異世界特殊清掃員

村井 彰

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第三章・約束

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 サクが目を覚ました時、最初に目に入ったのは、石造りの無骨な天井だった。
 ここは、どこだろう。見覚えのない景色に戸惑いながら、自らの記憶を手繰り寄せる。そして、
「……ぃ……っ」
  突然激しい頭痛に襲われ、横になった姿勢のままで頭を抱えた。あれは、夢だったのだろうか。いいや、できることならそう信じたいが、夢だといって記憶の底に押し込めてしまうには、あまりにも全てが鮮明に焼きついている。
「サクくん、目が覚めたみたいだね」
 聞き覚えのある声に、視線だけを横に向けると、こちらを気遣わしげに見ているセイと目が合った。
「セイ、さん……?なんで……」
 治まらない痛みに顔を顰めながら問うと、セイは少し目を伏せながら、ぽつぽつと説明してくれた。
 いわく、ここは中心部にある騎士団本部の詰所の一室で、今はサクが意識を失っている間にルタからの報告を受けた騎士団が、現場を調べている最中らしい。別の現場に出ていたセイ達も呼び出しを受けて、今までサクについていてくれたようだ。
「ルタさんは……?」
「ペルさん達と一緒に、隣の部屋で事情を説明しているはずだけど」
「私も、行きます」
 横になっていた長椅子からサクが体を起こそうとすると、セイが慌てて止めに入った。
「だめだよサクくん、まだ休んでいた方が」
「平気です。ルタさんだけに任せておけません」
 ルタだって自分と同じ物を見たのに、自分だけ黙って寝ているわけにはいかない。というよりも、このまま横になっていたら恐ろしい悪夢に囚われてしまいそうで、それがなにより怖かった。
「……本当にだめそうだと思ったら、無理にでも連れ戻すからね」
「はい。ありがとうございます、セイさん」
 セイに背中を支えられながら、部屋を後にする。誰もいない薄暗い廊下のすぐ隣に、無愛想な木の扉があった。使い込まれて塗装の剥げたドアノブに触れて、細く扉を開く。その途端、叩きつけるような怒声が廊下中に響き渡った。
「ふざけんじゃねえ!それを調べるのがあんたらの仕事じゃねえのかよ!」
 扉の向こうでは、ルタが騎士団の所属と思われる男に食ってかかっているところだった。その後ろでは、ペルとアギが固唾を飲んで見守っている。
「調べる、と言ってもな。ただ魔物に襲われただけではないのか。よくある事故だろう」
 声を荒げるルタに対して、騎士団の男は呆れたような言葉を返すだけだ。男の冷めた態度にルタが拳を握る。爪が食い込むほどに、強く。
「よくある事故……?あんた、あの現場を見たうえで、本気でそんなこと言ってんのか。そもそも、ガルムは生きてる動物は襲わねえ。まして五年近く警備隊やってきた女が、あんな犬ころ一匹にやられるはずがない。ただの事故なわけねえんだよ!」
 ルタの拳が、部屋の中央に据えられていた机を乱暴に殴りつけた。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい、ルタ」
 見かねたペルが、どうにか宥めようとするが、ルタの耳にその言葉は届いていないようだ。
「ふん。では今回の件が事故などでなく、娘を殺害した下手人が存在するとして……一番怪しいのは、掃除屋。貴様だぞ」
「は……?」
「貴様は娘と親しい間柄だったのだろう?ならば、あのように人気のない場所に呼び出すことも、隙をついて手にかけることも可能だ。そして、娘の死体を魔物に食わせたのちに、その魔物ごと処分して証拠の隠滅をはかった。素人には難しかろうが、日頃からそれを生業にしている者なら容易いだろう。理由は……そうだな、娘に他の男でもできたか。それが気に食わなくて殺した。違うか?」
 男が嘲るように笑った瞬間、呆気に取られていたルタの目に、はっきりと怒りの色が宿った。
「て、めえ……もういっぺん言ってみろ!!」
 激昂したルタが男の襟首を掴もうとするのを、後ろから抱きつくようにしてアギが止めた。サクの後ろで控えていたセイも、慌てて部屋の中に飛び込む。
「ルタ、だめだって!」
「そうだよルタくん、ここで手を出したら処罰されるのは君の方だ」
「うるせえ、離せ!んなこたどうだっていいんだよ!」
 暴れるルタを二人がかりで押さえつける。そんな様子を目の当たりにしても、騎士団の男は野良犬の喧嘩でも見るような、冷たい視線を送るだけだ。
「ともかく、だ。不要な疑いを向けられたくないのなら、あまり余計なことを口にせぬことだ」
 そう言い残すと、男はルタ達に背を向け、扉の脇に立っていたサクを押し退けて、そのまま部屋を出ていった。残された者達の間に、苦い沈黙が流れる。
「…………くそっ」
 セイとアギの腕を振りほどいて、ルタが目の前の机を思い切り蹴り飛ばした。石の床に叩きつけられた机が、けたたましい音をたてる。
 誰も、何も言わない。かけるべき言葉など、誰も持っていなかった。
 苛立たしげに舌打ちをして、ルタも部屋の外へ足を向けた。
「ルタさん……」
 すれ違う瞬間、思わず呼び止めようとしたが、ルタはこちらを見もしなかった。サクにしたところで、何か言うべきことがあったわけでもなく、ただ、その背中を見送ることしかできない。
 部屋の中に視線を向けると、力なく微笑むペルと目が合った。
「サクちゃん起きたのね。ごめんなさい気がつかなくて……ああ、もう、なんて言ったらいいのか……」
 サクは黙って首を左右に振った。ペルの気遣いはありがたいが、今は何も話す気になれない。
「……ペルさん、僕達もうここにいる必要ないですよね。帰りましょうよ」
 アギが疲れたように言う。その顔にも、いつもの笑顔はなかった。
「そう、ね。私達も引きあげましょう。あなた達はサクちゃんを家まで送ってあげてちょうだい」
「もちろんです。サクくん歩けるかい。うちに帰って、ゆっくり休もう」
 差し出されたセイの手に、自分の手を重ねる。優しくて温かい手のひらにも、まるで心が動かない。感情に繋がる線が、どこかで切れてしまったみたいだ。
 セイに連れられるまま建物の外に出ると、頬にぽつりと冷たいものが触れて、ふと空を見上げた。
「雨、降ってきたみたいだね」
 黙ったまま後ろを着いてきていたアギが、無表情に空を見上げて呟いた。サクも釣られて顔をあげる。いつの間にか夜になっていたようだ。空を覆っているはずの雲さえ、夜の帳に隠されて、真っ暗な闇以外は何も見えない。
 そうして見つめている間にも、徐々に雨足は強くなっていく。このまま、何もかも洗い流してくれればいいのに。
 そう願っても、心にまとわりつく澱みは、消えはしなかった。
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