The Doomsday

Sagami

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Ox Head

4:幕間 過ぎ去りし日の記憶 隻腕の英雄

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厳かな空気、列を成す巡礼者たち。聖遺物の前で、1人ずつ洗礼を受けている。
簡単な祝詞と共に、聖水を飲み干す人々。俺はただのその中の1人だった。
16の時、俺は洗礼を受けた。どうやら俺は神とやらに選ばれたらしい。大して信心の無かった俺だが、魔法の才能は人並み以上にあったようだ。
「あなたに良い師を紹介しますよ」
柔和な神官の笑み、共に神殿都市を訪れた両親は手放しで喜んでいる。
俺はどこか人事のようにその様子を眺めていた。
俺の次に洗礼を受けたのは、みすぼらしい少女だった。痛んだ髪、ぼろぼろの服、やせこけた頬に目の下には隈が出来ている。
少女が勢いよく聖水を飲む。
神官達が僅かにざわめく。どうやら、神官達の予想に反しこの少女も神に選ばれたようだ。俺の中で少しだけ神の評価が上がる。
視線に気づいたのか、不器用な笑みを少女が向けてくる。
「少なくとも、見た目で選ぶような神様じゃないってことか」
その呟きは神殿の中に解けていった。



あの日から、3年たった。俺は武装神官として仕えるべく神殿を再び訪れていた。
この三年間、嘗て神官長を勤めたという師は俺に戦場での魔法の使い方を叩き込み、神・・・いや主への信仰を日々語っていた。
「師よ、あなたは神を信じているのですね」
熱く語る師に、俺は呆れ気味に言った。
「無論だ、弟子よ。お前は信じてはいないだろうが、主は実在する」
あの目は本気だ、俺としては争いや飢えて死ぬ人がいるこの世界、神なんてものがいるとは信じられない。だが・・・。
「あなたは信じるに値する、故にあなたの信じるものを信じようと努力はします」
「そうか、いつかお前も本当に主を信じる日が来るだろう」
確信を持って言う師の言葉。
未だ俺は、心のそこから主を信じることは出来ていない。汚れひとつ無い白い神官服に袖を通し、神官長の部屋の扉を叩く。
「入れ」
「失礼します」
白い神官服を着た人々が神官長の前に並んでいる。年に一度、建国祭のこの日、新たに神官となる人が神殿に集まる。
俺が最後の1人だったのだろう、神官長がそれぞれに名を名乗るように促す。
「ルーザスと言います。本日より神殿に仕えさせて頂きます」
簡潔に宣言する。主への忠誠を長々と謳う者。神官長への尊敬を語る者。口下手で名前しか言わない者。様々な人がいる。主はどういう基準で我々を選んでいるのだろう。
「マーシャと言います。主によって私は人間の尊厳を思い出すことが出来ました。この身を終生神に捧げるを事を誓います」
また、重い奴だ。女性らしい丸みを帯びた体に、大きな目に、大きな胸、神に捧げるにしては勿体無い美しい女性。視線に気づいたのか、マーシャは穏やかな笑みを浮かべ、俺はその女性が3年前に見たみすぼらしい少女だとはじめて気づいた。



正殿と奥殿を繋ぐ通路、俺とマーシャは並んで歩いていた。同期の視線が痛いが気にするほどではない。
「3年前、1度お会いしましたよね」
マーシャは楽しそうに語る。俺が3年間師について学んだように、マーシャも師に付き学んできたという話だった。
「師はちょっと変わった人でしたが、とても優しく良くしてくれました」
穏やかに語るその姿に、3年の年月が彼女にとって幸福だったのだろうと容易に想像できる。自分はどうだったろうか、流れるままに師事しただけの3年だった気がする。マーシャの師は魔法そのものより、霊薬や媒介そして魔法そのものの研究を得意とする人との事で、今も神殿で霊薬造りに携わっているとの話だった。
「じゃあ、マーシャさんは、お師さんを継ぐのか」
「そうなるかもしれません、攻撃的な魔法は苦手ですから。あ、私の方が年下なのので、『さん』はなしでお願いできますか」
「じゃ、マーシャだな。同期だ、おれもルーザスでいい」
この頃、俺とマーシャ、そして神殿都市には穏やかな時間が流れていた。
小さな反乱や、夜盗の討伐のために武装神官として出兵することはあっても、公国とも南部とも大きな争いは無く、国全体が穏やかな空気に包まれていた。



ある日、神殿でいつものように巡礼者の洗礼を行った後休憩をしていると、聖遺物の前で少年が立ち止まっているのが見えた。利発そうな黒髪の少年。
誰も洗礼をしていない時、聖遺物は誰でも自由に近くまで寄る事が出来る。そのうち、信徒教団など狂信者達に盗まれるんじゃないかと内心思っているが、建国以来ここにあり続けるということは、何か特別な盗難予防の魔法でも掛かっているのではないかと思う。
少年は聖遺物に手を伸ばす、目に見えない壁があるかのように聖遺物の前でその手が止まる。
「聖遺物に興味があるのかい」
俺は横に立ち、少年に尋ねていた。
「ええ」
少年は静かに答え、1枚の紹介状を俺に手渡してくる。俺は中身を見て、不思議と少年の行動に納得した。
「おかえりなさい」
第2皇子マルバスに、俺はそう声をかけた。
その次の日、少年の指名でマーシャが洗礼を行った。



皮の防具を着込み、腰に媒介を入れた袋をつるす。そして、その上に白い神官服を纏う。同じ姿をした武装神官たち、その中に俺とマーシャはいた。
「皇子の付き人になったんだろう、良いのか参加して」
俺の言葉にマーシャは苦笑する。
「ええ、マルバス皇子が皇都に戻られるまでは自由にしていいということなので」
同僚たちは付き合えばいいのにと、俺たちの事をからかうが、生憎俺たちはそういう関係ではない。気の置けない相手ではあるし、好意が無いと言えばお互い嘘になるだろう。だが、それが異性に向けたものなのかは疑問符が浮かぶ。
それを確認する機会は訪れないだろう、皇子が神殿都市での滞在を終えて皇都に戻ることになれば、洗礼を行った神官として随行することになるはずだ。
「たかだが1貴族の反乱だが、最後の活躍の場だな。最後の最後に傷物になるなよ」
俺の冗談に、マーシャはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。



記憶が無い。
俺はどうしたんだ。
左腕が焼けるように痛い。
怖い。
恐ろしい。
あれは何だ。
あれは、あれは何だ。
あれは、あれは、あれは何だ。



汗が気持ち悪い、体に重みを感じる。目を開く。大きな2対の瞳が俺を見下ろしている。知らない瞳。
「英雄様」
「英雄様」
異口同音の2つの声。英雄なんてどこにいる。俺はそんなものは知らない。
「ルーザス、この子達はあなたが起きるのをずっと待っていたのですよ」
マーシャの声、視線を向けると少しやつれたマーシャの姿がある。
「やつれたか」
「少し」
お互い笑みを浮かべる。少なくとも俺たちはあの地獄から生きて戻った。
その事実にどこか釈然としない想いが過ぎる。自分の体を見下ろすと、全身包帯まみれで左腕は肩から先が、綺麗になくなっていた。 
その日、俺は知ることになった。負傷しながらも反乱を治め、生き残りの少女2人を助けた英雄がいつのまにか生まれていたことを。



木で出来ている丸テーブルにカップが2つ。ハミルの様子を見るという口実で、メイアは時折この村までやってくる。
「もう神殿都市には戻られないのですか」
事あることに、復職を求めてくる。
「俺なんかいても仕方ないだろう、もうロートルだし、魔法も忘れたさ。なんでそう勧めて来るんだか」
紅茶を一口、口に運ぶ。メイアもその答えが分かっているのだろう、大した落胆も内容で、軽く苦笑を浮かべる。
「あなたは、私にとっていつまでも英雄ですから」
メイアの呟きを殊更否定はしない。
英雄の単語を聞くと、1つの思いがどうしても浮かんでしまう、
『お前たちやマーシャは、あの日、俺が意識を失った後何かを見なかったか』
その問いは、いつも恐怖によってかき消される。いつの日か、笑って問うことが出来るのだろうか、苦笑を浮かべ紅茶を飲み干した。

これが2人の最後の会話となることを、2人はまだ知らない。
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