18 / 33
白い肌の老人
しおりを挟む
ひとまず、ラルフたちは白い肌の一族――その畑の近くにあった、掘っ立て小屋に案内された。
小屋ではあるけれど、東の獅子一族の集落にあった家よりも、頑丈な出来だ。恐らく、帝国の技術の一つなのだろうけれど、建築関係のことは全く知らないラルフにしてみれば、その違いはよく分からない。
老人が小屋の中央で火を熾し、老人と少女、ラルフとタリアによって火を囲むこととなった。
既にラルフの背中から肉を受け取った少女が、恐らく水場であろう場所へと、肉を持って向かっていくのを見守る。
「それで……あんたは、帝国の人間なのか?」
「……んだ。そげな文句聞ぐのが、たいそうぶりべや。わすは、ゲイル。生まれは帝国だべ」
「……」
激しい訛りはあるけれど、確かにそれは帝国の言葉である。
少なくとも、全く異なる言語を使っているタリアよりは、十分ラルフに聞き取ることができるものだ。
「一体、いつからこの島に?」
「もう、四十年も前だんな。わすさ船乗りだべ。おっかねぇ嵐ば遭っで、船をほいげ出されで、この島さ来だ。わすと一緒に、三人の船乗りも一緒だったべ」
「……四十年も」
「生き残っちょるのは、わすだけだべ。他の皆さ、のうなった」
「何故、四十年も? 島から出ることは、できなかったのか?」
ふむ、とラルフは眉を寄せる。
四十年も前から、ずっとこの島にいる――つまり、この島を出る手段は、四十年間見つかっていないということだ。
ラルフのように流刑に処されたわけでもないのに、この地に一族を作ったほど、この島から出ることは容易くないということだろう。
老人――ゲイルが、ラルフの言葉に首を振る。
「わすらも、島さ出られよっときばったべ。けんど、船さ出しでも、この島さ戻さる。潮の流れさ、内側ば向いどん」
「……そうか」
「そん潮さ流れば、わすら助けてくれたべ……わすらは、こんに根張るごどにしただ」
「なるほどな……帰るのは、絶望的ってことか」
はぁ、と小さく嘆息。
だが、どちらにしてもラルフは流刑に処された身だ。二度と帝国の地を踏むことはないだろう。
ならば考えるべきは、今後の動き方だ。
「けんど、わすらも聞ぎてぇことあんべさ」
「うん?」
「おめさ、ひがすの一族のずんたさなったべか?」
「……ずんた?」
ひがすの一族――恐らく、東の獅子一族のことだろう。
ずんたというのが分からないが、こちらは恐らく方言だと思う。仲間とか、そういう意味だろう。
「ひがすの一族は、強ぇべ。わすらさ四人で、犬ころの一匹倒せんだ。あいらは、ひといで狼を倒せるべ」
「あ、ああ……?」
「おめさ、ひがすのずんたになったべさ、どちゃ強ぇべ?」
「……まぁ、そういうことになるのかな」
ずんた――多分、一族の一員ということだ。
まぁ、一応長老に認められて、東の獅子一族の一員にはなったはずだ。歓迎の宴みたいなのも開かれたし。
ラルフの曖昧な返事に対して、ゲイルは不思議そうに眉を寄せて、タリアの方を向いた。
「東の獅子一族。
この男が、お前たちの族長、本当か?」
「本当だ。
ラルフは一人で鼻長を狩り、背に乗る強い戦士。
我々の族長であり、アウリアリア神の化身」
「やっばしおめさ、ひがすのずんただべ」
「……両方の言葉が分かるって、やっぱ凄いな」
尊敬の意味も込めて、ゲイルを見る。
四十年以上もこの島に暮らしているからこそ、両方の言葉を覚えているのだろう。
できれば、通訳として近くに欲しい存在だ。さすがに、白い肌の一族としてここにいるわけだから、それは叶わないだろうけれど。
「ええと……さっきの女の子たちは、ゲイルの孫なのか?」
「んだべ。わすら、ひがすの一族かんらよんめごさもろて、こんに畑ば作ったべ。わすとおないに来だおんの子とわすの子の、その子だべ」
「分かりづれぇ……とりあえず、孫ってことか?」
「んだ」
分からない言葉が多すぎて、困るというのが本音である。
とりあえず日常会話が通じるだけましという感じだが、これだと通訳の通訳が必要になるくらいだ。
「づんつぁ! にぐぎったべや!」
「にぐぎった!」
「おう、ユーリ、ジュナ、にぐさ並べ。焼ぐべや」
嬉しそうに、家の入り口から入ってくる少女二人。
その手に抱えているのは、切り落としたエソン・グノルの肉だ。それに加えて、何本かの串も一緒に持ってきている。
タリアよりは肌の色が薄いけれど、やや褐色の混じったそれは、恐らく混血なのだろうと思える。船乗りとして漂流したゲイルが、この地の女性――恐らく東の獅子一族の女性と結ばれる形で、子孫を繋いだのだろう。
まだ年齢は、十歳くらいの二人だが――。
「ほいで……ひがすのずんた、ラルフ?」
「ん、あ、ああ、俺か?」
「わんざわざ、わすらに会いに来だのさ、なしてや? わすらも、ひがすの一族入れでぐれるべか?」
「えっ……い、いや、それは俺が勝手に決めるわけにいかないけど」
唐突なゲイルの質問に、思わず焦る。
東の獅子一族は、強い者を尊重する。そして、タリアは白い肌の一族を弱い戦士だと言っていた。
ラルフは純粋に、腕っ節が強いから東の獅子一族に認められたのであって、そんなラルフが勝手にゲイルたちを一族に入れるわけにもいかないだろう。
本音を言うなら、通訳として一人くらいは欲しいと思っていたけれど。
「ほか……まんだ、レドレさ許しでぐれでねだな」
「許し……?」
「わすらの誠意さ、もっど見させねべか。ラルフさ」
「うん……?」
「わすら、ひがすの一族にいりてぇべ。やんまの中さ、しばに獣来んべ。こなんだも、狼さ来て二人食われたべ」
「……」
この島は、弱肉強食。
山の中に居を構える白い肌の一族は、決して安全というわけではない。むしろ、作物を求めて害獣が来ることもあるだろうし、弱い戦士しか集まっていないというならば、人を襲う獣からすれば格好の標的だ。
だからこそ、東の獅子一族に入りたいというその気持ちは、分からないでもない。
しかし――。
「よさ思いついたべ!」
「えっ?」
「ラルフさ、よんめごさおんべか?」
「へ……? よんめご? へ?」
「東の獅子一族。
族長には今、妻である女はいるのか?」
その質問は、ラルフではなくタリアに向けて。
そして、その質問に対して、タリアはきっ、と眼光鋭くゲイルを見据えた。
「族長の妻は、この私だ!
他の女がラルフに手を出すこと、許さない!」
「それは違う。
東の獅子一族は、知らない。
彼は、海の向こうから来た。
海の向こうの集落、妻は一人じゃない。
強い戦士ほど、妻を多く持つ」
「何だと!?」
「ラルフは強い戦士。
ゆえに、多くの妻を持つ。
これは、海向こうの集落の、当たり前」
「なっ……!」
ゲイルの言葉に、目を見開くタリア。
そして止めとばかりに、ゲイルがタリアに向けて告げた。
「私の孫を、ラルフの二人目の妻にする」
「くっ……!」
当然、ラルフには何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
小屋ではあるけれど、東の獅子一族の集落にあった家よりも、頑丈な出来だ。恐らく、帝国の技術の一つなのだろうけれど、建築関係のことは全く知らないラルフにしてみれば、その違いはよく分からない。
老人が小屋の中央で火を熾し、老人と少女、ラルフとタリアによって火を囲むこととなった。
既にラルフの背中から肉を受け取った少女が、恐らく水場であろう場所へと、肉を持って向かっていくのを見守る。
「それで……あんたは、帝国の人間なのか?」
「……んだ。そげな文句聞ぐのが、たいそうぶりべや。わすは、ゲイル。生まれは帝国だべ」
「……」
激しい訛りはあるけれど、確かにそれは帝国の言葉である。
少なくとも、全く異なる言語を使っているタリアよりは、十分ラルフに聞き取ることができるものだ。
「一体、いつからこの島に?」
「もう、四十年も前だんな。わすさ船乗りだべ。おっかねぇ嵐ば遭っで、船をほいげ出されで、この島さ来だ。わすと一緒に、三人の船乗りも一緒だったべ」
