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「えー……では、ホームルームはここまで。明日から春休みだが、あまり羽目を外しすぎないように。じゃあな」
そう言い残すと、五月女先生は、さっさと教室を出て行ってしまった。その瞬間、静かだった教室は、あっという間に喧騒に包まれる。
「今日で最後だっていうのに、あっさりしてるよね。まあ五月女先生らしいっちゃらしいけど」
麻里奈がこちらを振り向いて笑う。そう、今日ですべて終わる。私も彼女も、この世界も。もちろん麻里奈が言っているのは、そういう意味ではないのだろうけど。
「ついに私達も三年生かー。本格的に将来のこと考えなくちゃだよね。やだなあ、ずっと高校生でいたいなあ」
「そう、だね。私も、ずっとずっと、このままでいたいな……」
卒業しても、ずっとこの街で暮らして、大人になっても、みんなと一緒にいられたら。そうできたなら、どんなに楽しいだろう。
「やだ一花、そんなにしんみりしないでよ。まだ卒業まで一年あるんだし、卒業したってずっと友達でしょ!」
ね?と麻里奈が微笑む。向こうの世界でもこんな友達に出会えていたら、私にも将来があったのかな。
「ありがとね、麻里奈ちゃん」
「え?なに急に、どうしたの」
「ううん、なんでもない。私、七木くんと約束してるから、ちょっと行ってくるね」
麻里奈の返事を待たずに席を立つ。あまりここに居ては離れがたくなってしまう。ゲームだけでは、きっと気づけなかった。麻里奈が一花にとって、いや、私にとってどれだけ大切な友達なのか。
校舎を出ると、並木道の桜は満開に咲き誇り、レンガ造りの道には薄紅色の絨毯が敷かれていた。この道の先にある一番大きな桜の下で、彼が待っている。つい先日、そういう約束を交した。
このまま約束を破って会いに行かなければ、エンディングを迎えることもないんじゃないのかと考えもした。だけど、誰とも親しくなれなくてもノーマルエンディングとして処理されて、結局ゲームは終わってしまう。それに……七木くんを、大事な人をずっと待たせたままでいるなんて、やっぱり私には出来そうにない。
風がいっそう強く吹いて、視界が桜色に染まる。その先で、すっかり見慣れた人影が私を待っていた。
「七木くん!」
「夏海!よかった、来てくれたんだ」
七木くんの元に駆け寄ると、彼が恥ずかしそうに頬を掻いた。
「当たり前だよ、約束したんだから。それで、話ってなに?」
本当は、繰り返し見てきから知っている。これから七木くんが、どんな話をするつもりなのか、それに対して私がどう答えるのか。だけど、それでも私は尋ねた。この世界の、七木くんの言葉で聞きたいと思うから。
「うん、えっと……こうして改まると、なんか緊張しちゃうな」
姿勢を正して深呼吸をすると、七木くんは真っ直ぐに私の目を見据えた。
「夏海。俺さ、本当はこの街に来てから、ずっと不安だった。頼れる人なんて誰もいなくて、だから誰にも嫌われないように、独りにならないように、笑顔でい続けなくちゃって……ずっと、苦しかった」
七木くんは、いつも笑顔で、誰にでも優しい素敵な人。でも本当は、心の底に拭いきれない寂しさを抱えている。私は、彼のそういうところに惹かれたんだった。
「正直、無理してた。夏海の前でも必死でカッコつけてさ。でも夏海は言ってくれたよね。笑ってなくてもいいって、笑顔じゃない俺も見てみたいって」
ずきり、と胸が痛んだ。それは、私の言葉じゃない。ゲームでの一花の発言を、そのまま口にしただけの言葉。私のままの私でも同じことを言えたかは、わからない。
私はずっとカンニングしていたようなものだ。正解を知ったうえで、それをなぞってきただけ。だから、七木くんが好きになったのも、本当は私じゃなくて一花だ。この世界でも、結局はそうなんだ。
「気がついたら、ずっと君のことばっかり考えてた」
私は、何も言わずに七木くんの目を見つめ返した。私のこと、一花のこと、今さら七木くんに伝えたって仕方ない。だったら私は、最後まで一花として生きよう。
「俺は、これから先の未来を、君と一緒に生きていきたいと思う。だから……」
もしかしたら、この世界が消えてしまうなんて全て私の思い込みで、明日からずっとずっと、七木くんの隣を歩んでいけるのかもしれない。
「だから、夏海……俺と、付き合ってください」
そんなわずかな期待も虚しく、世界は少しずつ色を失って、白い光に包まれていく。
七木くんは、そんな周囲の変化に気づく様子もないまま、私の答えを待っている。そんな彼に、何と答えるべきか。もちろん、一花の、そして私の中では、とっくに決まっている。
「はい、よろこんで……!」
視界はもう真っ白で、世界に残ったのは私と七木くんだけ。そして、それすらも少しずつ、白い闇の中に消えていく。
あれほど、終わりたくないと思っていたのに、不思議と恐怖はなかった。だって私の終わりは、本当ならあの朝焼けの日に、一人きりで迎えるはずだった。それなのに今は大好きな人と二人、こんなに満たされた気持ちでいられるんだから。
長い夢が、終わる。そう、この世界は、あの朝焼けの空に踏み出した瞬間から始まった、長い長い夢だったのかもしれない。それなら、このあとは、ただ目覚めるだけだ。あの、痛いほど澄んだ空気の中で。
*
──今朝のニュースをお伝えします。本日未明、○○市の住宅街で女性の遺体が発見されました。女性は○○高校の制服を着用しており、警察は事件と自殺、双方の観点から関係者に事情を……
