The Doomsday

Sagami

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何故私は、こうしている

その自問に意味はない。土煙の中、私を目掛けて飛来する石の礫。によって硬質化された礫は直撃すれば簡単にこの体など吹き飛ぶだろう。濁った空気を礫の衝撃が撹拌し、土煙はその濃さを増してゆく。

「僕が誰かわかってて、こうやって対峙してるのでしょうか」

土煙の奥でラグルドが笑っているのが分かる。元より動いていない心臓の代わりに、左腕が脈動する。まるでそこに心臓があるかのような熱い血の滾りを感じる。

「興味ない」

礫を左腕で弾き飛ばす。口元に自然と笑みが浮かぶ。造ることが目的でその後を考えられていないモノ、それが私。他のことは所詮、後付けでしかない。

(そんな私が、興奮している)

他の誰でもなく、私自身が信じられない。

「そのわりには、愉しそうに見えますが」

ラグルドの声にもまた喜びが浮かんでいるように感じるのは錯覚だろうか。

「そっちもずいぶん楽しそうに見えるけど?」

礫を転がりながら避け、瓦礫を掴む。残りのメスの本数は少なく使えるものは全て使い、そして、これを必ず殺さなければならない。まるで左腕に命じられるように思考が単純化されてゆく。左腕で投げつけた瓦礫は、ラグルドに躱されまるで砲弾があたったかのように壁に大きな穴を穿つ。

「僕はこれでも、長年享楽主義者をやってるので。面白そうなモノを見るとどうしてもね」

口元に手を当て、堪らないといった様子を隠そうともしない。

「私はラグルドさんと何度かお会いしてますけど、そう言う人には見えませんでしたけどね」

背後から聞こえる鈴のような声、少女がゆっくりと私とラグルドの間に立つ。今日会ったばかりの少女、私よりはラグルドの方がまだ親しいはず。一歩、少女から距離を取る。

「そういう動きをされると少しだけ心外ですね。これでも折り合いをつけて、貴女のお手伝いに来たのですよ」

可愛らしい少女は少し困ったような笑みを浮かべ、ゆっくりと短刀を抜いた。その柄には、この場に不似合いな女神の姿が刻まれていた。



(さて、どうしたものか)

彼は僅かに感嘆を覚えつつ、目の前の少女らを見ていた。

「貴方は遊びが過ぎるのよ」
「お前は遊びが過ぎる」

顔も思い出せない同類達の言葉が頭によぎる。まさか、こんなに早く気づかれるとは思っていなかった。ほんの少しラグルドの知人達に混じって生活するつもりが、いきなりバレた上にこうして戦う羽目になっている。彼はラグルドの顔に笑みを貼り付けたまま、どうしたものかと思案する。

「正直なところ戦う理由はないのですが」

思わず口に出した独り言に、ネイラが怪訝な表情を浮かべ、名無しが視線を険しくする。

「僕がラグルドでないと感じる人が、こう短時間で何人もいるようなら、その理由を探さなければなりませんね」

彼の足元を中心に、紫色の紋様が浮かび上がリ徐々にその紋様は周囲へと広がってゆく。

「一体何を」

「僕は今のところ、目立つつもりはないわけで。これはやりすぎない保険ですよ」

紋様は壁に、天井にと広がってゆく。彼はゆっくりと言葉を示すべく魔力を放つ。火水土風、どれにも属さない単純な力の奔流。それはまるで、雷のようにさえ見える。一筋の光は地下道を覆う石壁に光がぶつかり、霧散する。

「どんな魔法か知りませんが、そういう手品は分かる人に見せなければ意味はありませんよ」

少女が短刀を手に斬りかかってくる。容赦のない斬撃、それは確実に急所を狙ってくる。少女の斬撃に重なるように、名無しの投擲が飛来する。

「同意」

名無しの声、こちらもまた迷いがない。時間が経つにつれ、投擲の威力が増しているように思う。目の前に咄嗟に張った風の壁が投擲の衝撃で大きく弛み、はじけ飛ぶ。傍目で分かるほど、名無しの左腕は肥大化している。

「まったく、何をにしたんだか」

幾つかの候補が浮かぶ、フルネストが手に入れれる材料としては御使い、獣人あたりがな材料だろうか。まったく、のつなぎ合わせにも程がある。

「あまり1人に気を取られていると、足元を掬われますよ」

急所を狙った素直な斬撃。何のフェイントもないただの斬撃が迫ってくる。その細腕で魔法で作った壁を貫けると思っているのだろうか。足元に少し力を込める、足を伝わった魔力が地下水路の石づくりの床を変質させ、無数の石の槍が少女を貫こうとその切っ先を尖らす。

「こういう時、この容姿で良かったと思います」

どこか遠くから聞こえる少女の声と焼けるような痛み。少女の握った短刀が腹部を深々と貫いている。正確に内臓を狙った一撃、躊躇いも躊躇もありはしない。少女の服が千切れ、ヒラヒラとちぎれた布が地に落ちてゆく様子が見える。血のシミ1つついていない布に石の槍。

「まったく、可愛らしい顔をして」

忌々しさより、感嘆が勝る。魔法とはいえ、所詮はにすぎない。魔法によって生じた物理現象を力任せに物理的に防がれればどうしようもない。自身の傷口に指を突っ込み、魔力を流し込む。焼けるような痛みが正しく焼ける痛みに変わる。出血が止まり、かわりに肉の焼ける嫌な匂いがする。

「ふぅ、慣れているはずとはいえ。痛いものは痛いか」

幸い即死には遠いが、身体能力の低下は激しい。久々の痛みに頭がくらくらする。

「貴男の負けね」

研究室の扉が開きよく知った顔が姿を現す。忌々しくも懐かしい顔。

「どうやらそのようで」

大きくため息を付き、足元を一度強く踏む。石が水のように溶け体が沈んでゆく。メスが何本か飛んでくるが石の盾がそれを防ぐ。

「マーシャ神官長」

地下の闇に沈みながら、頭上で少女がそう呼ぶ声が聞こえた。



洞窟の中、一匹の狼を抱えて痩せた男が座っている。その傍らには大剣を担いだ大男が立っている。
泥にまみれた痩せ狼の毛を撫で、男は寂しげな笑みを浮かべている。

「ダグ様、その方は」

辺りを見回しながら小太りの中年の男が洞窟へと入ってくる。

「友人の妹だよ」

撫でる手を止め男を見返す。

「神殿騎士団は明日か、明後日にはここに来るとの事です」

中年の言葉に大男が頷く。中年の顔には悲壮感が浮かんでいる。

「ありがとう、早く帰ったほうが良い。あの街では、我々のせいで獣人への風当たりが強くなっているのだろう」

申し訳なさそうに言うダグに、中年の男は勢い良く首を横に振る。

「全ては同族全ての為です」

大男がゆっくりと頷くのを、ダグは無表情で眺めている。

「申し訳ないが、1つ頼まれては貰えないだろうか」

「なんなりと」

喜色満面に中年の男が答える。

「この子を、巻き込まれないように匿ってくれないか」

中年の男は、2つ返事でその依頼を受けた。

痩せた狼は1度その瞳を薄っすらと開けるが、体を震わせただけで目覚めることはなかった。
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