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遠野さんの独白3

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 このアテンド騒動は最悪のところに行き着きました。

 非常に残念な初体験未遂の後、メジャーデビュー発表予定のライブが近付いていました。

 結構色んなところから協賛やらスポンサーが付いていて、それだけ僕らの成功を願っている人がいるのだと知りました。同時に、ますます下手なことはできないと気を引き締めていました。

 メジャーデビューにあたり、それ用の新曲を書いていました。デビュー時に発表する予定のシングルです。

 タイトルは「Searching True Love」――日本語にすると、本当の愛を探しているというところでしょうか。

 この時は何て言うんでしょうね。ラブソングとかで歌われる愛が飽和状態になっている気がして、「愛しているって言っているからといって本当に愛しているのか」みたいな思いがあったんです。

 ある意味しょうがないんですけど、「愛してる」ってどこでもかしこでも言い過ぎているせいで、言葉そのものが薄っぺらくなってしまっている気がしたんです。

 僕はラブソングでも「愛している」という言葉は使わなかったんです。何て言うか、僕がその言葉を使っても嘘っぽいんですよね。だから言い換えと言うか、自分なりに重みというか体温のある言葉を選んできたんです。

 話は逸れましたけど、そういう意味合いもあって、エネルギッシュな曲になったと思います。

 ですが、ここで事件が起こります。

 ――それは、志賀さんの割り当てた女性の裏切りでした。

 まあ、本人がどう考えたのかは知りませんよ。ですが、僕がベッドを伴にしたけど本番に至らなかった女性が、その仔細をSNSにぶちまけたんです。

 今のSNSは閲覧数でお金が入るシステムになっているので、彼女からすれば少しばかりの「お小遣い」が欲しかったんだと思います。

 当初は反論しようと思いました。現に「そんなのは嘘だ!」と関係者もファンも言ってくれました。ですが、彼女は僕らの会話を録音していました。

 それすらもシラを切れば良かったのかもしれませんが、あいにく僕はとても不器用というか、人を嘘吐きにしてでも自身の保身ができるほど要領が良くなかったので……。

 あちこちから非難が殺到する中、どうしていいかも分からず、僕は噂を肯定しました。嘘を吐いたところでどうせバレるだろうと思ったからです。

 運悪くSNSで暴露された秘密は大炎上。人気V系バンドのヴォーカリストが童貞だというニュースは色々な意味で衝撃を与えました。嘘みたいな本当の話でしたからね。お陰で僕は想像以上に嘲笑の対象となり、あちこちから誹謗中傷が押し寄せました。

 彼女の話もだいぶ面白おかしく改変されていて、音声を出した後に僕が一方的に彼女へ手を出したストーリーが出来上がっていました。

 自分が童貞であることを繰り返し主張する音声は本物だと認めたので、そこに至るまでの過程が嘘だと主張したところで、ほとんどの人は信じてくれませんでした。「この期に及んで見苦しい」とか、「ファンに手を出す最低な奴だ」と言われました。

 どうにかしてもらおうとアテンダーの志賀さんに電話しましたが、「この電話番号は現在使われておりません」のメッセージが流れて、LINEも知らぬ間にアカウントごと消えていました。

 関係者に志賀さんの情報を訊いても「そんな人は知らない」という返事しかなく、さすがに鈍感な僕でも一杯食わされたのだと分かりました。遠回しに、ただ純粋なだけではこの世界で成功できないと言われた気分でした。

 今思えば、最初からこういうストーリーが用意されていたのかなとも思うのですが、それからアテンダーの志賀さんとは全く連絡が取れず、真相は闇の中です。

 真相はどうあれ、これで僕は終わりました。これまで積み上げてきたものが一瞬で崩れ去りました。

 騒動を受けて、晴れ舞台のライブは中止となり、バンドは無期限活動休止に追い込まれました。事実上の解散です。

 僕は仲間に詫びを入れた後、彼らのもとを去りました。もう二度と音楽をやることはないのだと思うと、何か悪い夢でも見ているのではないかと思いました。

 ですが、これは明らかに現実です。ずっと夢見た舞台も栄光も、たった一つのスキャンダルで全てが帳消しになりました。

 不幸中の幸いは、僕が抜けた後に新しいヴォーカルが入ったことでしょうか。ええ、バンド名も変えて無事にデビューしたと聞いています。バンドは予想通り成功を掴み、近々に武道館で公演をするという話を聞いています。

 僕はこんな形になりましたけど、彼らは栄光を掴んでくれると信じています。

 ああ、僕ですか?

 僕はしばらく廃人同然でした。実家に帰って、しばらくはニートのような生活を送っていました。家族も僕のスキャンダルは知っていたので、気を遣ってしばらくは放置されていました。

 このままどうしようもない人生が続いていくのかなとも思っていたのですが、ある日になって「このまま死んだらどうしようもない」と思い、気持ちを切り替えて普通の人として生きていくことにしました。

 幸い勉強自体はやっていましたから、自分で資格を取得したりして人生の再設計をし直しました。周囲の人々に比べたらだいぶ遅れは取りましたけど、今の会社に拾ってもらって頑張ろうとなりました。専務がバンドの関係者だったんでね。そういう意味では僕はラッキーだったんです。

 ああ、すいません。だいぶ話が逸れてしまいましたね。

 そういうわけで、かなりざっくりとした話にはなりましたけど、僕は今になっても童貞のままなんです。

 周囲にもそれはバレていましてね、「お前ならいくらでも抱ける女はいるだろう」なんて言われるんですけど、なんだかしっくりこなくてねえ。結局そのままなんです。本当は「多様性の人」なんじゃないかって言われたこともあるんですけど、そういうわけではないんですよね。

 僕はきっとただ頑固なだけなのだと思います。本当に納得して、本当に幸せになれると確信した相手としかそういうことはしない。

 まあ、世間的には面倒臭がられるかとは思いますけど、そもそも僕は厄ネタ扱いですからね。今さら気にしません。

 長くはなりましたけど、これが大体のお話です。
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