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Sparks
6:偽伝5
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ラーサムにレティウス、ララにレルの4人の前に、1人の少年が立っている。
「で、セイルズさん。何故、我々にその話を持ってきた?」
ラーサムはどこか呆れの混じった声で、セイルズに返す。
「貴方は貴種だ。純然たる神の御使いたる貴方なら、共に御使いの導く国である皇国と公国、2国の争いが無駄であることをご存知のはずだ」
故あって隠していると暗に告げた先の言葉の影響か、熱意の熱さは感じるも小声で問う。
「それで」
ラーサムは無表情のまま、次の言葉を促す。
「貴種であるあなたの言葉なら、公国も鉾を納めるに違いない」
横ではレティウスが小さくため息を付き、ララとレルがよくわからないといった顔をしている。
「それで」
「戦争を止めるのにお力を貸していただきたい」
セイルズがテーブルに頭をつけるかのほど、頭を下げる。沈黙の時間が流れる。
「興味はない、帰れ」
ラーサムの言葉は端的だった。
「ネヒア卿」
敬虔な信徒であるセイルズはまるで信じられないようなものを見るような目で、ラーサムを見る。神の御使いである12家門、そして、その中でもより強く、より御使いそのものに近い貴種は誰よりも正しいはずだ。その思いが言葉の意味を理解することを拒絶する。
その様子をラーサムは興味なさそうに、レティウスが憐れなものを見るような目で見ている。
「貴方は貴種なのですよね」
セイルズの絞り出すような声にラーサムがため息をつく。
「百歩譲って、それが正しいとしても、戦争を止めるなんてつもりも力もないぞ」
トントントンと指先でテーブルを叩く
「しかし、貴方は貴種だ」
「お前さんの思う正しさに興味はないし、そもそも単に貴種でいいなら、この国にもあと2人ほどいるはずだが」
テーブルを叩く手が止まる。事実、皇女エルムと神官長のエミリアは貴種であり、貴種であるということが戦争を止めるために動く理由になるなら、まずはそちらに訴えるべきだと暗に告げる。
「皇女や神官長に合うツテがないから、町中で見かけたのを探すっていうのもわからなくはないが、少々短絡的と言わざるを得ないな」
「しかし」
なおも食い下がろうとするセイルズにため息で答え、ラーサムはレティウスに扉を指す。
「さて、申し訳ないが、主の意向ゆえ」
セイルズを文字通り摘み上げ、娼館の外へと投げ捨てる。その様子をラーサムが嫌そうな表情で見ている。
「どうかしたのか」
「主とか柄じゃないから、そういう呼び方辞めてくれないか」
「それこそ、貴種以前に、ネヒア家当主が配下の貴族に何をいってる」
ラーサム・エル・ネヒア、貴種にて、同時に公国の最高権力者たる12家門の当主の1でもあった。
皇都にてタツマは司書と2人、大図書館の中を歩いている。地上部だけでも3階、所狭しと並ぶ本棚。タツマの瞳はまるで子供のように輝いている。
「これは凄い」
思わず呟く。元の世界で電子化された文書の量に比べれば遥かに少ない総量ではあるのだろうが、見渡す限りの本の量はタツマにしても圧巻だった。素直な呟きに案内の司書が静かに笑みを浮かべる。
「この図書館は建国神話の時代より前から存在していると言われています」
職場を褒められたためか、同じ本の虫を見つけたためか、司書は饒舌に語る。アルフィール皇国がアルナスト公国から独立するより前、更にはアルナスト公国が建国されるより前。即ち一千年前にはこの大図書館の雛形が既にあったという。
図書館は幾つかのエリアに別れ、本の記された年代や分類によって整理されている。正面の受付を中心にして、まるで樹の幹とそこから伸びる枝葉のように部屋が配置されている。受付の後ろには1枚の大きな絵画、新緑の樹が描かれている。
「知恵の樹」
タツマが絵を見上げて呟く。司書の足が止まる。
「絵の名前をご存知で?」
タツマは曖昧に笑みで返す。
「有名な絵ですからね。大図書館の記録によると初代館長の時代に描かれ寄贈されたという話です」
誇らしげな司書の顔に、タツマは名前を知った理由を抱え申し訳なく思う。
「こちらの大図書館は入館が制限されていると聞きましたが」
少し無理があるとは思いながらも話題を変える。
「はい、心苦しいところではありますが、貴重な本が多いのでどうしても。館長もしくは皇帝による許可、或いは、高位神官や皇族の方2名以上の推薦がなければ入館はお断りしております」
聞く話によると、司書になるには試験の他、皇帝と館長両方の推薦が必要というから厳しい限りだ。
「たとえ何があってもこの図書館の本を後世に残す必要があるのです」
司書の言葉と熱意に押され、思わずタツマも頷いてしまう。
「あ……語りすぎてしまいましたね。それでは使い方ですが、入館時と退館時に受付で声をかけていただけたらと思います。写本は許可されていますが、持ち出しは厳禁ですのでお気をつけて」
少し顔を赤らめて司書が仕組みの説明をする。
「写本は許可されているのですか?」
「はい、先の話と多少矛盾する話ですが、貴重な本の散逸を防ぐための制約はあるのですが、あくまで知を広げるのが本来の目的ですので」
必要なら写本用の羊皮紙とペンも貸しますよと、受付の片隅に置かれた羊皮紙の束に視線を向ける。
「なるほど、気になる本があればお借りするかもしれません」
司書は回答に満足したのか頷き、受付の中の定位置へと移動する。
「それでは良き本との巡り合いがありますように」
初代館長から続くお決まりの文句。タツマはそれを聞き静かに首肯し、正面の生命の樹の絵画を見上げる。絵画の片隅には、元の世界の文字で生命の樹と記されていた。
小さな屋敷の中庭で1人の老女が椅子に座り日向ぼっこをしている。時折鳥の声が聞こえ、遠くからは子どもたちの遊ぶ声も聞こえる。
「ご無沙汰しております」
その横で恭しく頭を下げる貴人、見た目からすると老女にとっての息子ほど歳頃に当たるだろうか。
「おや、お久しぶりだね。直接会うのは息子の件以来かい?」
老女は薄っすらと閉じた目を開き、男を見る。互いに歳をとったと思う、前回会ってから20年程だろうか。近頃は頭に靄がかかったようで、時の流れもよくわからない。
「はい」
「あの時は息子が迷惑をかけたね」
椅子から立ち上がろうとするも、どうも体がうまく動かない。ああ、わたしの体はもうそれぐらいも出来ないかと力なく口元に笑みを浮かべる。
「此処に居るってことは、帝国はもういいのかい?」
目の前の男は、本来ここに居るべき人間ではない。20年前はまだ体が動いたから、わたしが男の元を訪れたはずだ。
「道標は残しました、息子も娘も妻も居ます」
男は遙か西の空を見て淡々と答える。老女もつられるように西の空を見る。遙か西の空の下で息子は死に、2人の孫は今も西にいてそれぞれの戦いを行っている。
「わたしは最後まで見届けることは出来ないだろうけど、貴方はどうだい?」
建国神話から既に千年弱、次の千年期まではあと僅か、その瞬間にはわたしは生きてない。そう老女は確信している。
「私も貴女の後をじきに追うこととなるでしょう」
男の声に悲壮感はない。男もわたしと同じ12家門当主の1人、当主の間で伝え聞いた己の家門の末路を正しく認識し殉ずるつもりなのだろう。
「まだ若いというのに、世知辛いね」
老女のつぶやきに男は首を横に振る。
「人の寿命としては十分でしょう、それに我々が殺す人の数を考えれば贅沢は言えません」
自らを人と呼ぶ男の言葉に、老女は笑みで答える。
「わたし達12家門の者にそれを名乗る資格はないよ、わたしらは只の化け物、そして、裏切り者さ」
老女の言葉に、応える声はない。日はいつしか落ち、子供たちの声は聞こえなくなっている。老女はぼやけた思考のまま、最後の役目の時まで今暫くのまどろみ中におちていった。
「で、セイルズさん。何故、我々にその話を持ってきた?」
ラーサムはどこか呆れの混じった声で、セイルズに返す。
「貴方は貴種だ。純然たる神の御使いたる貴方なら、共に御使いの導く国である皇国と公国、2国の争いが無駄であることをご存知のはずだ」
故あって隠していると暗に告げた先の言葉の影響か、熱意の熱さは感じるも小声で問う。
「それで」
ラーサムは無表情のまま、次の言葉を促す。
「貴種であるあなたの言葉なら、公国も鉾を納めるに違いない」
横ではレティウスが小さくため息を付き、ララとレルがよくわからないといった顔をしている。
「それで」
「戦争を止めるのにお力を貸していただきたい」
セイルズがテーブルに頭をつけるかのほど、頭を下げる。沈黙の時間が流れる。
「興味はない、帰れ」
ラーサムの言葉は端的だった。
「ネヒア卿」
敬虔な信徒であるセイルズはまるで信じられないようなものを見るような目で、ラーサムを見る。神の御使いである12家門、そして、その中でもより強く、より御使いそのものに近い貴種は誰よりも正しいはずだ。その思いが言葉の意味を理解することを拒絶する。
その様子をラーサムは興味なさそうに、レティウスが憐れなものを見るような目で見ている。
「貴方は貴種なのですよね」
セイルズの絞り出すような声にラーサムがため息をつく。
「百歩譲って、それが正しいとしても、戦争を止めるなんてつもりも力もないぞ」
トントントンと指先でテーブルを叩く
「しかし、貴方は貴種だ」
「お前さんの思う正しさに興味はないし、そもそも単に貴種でいいなら、この国にもあと2人ほどいるはずだが」
テーブルを叩く手が止まる。事実、皇女エルムと神官長のエミリアは貴種であり、貴種であるということが戦争を止めるために動く理由になるなら、まずはそちらに訴えるべきだと暗に告げる。
「皇女や神官長に合うツテがないから、町中で見かけたのを探すっていうのもわからなくはないが、少々短絡的と言わざるを得ないな」
「しかし」
なおも食い下がろうとするセイルズにため息で答え、ラーサムはレティウスに扉を指す。
「さて、申し訳ないが、主の意向ゆえ」
セイルズを文字通り摘み上げ、娼館の外へと投げ捨てる。その様子をラーサムが嫌そうな表情で見ている。
「どうかしたのか」
「主とか柄じゃないから、そういう呼び方辞めてくれないか」
「それこそ、貴種以前に、ネヒア家当主が配下の貴族に何をいってる」
ラーサム・エル・ネヒア、貴種にて、同時に公国の最高権力者たる12家門の当主の1でもあった。
皇都にてタツマは司書と2人、大図書館の中を歩いている。地上部だけでも3階、所狭しと並ぶ本棚。タツマの瞳はまるで子供のように輝いている。
「これは凄い」
思わず呟く。元の世界で電子化された文書の量に比べれば遥かに少ない総量ではあるのだろうが、見渡す限りの本の量はタツマにしても圧巻だった。素直な呟きに案内の司書が静かに笑みを浮かべる。
「この図書館は建国神話の時代より前から存在していると言われています」
職場を褒められたためか、同じ本の虫を見つけたためか、司書は饒舌に語る。アルフィール皇国がアルナスト公国から独立するより前、更にはアルナスト公国が建国されるより前。即ち一千年前にはこの大図書館の雛形が既にあったという。
図書館は幾つかのエリアに別れ、本の記された年代や分類によって整理されている。正面の受付を中心にして、まるで樹の幹とそこから伸びる枝葉のように部屋が配置されている。受付の後ろには1枚の大きな絵画、新緑の樹が描かれている。
「知恵の樹」
タツマが絵を見上げて呟く。司書の足が止まる。
「絵の名前をご存知で?」
タツマは曖昧に笑みで返す。
「有名な絵ですからね。大図書館の記録によると初代館長の時代に描かれ寄贈されたという話です」
