38 / 44
飲ませてどうにかする作戦2
しおりを挟む
「レイ君、ちょっと休んでいこうね」
わたしの方がオッサンみたいなセリフを言って、自宅マンションのエレベーターに乗り込む。レイ君はエネルギー切れなのか、ドラムソロが終わった後のYOSHIKIみたいになっていた。
酔わせて自宅へと担いでいく。酔わせてなんとかするなんて、発想は完全にオッサンな気がするけど、今のわたしにできることはこれぐらいしかない。自分の恋を成就させるために、これくらいの泥臭さはあってもいい。
レイ君が好き。どうしようもないくらい好き。
彼がどこかへ行ってしまうかと思うと、たまらない気持ちになる。
思えば、わたしの人生は何だって受け身だった。自分で何かをしようとはせず、与えられた環境の中で努力するだけだった。
それが悪いことではないんだけど、逆に言えば環境の言いなりというか、常に「いい風が来ないかな」っていう姿勢で、風が来なければ「運が悪かったね」で済ませることになる。そして、いい風もいい波もずっとずっと来なかった。
そうやって追い風やいい波を恋焦がれている内に、あっという間に年月が経っていった。今回だってそう。わたしが動かないと、きっと何も変わらない。
肩で支えるレイ君の重み。ただでさえわたしより体が大きいのに、力が抜けているんだから余計に重い。意識はあるけど「ううう」とか言ってるし、こんな状態でやる気になったところでできるものなんだろうか。
ひとまず細かいことを考えるのはやめた。
少し前まで圧倒的な歌唱力でわたしら女子たちを圧倒していたレイ君は、今や酒に溺れたロックスター……と言えば聞こえはいいけど、イケメンでもヘロヘロ過ぎてスター感が全く無い。
なんとか階段を上がりきり、玄関の扉を開けた。部屋に彼を入れると、「吐きそうになったらちゃんと言ってね」と釘を刺しておいた。家の中に臭い匂いが充満する事態になったら最悪だ。
ひとまず水を飲ませよう。なんでこんなにグロッキーなんだよ。いや、わたしらが飲ませたからか。ごめんね。
レイ君はベッドを囲った壁にもたれかかり、しんどそうな顔で水を飲んだ。うん、やり過ぎた感があるな、これは。
「コーヒーでも作るね」
夜中のコーヒーはあんまり睡眠に良くないんだけど、明日は休日なのでそんなに悪影響でもないだろう。
コーヒーを飲むレイ君の目に、少しずつ光が戻ってくる。
「飲み過ぎたな」
レイ君が誰にともなく呟く。
「ここは、七海さんの家、なのかな……?」
「そう。わたし、レイ君のおうちがどこか知らないし」
「そうか。それは悪いことをしたね。少し休んだら、早く帰らなきゃ」
レイ君が申し訳なさそうに立とうとする。
「いいのいいの! わたしが好きで連れて来たんだから、気にしないで」
「気にしないでって言ってもな……」
レイ君は女子の部屋へ入るのに慣れていないのか、それともこの後を想像して体が熱くなりはじめたのか、急にソワソワしはじめた。女性経験の無い彼でも、女の子の部屋へ入るのはそういう気持ちになってくるものらしい。
「悪いね、本当に」
「いいの。気にしないで」
「……」
「……」
会話が続かない。異性を知らない男女同士を一つの部屋に放り込むと、こういう現象がまま起こる。
「レイ君、本当に歌が上手だよね。わたし、感動しちゃった」
「そんなこと言ったら……七……海、さんだって……さすがぃ……」
酒が回っているのか、レイ君がものすごく眠そうに謙遜する。
レイ君の意識は八割ぐらいがダウンしているはず。ある意味、この状態でどんな言葉を浴びせたって憶えてはいないだろう。
――うん、チャンスは今しかないな。
それは唐突にやってきたけど、わたしは覚悟を決めた。
「レイ君、この前はわたしの過去を聞いてくれて、本当にありがとう。ずっと言いたくても誰にも言えないことが吐き出せて、本当に楽になった」
「……」
レイ君は地面を見たままうなだれている。意識があるかは定かではない。だけど、そんなことはどうでもいい。
「同時にね、レイ君の話も聴けて、あなたもわたしと似たような傷を抱えているのが分かって、嬉しかった。ああ、わたし達は似た者同士が惹かれ合っていたんだなって」
ふいに涙が出てきた。とっくに克服したはずの過去なのに、楽しい思い出も苦しかった思い出も、脳裏をよぎるたびに切ない気持ちが沸き上がってくる。
「わたしは、あなたのことが好きです。心から。これまでに会った誰よりも、ずっと、ずっと、あなたのことが大切です」
頬を伝う涙の粒が、フローリングに落ちて跳ねた。
「あなたがシラフの時に言えなくてごめんねだけど、それでもこれは本音です。……あなたと、一つになりたい。レイ君の体温を感じて、唇を感じて、頭がおかしくなるくらい溶け合って愛し合いたい。今までずっとこれが言いたかった。だけど、拒絶されたらきっと耐えられないって、自分にブレーキをかけていた」
涙がポタポタと落ちていく。レイ君は気絶しているのに一人で喋っていてバカみたいだけど、それでもわたしにとって、この告白を完了することには意味があった。
「レイ君、あなたが好きです。あなたと、したいです。……ダメかな?」
レイ君は下を向いたまま固まっていた。寝てしまったか。でも、この顔から火が出るような告白を聞かれなくて良かったかもしれない。
どうあれ、わたしは素直な気持ちを伝えることができた。きっと肝心のレイ君には何も届いていなくて、明日には二日酔いだろうけど、そんなことはどうでもいい。
ああ、言えたなあ。レイ君は寝ているけど。
怖くても自分の気持ちを最後まで言うことができた。次はアルコールの力を借りずに言いたい。言えるかな? いや、言えるでしょ、多分……。
表現をぼかして「あなたとエッチがしたいです」って伝えただけなのに、全身にどっと疲れが出た。どうして人は秘めた想いを伝えようとするとこんなに疲れるのだろう?
あーあ。言っちゃったな。レイ君は無意識の闇に沈んでいるけど。
これで上手いことレイ君の無意識下で、わたしの言葉がサブリミナルな暗示になって、いつかレイ君からベッドに誘ってくれないかな、なんて思う。
……まあ、やめよう。そういう希望的観測は。そういうことをやり続けて、わたしはこの年になっちゃったんだから。本当に神様は決断力のない人に対して容赦が無いよ。
と、その時――
「俺も、君が好きだ」
「……へ?」
気が付くと、精悍な顔を取り戻したレイ君がわあたしを見つめていた。
わたしの方がオッサンみたいなセリフを言って、自宅マンションのエレベーターに乗り込む。レイ君はエネルギー切れなのか、ドラムソロが終わった後のYOSHIKIみたいになっていた。
酔わせて自宅へと担いでいく。酔わせてなんとかするなんて、発想は完全にオッサンな気がするけど、今のわたしにできることはこれぐらいしかない。自分の恋を成就させるために、これくらいの泥臭さはあってもいい。
レイ君が好き。どうしようもないくらい好き。
彼がどこかへ行ってしまうかと思うと、たまらない気持ちになる。
思えば、わたしの人生は何だって受け身だった。自分で何かをしようとはせず、与えられた環境の中で努力するだけだった。
それが悪いことではないんだけど、逆に言えば環境の言いなりというか、常に「いい風が来ないかな」っていう姿勢で、風が来なければ「運が悪かったね」で済ませることになる。そして、いい風もいい波もずっとずっと来なかった。
そうやって追い風やいい波を恋焦がれている内に、あっという間に年月が経っていった。今回だってそう。わたしが動かないと、きっと何も変わらない。
肩で支えるレイ君の重み。ただでさえわたしより体が大きいのに、力が抜けているんだから余計に重い。意識はあるけど「ううう」とか言ってるし、こんな状態でやる気になったところでできるものなんだろうか。
ひとまず細かいことを考えるのはやめた。
少し前まで圧倒的な歌唱力でわたしら女子たちを圧倒していたレイ君は、今や酒に溺れたロックスター……と言えば聞こえはいいけど、イケメンでもヘロヘロ過ぎてスター感が全く無い。
なんとか階段を上がりきり、玄関の扉を開けた。部屋に彼を入れると、「吐きそうになったらちゃんと言ってね」と釘を刺しておいた。家の中に臭い匂いが充満する事態になったら最悪だ。
ひとまず水を飲ませよう。なんでこんなにグロッキーなんだよ。いや、わたしらが飲ませたからか。ごめんね。
レイ君はベッドを囲った壁にもたれかかり、しんどそうな顔で水を飲んだ。うん、やり過ぎた感があるな、これは。
「コーヒーでも作るね」
夜中のコーヒーはあんまり睡眠に良くないんだけど、明日は休日なのでそんなに悪影響でもないだろう。
コーヒーを飲むレイ君の目に、少しずつ光が戻ってくる。
「飲み過ぎたな」
レイ君が誰にともなく呟く。
「ここは、七海さんの家、なのかな……?」
「そう。わたし、レイ君のおうちがどこか知らないし」
「そうか。それは悪いことをしたね。少し休んだら、早く帰らなきゃ」
レイ君が申し訳なさそうに立とうとする。
「いいのいいの! わたしが好きで連れて来たんだから、気にしないで」
「気にしないでって言ってもな……」
レイ君は女子の部屋へ入るのに慣れていないのか、それともこの後を想像して体が熱くなりはじめたのか、急にソワソワしはじめた。女性経験の無い彼でも、女の子の部屋へ入るのはそういう気持ちになってくるものらしい。
「悪いね、本当に」
「いいの。気にしないで」
「……」
「……」
会話が続かない。異性を知らない男女同士を一つの部屋に放り込むと、こういう現象がまま起こる。
「レイ君、本当に歌が上手だよね。わたし、感動しちゃった」
「そんなこと言ったら……七……海、さんだって……さすがぃ……」
酒が回っているのか、レイ君がものすごく眠そうに謙遜する。
レイ君の意識は八割ぐらいがダウンしているはず。ある意味、この状態でどんな言葉を浴びせたって憶えてはいないだろう。
――うん、チャンスは今しかないな。
それは唐突にやってきたけど、わたしは覚悟を決めた。
「レイ君、この前はわたしの過去を聞いてくれて、本当にありがとう。ずっと言いたくても誰にも言えないことが吐き出せて、本当に楽になった」
「……」
レイ君は地面を見たままうなだれている。意識があるかは定かではない。だけど、そんなことはどうでもいい。
「同時にね、レイ君の話も聴けて、あなたもわたしと似たような傷を抱えているのが分かって、嬉しかった。ああ、わたし達は似た者同士が惹かれ合っていたんだなって」
ふいに涙が出てきた。とっくに克服したはずの過去なのに、楽しい思い出も苦しかった思い出も、脳裏をよぎるたびに切ない気持ちが沸き上がってくる。
「わたしは、あなたのことが好きです。心から。これまでに会った誰よりも、ずっと、ずっと、あなたのことが大切です」
頬を伝う涙の粒が、フローリングに落ちて跳ねた。
「あなたがシラフの時に言えなくてごめんねだけど、それでもこれは本音です。……あなたと、一つになりたい。レイ君の体温を感じて、唇を感じて、頭がおかしくなるくらい溶け合って愛し合いたい。今までずっとこれが言いたかった。だけど、拒絶されたらきっと耐えられないって、自分にブレーキをかけていた」
涙がポタポタと落ちていく。レイ君は気絶しているのに一人で喋っていてバカみたいだけど、それでもわたしにとって、この告白を完了することには意味があった。
「レイ君、あなたが好きです。あなたと、したいです。……ダメかな?」
レイ君は下を向いたまま固まっていた。寝てしまったか。でも、この顔から火が出るような告白を聞かれなくて良かったかもしれない。
どうあれ、わたしは素直な気持ちを伝えることができた。きっと肝心のレイ君には何も届いていなくて、明日には二日酔いだろうけど、そんなことはどうでもいい。
ああ、言えたなあ。レイ君は寝ているけど。
怖くても自分の気持ちを最後まで言うことができた。次はアルコールの力を借りずに言いたい。言えるかな? いや、言えるでしょ、多分……。
表現をぼかして「あなたとエッチがしたいです」って伝えただけなのに、全身にどっと疲れが出た。どうして人は秘めた想いを伝えようとするとこんなに疲れるのだろう?
あーあ。言っちゃったな。レイ君は無意識の闇に沈んでいるけど。
これで上手いことレイ君の無意識下で、わたしの言葉がサブリミナルな暗示になって、いつかレイ君からベッドに誘ってくれないかな、なんて思う。
……まあ、やめよう。そういう希望的観測は。そういうことをやり続けて、わたしはこの年になっちゃったんだから。本当に神様は決断力のない人に対して容赦が無いよ。
と、その時――
「俺も、君が好きだ」
「……へ?」
気が付くと、精悍な顔を取り戻したレイ君がわあたしを見つめていた。
0
お気に入りに追加
28
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる