8 / 13
第7話「幸せに溺れる」
しおりを挟むグルナ様が最近、色んなことを教えてくれる。
例えば仕事のこと。グルナ様は、なんと騎士様だった。
義父母(仮)曰くとても強いらしくて、今まで何度も大きな戦績を上げていて、魔族領でとても恐れられているらしい。そのせいで縁談もままらなくて私を買う羽目になったのだ。
「すごい強いんだけど恐いんだよ」
「すごい強いのにモテないのよ」
「うるせぇ!」
こんな息子でごめんねと、いつものように私の頭を撫でくりまわしながら言う義父母(仮)に、グルナ様がツッコミを入れる。
「嫁ちゃんがラシーちゃんで良かったね」
「嫁ちゃんがラシーちゃんで良かったわ」
グルナ様が私を名前で呼ぶようになって、義父母(仮)たちもズルいよズルいわと文句を垂れて、息子に対抗するようにラシーちゃんと愛称で呼ぶようになった。
禁止していた食事の同席も半ば強制的に解禁され、毎度の如くグルナ様に連れられて家族(仮)揃って食事を摂る。
その様子を、屋敷中の使用人さんたちに微笑ましく見守られるのだ。
────幸せに、呑み込まれそうだった。
溺れ死んでしまいそうだ。
毎日が楽しくて、嬉しくて。満たされると同時に空っぽになっていく、そんな矛盾に苦しみながら日々を過ごしていた。
「ラシーヌ」
私を呼ぶ声に瞼を上げると、グルナ様がいた。
眉間にシワが寄っている。
「大丈夫か。粥、食べられるか?」
良い匂いがする。美味しそうな匂い。
小さく頷くと上半身を抱き起こされて、湯気が立っている匙が口元に来る。
匂いに誘われてかぷりと噛み付く。冷ましてくれたのか、程よい熱さでするりと食べることができた。美味しい。
「倒れたのは覚えてるか」
もぐもぐと咀嚼する私にグルナ様が問う。
正直に言って全く覚えてない。私は首を振った。
「部屋から食堂まで来る途中で、廊下でぶっ倒れたんだよ」
そっか。私、倒れちゃったんだ。
他人事のように考えてしまう。
「ラシーヌ」
呼ばれたので見上げると、グルナ様が珍しく困った顔をしていた。
「どうしたんだよ、お前」
言われている意味が分からなくて、首を傾げる。
「声、出ないのか」
そこまで言われて、ようやく自分が一言も発していないことに気が付く。
失礼に当たると、慌てて声を出そうとした。
ポタリ。
ポタリ、ポタリ。
────え?
視界に映った、赤い染み。
その色は鮮やかさが少し欠けていて、グルナ様の目には到底及ばない。
ああ、汚いな。そう思って、これ以上染みが広がらないように、滴り落ちてくるその場所を、口を両手で押さえた。
「ラシーヌ!」
焦りの混じったグルナ様の声。
「口の中を切ったのか!?」
両手を剥がされて、徐々に血で満ちる口の中を覗き込まれる。
収まりきらなかった分が流れ出て首を伝い、服を少しずつ赤く染め上げていく。
コポリと喉から出る感覚がして、これは喉奥から吐き出されているのだと気が付いた。
「医者だ! あの女医者を呼べ!」
グルナ様の大声が、遠くなっていく。
しっかり抱き締めてくれているのに、行かないでと言いたくなる。
────私をひとりにしないで。
幸せにどっぷり浸かって慣れきってしまったこの身体では、ひとりで生きていくことはできない。死んでいくしかない。
どうせなら、ひとりになる前に死んでしまいたいものだ。
そう、叶うのならば。
────グルナ様の手で。グルナ様の腕の中で。
みっともなく命乞いをした、かつての自分を嘲笑う。
────グルナ様に、殺されたい。
自分で自分を貶しながら、そんな願いを胸に、私は意識を失った。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる