25 / 44
ドキドキからのイタリアン
しおりを挟む
映画が終わった。小一時間ほどで数年分老けた気がする。
固く握りしめた手はいつの間にか離れていたけど、わたしの手は汗でじっとりと湿っていた。うう、恥ずかしい。
まず手汗が多い女子って思われるのも嫌だし、ラブシーンで興奮していたと思われるのも嫌。じっとりと湿った手で握られて、遠野さんはどんな気分だったんだろう。
結構ヘコみながら上映室脇の廊下を歩いて行く。
「結構面白かったですね」
遠野さんが先に口を開く。
「あ、そうですか? ありがとうございます」
予想外の言葉に、なぜか関係者みたいな口ぶりでお礼を返した。
そうか。遠野さんにとってはあの映画は「当たり」だったのか。ラブシーン以降の流れが全く記憶に無いせいか、わたしはどんなリアクションをしていいのか分からない。
「特にあのシーンがすごかったですね。ほら、ヘリから落とされたロケットランチャーを高層ビルから飛び降りつつ空中でキャッチして、浮いたまま回転しながらロケット弾を発射して当てたところ。あそこなんかは思わず『すごい!』って興奮してしまいましたよ」
ちょっと待って。主人公はそんな人間をやめたような動きをしたの?
だけど、全く記憶にない。耳を澄ませると他の人が「さすがにアレは人間にはできねーだろ」ってあきれているのを聞いて、どうも本当らしいことを悟った。
なにそれ。人間じゃないじゃん。とはいえ、遠野さんはなぜか気に入ったみたい。
まあいいや。楽しんでくれたなら。後でもう一回見直したら酷評しそうだけど。
「まだ時間ありますか? 良ければご飯でも」
遠野さんから嬉しいお誘い。そんなの、行くに決まってるじゃん。
「はい。どこへでも」
ただ夕飯を食べに行くだけなのに、伴侶のように答えてしまった。遠野さんは気にせず「じゃあちょっと僕の知っているお店にでも行きましょう」と言って、わたしの手を引いていく。
なんだか、本当に恋人みたいだな。いちいちこんなことで感動するなんて中学生みたいだけど、思えばわたしはすぐに芸能界に行ってしまったから、そういうことですらまともに経験できていなかったんだよな。
妙な感慨を抱いていると、遠野さんがボソっと呟く。
「でも、断られなくて良かったです」
「どうしてですか?」
遠野さんはちょっと照れくさそうな顔になる。
「だって、前もって予約をしておいたんです。キャンセルになったらもったいないなって思ったので。もちろん僕の奢りですよ」
「う」
なんか変な声が出た。遠野さんはあらかじめ食事を用意してくれていた。まあ、下心はあるのかもしれないけど、わたしにとってはそんなことはどうでもいい。むしろわたしをデザートに(以下自重)
彼の優しさというか、まごころというか、名前の付けられない何かに感動したわたしは、軽く呼吸困難になった。
「あり……」
「蟻?」
「ありがとうございます。そんな風に気遣ってもらえて」
どういう言い回しが適切なのか分からず、出てきたのは堅苦しい言葉だった。
「お気になさらずに。森さんのためだったら喜んで払いますよ」
どうしよう。この人、本当に運命の人かもしれない。
中学生のまま恋愛の経験値が止まっているわたし。我ながらチョロいなと思いつつ、ドキドキが止まらない。いくつもの思考や感情を持つ多重人格の自分を、後ろから眺めているみたいだった。
「大好きです」
口のだけ動かして、近くのイタリアン・レストランへ行った。
固く握りしめた手はいつの間にか離れていたけど、わたしの手は汗でじっとりと湿っていた。うう、恥ずかしい。
まず手汗が多い女子って思われるのも嫌だし、ラブシーンで興奮していたと思われるのも嫌。じっとりと湿った手で握られて、遠野さんはどんな気分だったんだろう。
結構ヘコみながら上映室脇の廊下を歩いて行く。
「結構面白かったですね」
遠野さんが先に口を開く。
「あ、そうですか? ありがとうございます」
予想外の言葉に、なぜか関係者みたいな口ぶりでお礼を返した。
そうか。遠野さんにとってはあの映画は「当たり」だったのか。ラブシーン以降の流れが全く記憶に無いせいか、わたしはどんなリアクションをしていいのか分からない。
「特にあのシーンがすごかったですね。ほら、ヘリから落とされたロケットランチャーを高層ビルから飛び降りつつ空中でキャッチして、浮いたまま回転しながらロケット弾を発射して当てたところ。あそこなんかは思わず『すごい!』って興奮してしまいましたよ」
ちょっと待って。主人公はそんな人間をやめたような動きをしたの?
だけど、全く記憶にない。耳を澄ませると他の人が「さすがにアレは人間にはできねーだろ」ってあきれているのを聞いて、どうも本当らしいことを悟った。
なにそれ。人間じゃないじゃん。とはいえ、遠野さんはなぜか気に入ったみたい。
まあいいや。楽しんでくれたなら。後でもう一回見直したら酷評しそうだけど。
「まだ時間ありますか? 良ければご飯でも」
遠野さんから嬉しいお誘い。そんなの、行くに決まってるじゃん。
「はい。どこへでも」
ただ夕飯を食べに行くだけなのに、伴侶のように答えてしまった。遠野さんは気にせず「じゃあちょっと僕の知っているお店にでも行きましょう」と言って、わたしの手を引いていく。
なんだか、本当に恋人みたいだな。いちいちこんなことで感動するなんて中学生みたいだけど、思えばわたしはすぐに芸能界に行ってしまったから、そういうことですらまともに経験できていなかったんだよな。
妙な感慨を抱いていると、遠野さんがボソっと呟く。
「でも、断られなくて良かったです」
「どうしてですか?」
遠野さんはちょっと照れくさそうな顔になる。
「だって、前もって予約をしておいたんです。キャンセルになったらもったいないなって思ったので。もちろん僕の奢りですよ」
「う」
なんか変な声が出た。遠野さんはあらかじめ食事を用意してくれていた。まあ、下心はあるのかもしれないけど、わたしにとってはそんなことはどうでもいい。むしろわたしをデザートに(以下自重)
彼の優しさというか、まごころというか、名前の付けられない何かに感動したわたしは、軽く呼吸困難になった。
「あり……」
「蟻?」
「ありがとうございます。そんな風に気遣ってもらえて」
どういう言い回しが適切なのか分からず、出てきたのは堅苦しい言葉だった。
「お気になさらずに。森さんのためだったら喜んで払いますよ」
どうしよう。この人、本当に運命の人かもしれない。
中学生のまま恋愛の経験値が止まっているわたし。我ながらチョロいなと思いつつ、ドキドキが止まらない。いくつもの思考や感情を持つ多重人格の自分を、後ろから眺めているみたいだった。
「大好きです」
口のだけ動かして、近くのイタリアン・レストランへ行った。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
恋は秘密のその先に
葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長
仕方なく穴埋めを命じられ
副社長の秘書につくことになった
入社3年目の人事部のOL
やがて互いの秘密を知り
ますます相手と距離を置く
果たして秘密の真相は?
互いのピンチを救えるのか?
そして行き着く二人の関係は…?
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる