、破滅へと向かっている顧客を夜の世界から「足抜け」させるとゴールになる。
依頼人の大半は本人ではなく、その家族や恋人になる。本人は大抵の場合、自分が破滅へ向かっている自覚がないからだ。報酬はその関係者やホス狂い本人から支払われる。結構な金額を請求するが、本気で足抜けをさせたら比較にならないほどの金額を守ることが出来るので、プログラムが成功すれば大抵の客は喜んで大金を支払う。
仕事を進めるに当たってはいくらかの手順がある。
はじめにホス狂い本人に会うと、まずは話をして現状を変えると自分で決断させる。ここがダメだと何をやっても上手くいかない。自分の人生を変えられるのはあくまで自分だけだからだ。他の誰かが決めることではない。
本人が決断したらカウンセリングを与えたり、夜の街で使われている手口や仕組みを座学で学ばせて、後は実戦練習を交えつつ段階を追って夜の街からフェイドアウトさせていく。言ってみれば薬物の依存症治療にほど近い。俺たちの場合は対象が夜の街に変わっただけの話だ。
と、ここまで説明すると一見単純に見えるだろうが、実際にはそう簡単にことは進まない。
薬物と同じように、ホス狂いの女はほぼ間違いなく禁断症状に悩まされる。ギャンブルであれ、薬物であれ、そして夜の街であれ、ハマると身を滅ぼすものというのは、やめようとしてもやめられない。やめればまた欲しくなる。それは誘蛾灯に近付いた虫が焼かれると分かっていて紫色の光へと突進していくのに似ている。
俺たちは医療従事者ではないし、精神科医でもない。ただ夜の街に関するリアリティを誰よりも持っているだけの一般人に過ぎない。だが、そのリアリティと経験は麻薬と似たような成分をした精神薬の処方や、訳の分からない病名を告げては精神病棟へとブチ込む「治療法」よりも役立つことを知っている。
実際に、本格的に活動を始めた頃にはそれなりに上手くいっていた。月に複数の契約が取れて、プログラムに沿って立て続けにホス狂いを夜の街から「卒業」させていった。依頼人である家族や友人、恋人からは大抵大いに感謝されて、俺たちも人の役に立っている実感があった。
だが、そう上手くいかないのが世の中だ。俺たちはそれを嫌というほど思い知らされる。
確かに何人ものホス狂いを夜の街から卒業させることはできた。だが、時間の経過とともに彼女たちがまたホストクラブに通い始める例が散見されるようになった。構造は薬物やアルコールと同じ。一度溺れたものから完全に足を洗うのは難しい。
誰もが知っている現象とはいえ、こうなると悪循環だった。はじめに俺たちの活動を知った夜の街の人間が、一般人を装って会社の誹謗中傷をやり始めた。俺たちのやっている活動は極めて偽善的で、夜の街で散財した女性たちからさらなる金を吸い上げるハゲタカのようなビジネスだと言われた。
試しに「うるさい、お前がハゲのくせに」と公式アカウントで反論したら炎上した。図星だったようだ。だが、その程度の炎上などかわいいものだった。
日に日に俺たちを叩く声は大きくなり、ヤバい団体として扱う声が大きくなると、どうしても潜在的な顧客たちは足が遠のいていく。会社を検索すると、一緒に「詐欺」やら「騙し」、「ヤバい」に「カルト宗教」といわれのない単語がセットで出てくる。
主に既得権益を守りたい奴らの仕業だが、それを見抜けるほどの頭が良ければ彼女たちはそもそも沼にはまったりはしない。
みるみる問い合わせ電話の本数は減り、アポイントを取ってもネットの評判を見てキャンセルをする顧客が相次いだ。いくらか過去に担当した人たちが擁護してくれたが、大多数の罵詈雑言の前ではそれも掻き消される。
会社の運転資金も無料ではない。会社が存在すれば、それだけで家賃やら給料、光熱費にその他諸々の諸経費がかかる。夜の街に牙を剥いた俺たちは、思いもかけない反撃であっという間に弱っていった。
――このままじゃマズい。
それは俺も分かっていた。
取れない契約。面接をしても零れ落ちていく顧客たち。あちこちから来る請求書、督促状、そして誹謗中傷のビラ、嫌がらせ、ネットの書き込み。気が狂いそうになった。
この世界のどこかに神がいるというのなら教えて欲しい。
俺は自身の過去を悔いて、不本意な部分がありながらも他者のためを思って生きることにした。改心した俺が、このような仕打ちを受けなければいけなかった理由は何なのかと。
今日も電話が鳴る。顧客なのか、それとも嫌がらせなのか。うんざりとした心境で電話に手を伸ばした。
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