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ドキドキからのイタリアン

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 映画が終わった。小一時間ほどで数年分老けた気がする。

 固く握りしめた手はいつの間にか離れていたけど、わたしの手は汗でじっとりと湿っていた。うう、恥ずかしい。

 まず手汗が多い女子って思われるのも嫌だし、ラブシーンで興奮していたと思われるのも嫌。じっとりと湿った手で握られて、遠野さんはどんな気分だったんだろう。

 結構ヘコみながら上映室脇の廊下を歩いて行く。

「結構面白かったですね」

 遠野さんが先に口を開く。

「あ、そうですか? ありがとうございます」

 予想外の言葉に、なぜか関係者みたいな口ぶりでお礼を返した。

 そうか。遠野さんにとってはあの映画は「当たり」だったのか。ラブシーン以降の流れが全く記憶に無いせいか、わたしはどんなリアクションをしていいのか分からない。

「特にあのシーンがすごかったですね。ほら、ヘリから落とされたロケットランチャーを高層ビルから飛び降りつつ空中でキャッチして、浮いたまま回転しながらロケット弾を発射して当てたところ。あそこなんかは思わず『すごい!』って興奮してしまいましたよ」

 ちょっと待って。主人公はそんな人間をやめたような動きをしたの?

 だけど、全く記憶にない。耳を澄ませると他の人が「さすがにアレは人間にはできねーだろ」ってあきれているのを聞いて、どうも本当らしいことを悟った。

 なにそれ。人間じゃないじゃん。とはいえ、遠野さんはなぜか気に入ったみたい。

 まあいいや。楽しんでくれたなら。後でもう一回見直したら酷評しそうだけど。

「まだ時間ありますか? 良ければご飯でも」

 遠野さんから嬉しいお誘い。そんなの、行くに決まってるじゃん。

「はい。どこへでも」

 ただ夕飯を食べに行くだけなのに、伴侶のように答えてしまった。遠野さんは気にせず「じゃあちょっと僕の知っているお店にでも行きましょう」と言って、わたしの手を引いていく。

 なんだか、本当に恋人みたいだな。いちいちこんなことで感動するなんて中学生みたいだけど、思えばわたしはすぐに芸能界に行ってしまったから、そういうことですらまともに経験できていなかったんだよな。

 妙な感慨を抱いていると、遠野さんがボソっと呟く。

「でも、断られなくて良かったです」

「どうしてですか?」

 遠野さんはちょっと照れくさそうな顔になる。

「だって、前もって予約をしておいたんです。キャンセルになったらもったいないなって思ったので。もちろん僕の奢りですよ」

「う」

 なんか変な声が出た。遠野さんはあらかじめ食事を用意してくれていた。まあ、下心はあるのかもしれないけど、わたしにとってはそんなことはどうでもいい。むしろわたしをデザートに(以下自重)

 彼の優しさというか、まごころというか、名前の付けられない何かに感動したわたしは、軽く呼吸困難になった。

「あり……」

「蟻?」

「ありがとうございます。そんな風に気遣ってもらえて」

 どういう言い回しが適切なのか分からず、出てきたのは堅苦しい言葉だった。

「お気になさらずに。森さんのためだったら喜んで払いますよ」

 どうしよう。この人、本当に運命の人かもしれない。

 中学生のまま恋愛の経験値が止まっているわたし。我ながらチョロいなと思いつつ、ドキドキが止まらない。いくつもの思考や感情を持つ多重人格の自分を、後ろから眺めているみたいだった。

「大好きです」

 口のだけ動かして、近くのイタリアン・レストランへ行った。
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