そう言い残すと、五月女先生は、さっさと教室を出て行ってしまった。その瞬間、静かだった教室は、あっという間に喧騒に包まれる。
「今日で最後だっていうのに、あっさりしてるよね。まあ五月女先生らしいっちゃらしいけど」
麻里奈がこちらを振り向いて笑う。そう、今日ですべて終わる。私も彼女も、この世界も。もちろん麻里奈が言っているのは、そういう意味ではないのだろうけど。
「ついに私達も三年生かー。本格的に将来のこと考えなくちゃだよね。やだなあ、ずっと高校生でいたいなあ」
「そう、だね。私も、ずっとずっと、このままでいたいな……」
卒業しても、ずっとこの街で暮らして、大人になっても、みんなと一緒にいられたら。そうできたなら、どんなに楽しいだろう。
「やだ一花、そんなにしんみりしないでよ。まだ卒業まで一年あるんだし、卒業したってずっと友達でしょ!」
ね?と麻里奈が微笑む。向こうの世界でもこんな友達に出会えていたら、私にも将来があったのかな。
「ありがとね、麻里奈ちゃん」
「え?なに急に、どうしたの」
「ううん、なんでもない。私、七木くんと約束してるから、ちょっと行ってくるね」
麻里奈の返事を待たずに席を立つ。あまりここに居ては離れがたくなってしまう。ゲームだけでは、きっと気づけなかった。麻里奈が一花にとって、いや、私にとってどれだけ大切な友達なのか。
校舎を出ると、並木道の桜は満開に咲き誇り、レンガ造りの道には薄紅色の絨毯が敷かれていた。この道の先にある一番大きな桜の下で、彼が待っている。つい先日、そういう約束を交した。
このまま約束を破って会いに行かなければ、エンディングを迎えることもないんじゃないのかと考えもした。だけど、誰とも親しくなれなくてもノーマルエンディングとして処理されて、結局ゲームは終わってしまう。それに……七木くんを、大事な人をずっと待たせたままでいるなんて、やっぱり私には出来そうにない。
風がいっそう強く吹いて、視界が桜色に染まる。その先で、すっかり見慣れた人影が私を待っていた。
「七木くん!」
「夏海!よかった、来てくれたんだ」
七木くんの元に駆け寄ると、彼が恥ずかしそうに頬を掻いた。
「当たり前だよ、約束したんだから。それで、話ってなに?」
本当は、繰り返し見てきから知っている。これから七木くんが、どんな話をするつもりなのか、それに対して私がどう答えるのか。だけど、それでも私は尋ねた。この世界の、七木くんの言葉で聞きたいと思うから。
「うん、えっと……こうして改まると、なんか緊張しちゃうな」
姿勢を正して深呼吸をすると、七木くんは真っ直ぐに私の目を見据えた。
「夏海。俺さ、本当はこの街に来てから、ずっと不安だった。頼れる人なんて誰もいなくて、だから誰にも嫌われないように、独りにならないように、笑顔でい続けなくちゃって……ずっと、苦しかった」
七木くんは、いつも笑顔で、誰にでも優しい素敵な人。でも本当は、心の底に拭いきれない寂しさを抱えている。私は、彼のそういうところに惹かれたんだった。
「正直、無理してた。夏海の前でも必死でカッコつけてさ。でも夏海は言ってくれたよね。笑ってなくてもいいって、笑顔じゃない俺も見てみたいって」
ずきり、と胸が痛んだ。それは、私の言葉じゃない。ゲームでの一花の発言を、そのまま口にしただけの言葉。私のままの私でも同じことを言えたかは、わからない。
私はずっとカンニングしていたようなものだ。正解を知ったうえで、それをなぞってきただけ。だから、七木くんが好きになったのも、本当は私じゃなくて一花だ。この世界でも、結局はそうなんだ。
「気がついたら、ずっと君のことばっかり考えてた」
私は、何も言わずに七木くんの目を見つめ返した。私のこと、一花のこと、今さら七木くんに伝えたって仕方ない。だったら私は、最後まで一花として生きよう。
「俺は、これから先の未来を、君と一緒に生きていきたいと思う。だから……」
もしかしたら、この世界が消えてしまうなんて全て私の思い込みで、明日からずっとずっと、七木くんの隣を歩んでいけるのかもしれない。
「だから、夏海……俺と、付き合ってください」
そんなわずかな期待も虚しく、世界は少しずつ色を失って、白い光に包まれていく。
七木くんは、そんな周囲の変化に気づく様子もないまま、私の答えを待っている。そんな彼に、何と答えるべきか。もちろん、一花の、そして私の中では、とっくに決まっている。
「はい、よろこんで……!」
視界はもう真っ白で、世界に残ったのは私と七木くんだけ。そして、それすらも少しずつ、白い闇の中に消えていく。
あれほど、終わりたくないと思っていたのに、不思議と恐怖はなかった。だって私の終わりは、本当ならあの朝焼けの日に、一人きりで迎えるはずだった。それなのに今は大好きな人と二人、こんなに満たされた気持ちでいられるんだから。
長い夢が、終わる。そう、この世界は、あの朝焼けの空に踏み出した瞬間から始まった、長い長い夢だったのかもしれない。それなら、このあとは、ただ目覚めるだけだ。あの、痛いほど澄んだ空気の中で。
*
──今朝のニュースをお伝えします。本日未明、○○市の住宅街で女性の遺体が発見されました。女性は○○高校の制服を着用しており、警察は事件と自殺、双方の観点から関係者に事情を……
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