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鋭い羅魅亜嬢

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 ――レイ君とキスをした翌日。

「ん」

 いつものように仕事をしていると、ふいに木下さんがわたしの顔を覗き込む。アーモンド形の大きな瞳に挟まれた眉間には、マンガみたいなシワが寄っている。

「なんかあった?」

 ツッコミ待ちの木下さんに訊く。

「ますます、女の顔になっている……」

 さすがというか何というか、彼女はわたしの変化を嗅ぎつけたみたい。

「うん。レイく……じゃなくて遠野さんと昨日映画に行った後、近くのお店で一緒に食事したの」

「なん、だと……」

 木下さんの目の色が変わる。彼女は呼吸を整えると、ゆっくりと口を開く。

「ということは、もう二人は一夜を伴に」

「ちょ……展開が早すぎでしょ」

「いやー早くもないでしょ。だって、一緒に映画を観て、一緒に食事したんでしょ? それならその時にお酒も飲んでいるよね? そうなったら『あん♡ 七海酔っちゃった~♡』とかなるのが普通でしょ。それから……」

「ストップ、羅魅亜ちゃん」

 わたしは思わず彼女を手で制する。わたしも妄想癖があるけど、彼女もなかなかすごい。もう彼女の中ではわたしとレイ君がセック……じゃなくて、最後まで行ったことになっている。

「もう、食事だけして帰っただけだよ」

「ああ、そうですか。どうせキスぐらいはしたんでしょ?」

 投げやりに言う木下さん。わたしは一瞬フリーズする。

「あ、したんだ」

「ぐび」

 間を置いたことが肯定となってしまった。まあ、わたしからキスしたんですけど。不意打ちでね。

「あー腹立つわ。あたしが密かに狙っていた遠野さんをたぶらかして、知らぬ間にレイ君なんて呼び出すもんだから訊いてみれば、あたしのあずかり知らないところであんなことやこんなことをしていたのか」

 ふてくされた風に木下さんが言う。彼女はわたしが「レイ君」と呼びかけた一瞬を見逃してはいなかった。わたし達が付き合っていることもすでに気が付いているのだろう。

「さすが木下さんだね。本当に鋭い」

「あんたねー」

 木下羅魅亜らみあ嬢が苦笑いする。

「多分よほどのバカでない限りは、七海ちゃんと遠野さんが付き合っていることぐらい察するよ」

「え? どういうこと?」

「え? どういうこと?」

 木下さんはわたしのモノマネをしてから「ってバカ!」と付け加える。

「そんなことを本気で言っているからすごいよね、まったく。二人が同じ空間にいるとさ、本当に幸せオーラがそこら中に溢れているの。見ているこっちが恥ずかしくなるぐらい大好きって感情が全身から滴っているの。分かるかな? ちょっと間を置くとチラチラチラチラ見合っていて、あ~わたしに対する当てつけか!」

 マジか。隠れて付き合うつもりだったのに。

 わたしが大根役者なのはさておいて、木下さんがわたし達の関係を知ったということは、知人やら得意先の人々を通じて色んな人に伝わっていくんだろうなと思う。

けど、まあいいか。付き合っているのは嘘じゃないし。悪いことをしているわけじゃないんだから、堂々としていればいい。

「でも、まーそうだよなー。こんなにかわいいコで性格が良かったら、あたしが男でも惚れているだろうしなー。あー面白くない」

 木下さんが自虐ネタに走る女芸人みたいになっている。この辺は元夜の蝶だから、そのあたりのキャラが出てきているのか。

「でも、まあ」

 ふてくされていた木下さんがちょっとだけ真面目な顔になる。

「いくら純愛って言ってもさあ、やっぱり結婚とか考えると体の相性とかもそれなりに大事だと思うんだよね」

「……うん」

 なんか、リアルだな。

「だからさ、この先に結婚とか考えているんだったら、早く試してみたら?」

「あの、試すっていうのは……」

「うるさい! 分かっているくせに。カマトトぶるなっ!」

 変な間が空いた直後に来客があった。木下さんが一オクターブ上がった声で応対する。ある意味助かった。

 木下さんの言っている「試す」というのは、一度ベッドを伴にしてみろという意味だろう。ウブなわたしでも、それぐらいは分かる。

 でも、どうやって「そんな展開」へと持っていけばいいんだろう。

 羅魅亜ちゃん、知らないでしょう?

 レイ君、童貞なんだよ……。そして、わたしも……。

 なんだか、急に自分たちがポンコツのカップルに思えてきた。

 レイ君と「そういうこと」をする映像を思い浮かべてみる。恥ずかしくて、途中で映像が止まる。

 ……わたしはこんなので大丈夫なのか。

 うまいこと、道を間違えた高校時代にタイムリープしないかな。
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