村井 彰

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  最初は、ショッピングモールだったと思います。

  日本に暮らしていれば一度は行ったことがあるような、ごくありふれたショッピングモールの中を、私は一人で歩いていました。店内は小綺麗で、塵ひとつ落ちていないカーペットがまっすぐに続き、左右には服屋とか雑貨屋とかの専門店が並んでいる。その中のどこかに入るでもなく、私はただただ、静かな店内を歩いているんです。
  いえ、知らない場所です。似たような場所になら行ったことはあるけれど、記憶にあるどの場所とも違う。そんな印象を受けました。
  はい……別に、そのあと何かが起きたりする訳ではありません。本当にただ、ショッピングモールの中を歩き続けるだけです。

  そういう夢を、見たんです。



  二度目の夢は、どこかの駅のホームでした。
  普段使う地下鉄の駅に似ているけど、どこか違う。そんな場所に、一人で立っているんです。

  一人で立ち尽くしながら、私はぼんやりと「ここはどこなんだろう」と思いました。そうして辺りを見回してみるんですけど、電光掲示板に表示されている行き先が、なぜか読めないんです。日本語で書かれているのは分かるのに、意味を理解できないんですよ。読み取ろうとする端から、頭の中をこぼれ落ちていくような感覚でした。
  とはいえ、夢の中の私はそれをおかしいと感じることもなく、読めないなら誰かに聞いてみようと、再び辺りを見回しました。
  そこで初めて気がついたんです。辺りには、私以外誰もいないということに。
  終電や始発の前後なら、そういうこともあるかもしれません。ですが、乗客どころか売店の中にすら人がいないんです。店は開いていて、商品だって並んでいるのに。

  これは目が覚めてから気づいたことですが、よくよく思い返してみれば、ショッピングモールの時もそうでした。店内はどう見ても営業中なのに、他の客どころか店員すらもいないんです。変ですよね。
  まあ、夢なんてそんなものだと言われたら、それまでなんですけどね。

  ……すみません、話が逸れました。
  ともかく、周囲には誰もいない、この駅がどこに繋がっているかも分からない。そんな状況に途方に暮れていると、音も無く……そう、それもおかしな話なんですけど、本当に音も無く、電車がホームに滑り込んで来たんです。
  そうして、私の目の前で、やけにゆっくりとドアが開きました。予想の通り、中には誰もいません。私はそのままホームに立っていたのですが、電車はいつまで経っても発車しませんでした。なんとなく、私が乗り込むのを待っているのかもしれないと思いました。
  きっとこの電車は、私が乗るまでずっとこの駅に留まり続けるのでしょう。だけど私は、どうしても乗る気にはなれなかったんです。
  理由は、うまく説明できません。ただ、乗ってしまったら最後、とても怖いところへ連れて行かれるような気がしたんです。



  三度目は、知らない家の中でした。
  自分や友人が住んでいた場所とはまるで違う、八畳程度のワンルームです。散らかった狭い部屋の中心に、私はやはり一人で立っていました。

  私はその場に立ったまま、部屋の中をぐるりと見回してみました。ベッドの上に脱ぎ捨てられた衣服や、洗い場に放置された食器のデザインからして、なんとなく若い女性の部屋なのかなと思いました。部屋の奥には大きな窓がありましたが、くすんだピンク色のカーテンが降りているので、外の景色は見えません。そうやって部屋の中を一通り見回した時、ふと思ったんです。

  だんだんと、狭くなっているなって。

  その時は、何に対してそんなことを思ったのか、よく分かりませんでした。だけど目覚めている今なら分かります。

  最初は、ショッピングモール。
  二度目は、駅のホーム。
  そして三度目は、マンションの一室。

  私が夢の中でさまよう場所が、だんだんと狭くなっているんですよ。三度目なんてさまようことすら出来ないくらいです。
  足元まで散らかり放題で、ろくに動くことも出来ない部屋の中心で、夢の中の私はただ立ち尽くしていました。いつの間にか、視線は窓の方へ釘付けになっています。
  相変わらずカーテンは降りたまま。だけどなぜが、その向こうが気になるんです。そこに、誰かの気配があるような気がして……



  四度目に見た夢は、真っ暗な箱の中でした。
  比喩ではありません。私は、密閉された箱の中に横たわっているんです。
  手足を少し持ち上げてみると、硬い板のような物にぶつかりました。おそらくは、私の体にぴったり合う大きさの箱に入れられているのでしょう。

  それは、今までにないほど生々しく、嫌な現実味を帯びた夢でした。私が呼吸をするたびに、生温い呼気が箱の中に充満し、私自身の頬をぬるりと撫でる感覚すらあったんですから。
  正直今でも、あれは現実にあった事なんじゃないかと、疑いたくなる時があります。けれど、あれが現実に起きた事であるはずがないんです。

  箱の外にね、誰かがいるんですよ。その人がね、箱の外側を、ずっと叩いているんです。
  ちょうど、私の胸の辺りでしょうか。その辺りから、バチン、バチン、と乾いた音が響いてきて、そのたびに箱が揺れるんです。その合間に、男とも女ともつかない、か細い唸り声も聞こえました。
  ……ええ、そうですね。小さな子供が、癇癪を起こして手のひらを叩きつけているような、そんな印象です。だけど箱を叩く力の強さは、間違いなく大人のそれでした。
  その音を聞きながら、夢の中の私はぼんやりと、「うるさくて眠れないなあ」と考えていました。
  変ですよね。夢の中なのに、まだ眠ろうとするなんて。



  次の夢、ですか? すみません、それはまだ分かりません。箱の夢を見てから、一度も眠っていないんです。
  なんとなく、次の夢が最後だという気がして、見るのが怖いんです。
  たけど、ずっと起き続けていることなんて、出来ませんよね。分かっています。
  少しずつ、夢と現実の境い目が、曖昧になっているのが分かるんです。今も、自分が目覚めているという確証がありません。

  ねえ、教えてください。ここは、現実ですよね。
  あなたは、本当に、存在しているんですよね。

  あなたは……あなたは、一体、
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