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新堂対ロブレス3

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 両選手が前へと出る。

 先ほどとはいくらかロブレスの漂わせている雰囲気が違う。特に2ラウンド目は新堂の右リードが面白いように当たってイラついているようだったが、セコンドのアドバイスで冷静さでも取り戻したのか。

 新堂はその変化にすぐ気付いた。

『気を付けろ。さっきとは様子が違うぞ』

 もう一人の「セコンド」である伊吹が新堂の意識へと語りかけてくる。

「ああ。ところで物理的なものは見えないんじゃなかったのか?」

『勘だ。人は誰かの存在を目だけで感じ取るわけではない。面倒だから第六感と呼んでいるだけだ』

「さすがに幽霊の領域になった方は言うことが違いますねえ」

『無駄口を叩いている場合か。来るぞ』

 ロブレスはガードを高く上げたまま、膝を柔らかくリングの上で身体を揺らしている。キャンバスに踵も付けたベタ足だが、どこかいまにも飛びかかって来そうな、嫌なプレッシャーがあった。

 伊吹もガードを上げつつ、なるべく身体を斜めにして被弾する面積が少なくなるよう構えている。

 不規則に身体を揺らし合い、攻撃のタイミングをずらす二人。フェイントに引っかかれば、カウンターのカウンターが待っている。命懸けのババ抜きが始まった。

 しばらく見合って、先に出たのは新堂だった。アウトサイドから速い右ジャブを連打して右フックを引っかける。ロブレスは前の手の連打を見切っていたが、すかさず左ストレートを顔面に叩き込む――と見せかけて、実際には同じ軌道で左ボディーアッパーを突き刺した。

 あまりの速さに、そして立てた衝突音の大迫力に人々がどよめく。速すぎて第三者ですらパンチが見えなかった。

 だが、冷静になったロブレスはこれも見切っていた。

 左を放った後、バックステップで逃げようとした新堂を右フックで追いかける。右フックは新堂の鼻先数センチ前を通り抜けた。空気を切り裂く音が、見る者を戦慄させた。

 空振りしたものの、今度は新堂の顔色が曇る。間近であんなパンチを見せられたら無理もない。

 たった一発の空振りで、試合の流れが変わろうとしていた。前2ラウンドは完全に新堂ペースだったが、今度はロブレスがプレッシャーをかけ始めた。

 全盛期のマービン・ハグラーが見せたラスボス感。それに近い迫力を、今のロブレスはリング上で放っていた。

 新堂もこのままではいけないと悟り、自分からもプレッシャーをかけていく。ここで後手に回ればあっという間に飲まれる。

 強気にジャブを打つ。シャープに、そして強く連射する。だが、調子に乗りはじめたロブレスのガードはビクともしない。ガードの隙間から、ビッグパンチを叩き込むタイミングを探っている。

 このままでは埒が明かない。新堂はジャブを打ちながら、折を見て左ストレートも叩き込んだ。それはガードを割り、ロブレスの顔を少しだけ浮かせた。それでも所詮は焼石に水だ。銃で撃たれているのを無視して戦車が突っ込んでくるかのようだった。

 もう一発――これでも喰らえと左ストレートを伸ばした。刹那、新堂の視界が黒くなる。

 気付けば天井と自分の足が見えていた。倒された――そう気付くまでに、数秒の時間を要した。

 会場から驚きの声と悲鳴が上がる。誰もがその瞬間に何か起こったのか分からなかった。

 新堂が左ストレートを放ったその時、ロブレスは信じられないスピードで左クロスを放っていた。いつもはその野性を存分に活かして、フルスイングの拳を敵へと叩き込むロブレスだったが、この瞬間だけは居合の達人よろしくノーモーションのカウンターを叩き込んでいた。本能の選択――これも間違いなく一種の野性であった。

 レフリーがダウンを宣告する。派手に吹っ飛ばされてダウンをした新堂は、当初自分に何が起こったのか分かっていなかった。

 カウントが進むまで膝立ちで休み、6を数えたところでゆっくりと立ち上がる。大丈夫だ。膝は揺れていない。カウンターが直撃したとはいえ、派手に吹っ飛ばされた分ダメージは軽減したのかもしれない。

 レフリーは念のために新堂を少しだけ歩かせると、問題無しと見なして試合を再開した。会場からは歓声というよりも、試合が終わらなかった安堵の吐息の方がよく聞こえた。

 試合が再開され、ロブレスが追撃を加えようとしたところで第3ラウンド終了のゴングが鳴った。今度は新堂の方がゴングに救われる形になった。
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