誇らしげな司書の顔に、タツマは名前を知った理由を抱え申し訳なく思う。
「こちらの大図書館は入館が制限されていると聞きましたが」
少し無理があるとは思いながらも話題を変える。
「はい、心苦しいところではありますが、貴重な本が多いのでどうしても。館長もしくは皇帝による許可、或いは、高位神官や皇族の方2名以上の推薦がなければ入館はお断りしております」
聞く話によると、司書になるには試験の他、皇帝と館長両方の推薦が必要というから厳しい限りだ。
「たとえ何があってもこの図書館の本を後世に残す必要があるのです」
司書の言葉と熱意に押され、思わずタツマも頷いてしまう。
「あ……語りすぎてしまいましたね。それでは使い方ですが、入館時と退館時に受付で声をかけていただけたらと思います。写本は許可されていますが、持ち出しは厳禁ですのでお気をつけて」
少し顔を赤らめて司書が仕組みの説明をする。
「写本は許可されているのですか?」
「はい、先の話と多少矛盾する話ですが、貴重な本の散逸を防ぐための制約はあるのですが、あくまで知を広げるのが本来の目的ですので」
必要なら写本用の羊皮紙とペンも貸しますよと、受付の片隅に置かれた羊皮紙の束に視線を向ける。
「なるほど、気になる本があればお借りするかもしれません」
司書は回答に満足したのか頷き、受付の中の定位置へと移動する。
「それでは良き本との巡り合いがありますように」
初代館長から続くお決まりの文句。タツマはそれを聞き静かに首肯し、正面の生命の樹の絵画を見上げる。絵画の片隅には、元の世界の文字で生命の樹と記されていた。
小さな屋敷の中庭で1人の老女が椅子に座り日向ぼっこをしている。時折鳥の声が聞こえ、遠くからは子どもたちの遊ぶ声も聞こえる。
「ご無沙汰しております」
その横で恭しく頭を下げる貴人、見た目からすると老女にとっての息子ほど歳頃に当たるだろうか。
「おや、お久しぶりだね。直接会うのは息子の件以来かい?」
老女は薄っすらと閉じた目を開き、男を見る。互いに歳をとったと思う、前回会ってから20年程だろうか。近頃は頭に靄がかかったようで、時の流れもよくわからない。
「はい」
「あの時は息子が迷惑をかけたね」
椅子から立ち上がろうとするも、どうも体がうまく動かない。ああ、わたしの体はもうそれぐらいも出来ないかと力なく口元に笑みを浮かべる。
「此処に居るってことは、帝国はもういいのかい?」
目の前の男は、本来ここに居るべき人間ではない。20年前はまだ体が動いたから、わたしが男の元を訪れたはずだ。
「道標は残しました、息子も娘も妻も居ます」
男は遙か西の空を見て淡々と答える。老女もつられるように西の空を見る。遙か西の空の下で息子は死に、2人の孫は今も西にいてそれぞれの戦いを行っている。
「わたしは最後まで見届けることは出来ないだろうけど、貴方はどうだい?」
建国神話から既に千年弱、次の千年期まではあと僅か、その瞬間にはわたしは生きてない。そう老女は確信している。
「私も貴女の後をじきに追うこととなるでしょう」
男の声に悲壮感はない。男もわたしと同じ12家門当主の1人、当主の間で伝え聞いた己の家門の末路を正しく認識し殉ずるつもりなのだろう。
「まだ若いというのに、世知辛いね」
老女のつぶやきに男は首を横に振る。
「人の寿命としては十分でしょう、それに我々が殺す人の数を考えれば贅沢は言えません」
自らを人と呼ぶ男の言葉に、老女は笑みで答える。
「わたし達12家門の者にそれを名乗る資格はないよ、わたしらは只の化け物、そして、裏切り者さ」
老女の言葉に、応える声はない。日はいつしか落ち、子供たちの声は聞こえなくなっている。老女はぼやけた思考のまま、最後の役目の時まで今暫くのまどろみ中におちていった。
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