異世界特殊清掃員

村井 彰

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第一章・王都ノスターム

ガラとルタ

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 整然と並ぶ建物の群れに、まっすぐ伸びる石造りの道。土と草ばかりの故郷とは、なにもかもが違う。
 十八歳になったばかりのサクは、部屋の窓を大きく開いて深呼吸をした。見慣れない景色と空気の匂いに、改めて実感する。ついにやって来たんだ、王都ノスタームに。
 ここは職場から借りている寮の一室。といっても、全部で四部屋しかない、二階建ての小さな建物だ。他の部屋にも今日から同僚になる人達が住んでいるはずだが、仕事か他の用事か、昨日は皆留守にしている様子だった。なので今からが初めての顔合わせになるはずである。
 手早く身支度を整えて、二階の奥にある自室を飛び出し、そのままの勢いで鉄製の外階段を駆け下りた。静かな裏通りに、金属を叩く硬い足音が響く。職場はここのすぐ裏手なので、このまま歩いていけば数分のうちに着くだろう。

 寮の脇に伸びる細い路地を抜けると、そのすぐ右手に、薄汚れたレンガ造りの建物がある。事前に説明を受けに来た時にも訪れたので、ここに来るのは初めてではないのだが、何度見ても煌びやかな王都のイメージには、あまり似つかわしくない佇まいだ。
 あちこちに錆びの浮いた古い扉の前で、一旦立ち止まる。何事も最初が肝心だ。職場の人と今後良好な関係を築いて行けるか、全て第一印象にかかっていると言っても過言ではない。
 よし、まずは挨拶から。サクは軽く頬を叩いて気合いを入れると、一気に扉を開いた。
「おはようございます!今日からこちらでお世話になります、サクと─」
「おい、なんだよそれ。闘技場の後処理は週一の契約だろ!それを"急遽、特別試合を組んだから片付けに来い"だあ?何様だよアイツら!せめて事前に言えっつうの!」
 気合を入れた挨拶は、扉を開いた瞬間に響き渡った怒声によって見事にかき消された。
 唖然とするサクの目の前で、黒髪の若い男が何やら大声で喚いている。
「やめなさいルタ。ペルさんに怒ったって仕方ないだろう」
 散らかった机に身を乗り出して騒ぐ男を、その隣に座る年配の男性が、落ち着いた声で窘める。
「んなこた俺だって分かってるけどよ!騎士団のやつら、俺らのこと呼べば飛んでくる便利屋としか思ってねえぞ。クソッタレすぎんだろ」
 ルタと呼ばれた男が、盛大に舌打ちをして自らの髪を掻きむしる。そんな彼らの向かいで、眼鏡を掛けた恰幅のいい女性がため息をついた。
 サクの母親より少し若いくらいの、その女性の姿には見覚えがあった。以前この場所で、採用のための面談をしてくれた人だ。この事務所の経営者で、名前をペルという。
「まあルタの言い分もわかるわ。私だって、突然言われても人手が確保できないから困るって伝えたわよ。そうしたら、なんて返ってきたと思う?"次回からは配慮する"ですって。ようするに、今回は配慮しないってことよ!」
 ルタに負けず、ペルの方も語気が荒い。どうやら仕事絡みで何かトラブルがあったようだ。
「つうか、今日から新人研修って話だっただろ。なのに、すぐ来いとか言われてもな。説明なしで、いきなり現場に引っ張ってくのか?」
 そこで、何気なく振り向いたルタと、いきなり目が合った。突然のことだったので、お互いに驚いて、時間が数秒止まる。こちらから何か言うべきだと思うのだが、盗み聞きのようになってしまった気まずさと、ルタの鋭い目つきに気圧されて、うまく言葉が出てこない。
 サクが黙っていると、ルタがすっと目を細めて、その眼光がさらに鋭くなった。
「あー……もしかして、お前が例の新入りか?女とは聞いてたが、まさかこんなチビぃってえ!!」
