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嫌な予感

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 新堂は隣を見るのが怖かった。

 伊吹が取った最後の選択。それの意味は新堂も理解することは出来た。足を使ってごまかせば絶対に捕まったはずで、かといってカウンター狙いだとあの段階ではもう通じなかった。ロブレスは同じ攻撃を何度も喰らってはくれない。

 それで最後の右を相打ちで打ったのだろう。

 だが、結果として立ち上がったのはロブレスだった。実質一階級上の体重でリングに上がり、攻撃力も耐久力も高いままで伊吹と闘った。同じ体重であればロブレスも立てなかったのではないか。

 心優しい日本人客に拍手を受けてはいるものの、美談にしていいものではない。あのクソ野郎の下らない開き直りで、伊吹の夢が奪われた。

 伊吹の無念さを思うと、はらわたが煮えくり返った。自分以上に想いを懸けていた彩音であれば、その怒りたるや想像すら出来ない。

 恐る恐る彩音を見る。彩音は独り静かに泣いていた。無理もない。恋人があんな倒され方をしたら、誰だってそんなリアクションになるに決まっている。

「伊吹は、よくやったよ」

 新堂のかけられる精一杯の言葉だった。その一言を皮切りに、彩音は嗚咽しはじめる。

「やべえ」と思った新堂は彩音を軽く抱きしめて、背中をポンポンと叩いた。

 だが、もっと心配なことがあった。

 伊吹は試合が終わった後も意識が戻らず、担架で運ばれていく。とても、嫌な予感がした。

 ダブル・ノックダウン直前に見せた伊吹の足どり。何か違和感があった。それが何かといわれると説明は出来ないが、明らかに看過してはならぬ兆候を見落としたような気がした。

「日崎、出よう……」

 新堂の頭からは、この先に控えるメイン戦のことはすっかり抜け落ちていた。

 ――伊吹が、危ない。

 決して口には出せない。だが、これが尋常でない事態であるということだけははっきりとしていた。
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