 ルタが言い終わる前に、さっとペルの手が伸びてきて、その後頭部を思い切り引っぱたいた。スパァン!という小気味よい音が、事務所内に響き渡る。
「いきなり威嚇するんじゃないの!怖がってるじゃない可哀想に」
「はあ?!普通に話しかけてるだけだろうが!」
「貴方の普通は普通じゃないのよ!ただでさえ地顔が怖いんだから、にこやかにしてなさいって言ってるでしょ」
「ふざけんな!おかしくもねえのにヘラヘラしてられっか!」
 騒ぐルタの横をすり抜けて、ペルがこちらに駆け寄ってくる。はっとして、サクは慌てて居住まいを正した。
「あ、あの。ご挨拶が遅れました、今日からこちらでお世話になります。サクです」
 ぴょこんと頭をさげたサクを見て、ペルが嬉しげに微笑んだ。
「まあまあ、ご丁寧にありがとう。私とは前にも会ったわね。改めまして、私がここの責任者のペルです。よろしくね」
 そう言いながら、ペルが背後で様子を窺っている男性二人に目を向けた。
「紹介するわ、彼らがうちのメンバーよ。まず、右側のナイスミドルがガラさん。うちで一番のベテランだから、何か困ったことがあれば彼に聞くといいわ」
 ペルの紹介を受けて、ガラと呼ばれた男性が、席を立ってサクの前に歩み出た。年の頃は、おそらく五十代くらい。先ほどのナイスミドルという表現がしっくりくる、上品そうな雰囲気をまとった、大人の男性だった。
「はじめまして、ガラといいます。新人さんが、こんなに可愛らしいお嬢さんだとは思っていなかったから、驚いたよ。最初は不安なことも多いだろうけど、遠慮せずに頼ってくれて構わないからね」
 そういって優しく笑いながら、ガラが手を差し出してきた。
「よ、よろしくお願いします!」
 緊張に力みながら、ガラの大きな手を握り返した。よかった、穏やかそうな先輩で。
 内心で安堵の息をつきながら、もう一人の穏やかではなさそうな先輩に視線を向ける。
「それから、あっちの目つきが悪いのがルタ。うるさいし顔も怖いけど、噛みついたりはしないから大丈夫よ。何か言われても、犬が吠えていると思えばいいから」
「誰が犬だよ、誰が!」
 黙っていたルタが、また騒ぎ出した。なるほど、たしかに言われてみれば、実家で飼っていた犬が怒った時の様子に似ている。
「えっと……よろしくお願いします……?」
「なんで疑問形だよ」
 取るべき態度に迷って中途半端な挨拶をしたサクに、すかさず素早い突っ込みが飛んできた。もしかしたら意外と面白い人なのかもしれない。
「まあ、いいわ。よろしくな新入り。さっそくめんどくせー仕事が入ってるから、がんばれよ」
「めんどくさい仕事……」
 さっき揉めていた件だろうか。闘技場がどうだとか聞こえたが。
 ちらりと隣のペルを見上げると、彼女は困ったように肩をすくめた。
「ごめんなさいね。今日のところは、この二人にじっくり仕事の説明をしてもらおうと思っていたんだけど、急遽依頼が入ってしまったの。申し訳ないけれど、実地研修という形でもいいかしら」
「あ、はい。それは大丈夫ですが……その、依頼というのは?」
 サクの問いに、ペルが意味深に眉を寄せた。なぜだろう、詳細はわからないが厄介事の匂いがする。
「依頼というのはね、試合後の闘技場の片付けよ。参加者に倒された魔物の死体を回収して、それから試合場の掃除もしてもらうことになるわ。ちなみに、今回試合に使われた魔物は……」
 そこでペルは、サクの反応を窺うかのように、一度言葉を切った。
「今回片付けてもらうのは、ドラゴンの死体よ」

 *

 美しく煌びやかな街、王都ノスターム。この街では、人と魔物が隣合わせに生活している。
 命ある者はいずれ死ぬ。それは人も魔物も同じこと。
 そして、そんな街の片隅で、魔物達の"死"を人知れず処理する仕事があった。

 それが彼ら。すなわち、魔物専門の特殊清掃員である。
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