「……四十年も」
「生き残っちょるのは、わすだけだべ。他の皆さ、のうなった」
「何故、四十年も? 島から出ることは、できなかったのか?」
ふむ、とラルフは眉を寄せる。
四十年も前から、ずっとこの島にいる――つまり、この島を出る手段は、四十年間見つかっていないということだ。
ラルフのように流刑に処されたわけでもないのに、この地に一族を作ったほど、この島から出ることは容易くないということだろう。
老人――ゲイルが、ラルフの言葉に首を振る。
「わすらも、島さ出られよっときばったべ。けんど、船さ出しでも、この島さ戻さる。潮の流れさ、内側ば向いどん」
「……そうか」
「そん潮さ流れば、わすら助けてくれたべ……わすらは、こんに根張るごどにしただ」
「なるほどな……帰るのは、絶望的ってことか」
はぁ、と小さく嘆息。
だが、どちらにしてもラルフは流刑に処された身だ。二度と帝国の地を踏むことはないだろう。
ならば考えるべきは、今後の動き方だ。
「けんど、わすらも聞ぎてぇことあんべさ」
「うん?」
「おめさ、ひがすの一族のずんたさなったべか?」
「……ずんた?」
ひがすの一族――恐らく、東の獅子一族のことだろう。
ずんたというのが分からないが、こちらは恐らく方言だと思う。仲間とか、そういう意味だろう。
「ひがすの一族は、強ぇべ。わすらさ四人で、犬ころの一匹倒せんだ。あいらは、ひといで狼を倒せるべ」
「あ、ああ……?」
「おめさ、ひがすのずんたになったべさ、どちゃ強ぇべ?」
「……まぁ、そういうことになるのかな」
ずんた――多分、一族の一員ということだ。
まぁ、一応長老に認められて、東の獅子一族の一員にはなったはずだ。歓迎の宴みたいなのも開かれたし。
ラルフの曖昧な返事に対して、ゲイルは不思議そうに眉を寄せて、タリアの方を向いた。
「東の獅子一族。
この男が、お前たちの族長、本当か?」
「本当だ。
ラルフは一人で鼻長を狩り、背に乗る強い戦士。
我々の族長であり、アウリアリア神の化身」
「やっばしおめさ、ひがすのずんただべ」
「……両方の言葉が分かるって、やっぱ凄いな」
尊敬の意味も込めて、ゲイルを見る。
四十年以上もこの島に暮らしているからこそ、両方の言葉を覚えているのだろう。
できれば、通訳として近くに欲しい存在だ。さすがに、白い肌の一族としてここにいるわけだから、それは叶わないだろうけれど。
「ええと……さっきの女の子たちは、ゲイルの孫なのか?」
「んだべ。わすら、ひがすの一族かんらよんめごさもろて、こんに畑ば作ったべ。わすとおないに来だおんの子とわすの子の、その子だべ」
「分かりづれぇ……とりあえず、孫ってことか?」
「んだ」
分からない言葉が多すぎて、困るというのが本音である。
とりあえず日常会話が通じるだけましという感じだが、これだと通訳の通訳が必要になるくらいだ。
「づんつぁ! にぐぎったべや!」
「にぐぎった!」
「おう、ユーリ、ジュナ、にぐさ並べ。焼ぐべや」
嬉しそうに、家の入り口から入ってくる少女二人。
その手に抱えているのは、切り落としたエソン・グノルの肉だ。それに加えて、何本かの串も一緒に持ってきている。
タリアよりは肌の色が薄いけれど、やや褐色の混じったそれは、恐らく混血なのだろうと思える。船乗りとして漂流したゲイルが、この地の女性――恐らく東の獅子一族の女性と結ばれる形で、子孫を繋いだのだろう。
まだ年齢は、十歳くらいの二人だが――。
「ほいで……ひがすのずんた、ラルフ?」
「ん、あ、ああ、俺か?」
「わんざわざ、わすらに会いに来だのさ、なしてや? わすらも、ひがすの一族入れでぐれるべか?」
「えっ……い、いや、それは俺が勝手に決めるわけにいかないけど」
唐突なゲイルの質問に、思わず焦る。
東の獅子一族は、強い者を尊重する。そして、タリアは白い肌の一族を弱い戦士だと言っていた。
ラルフは純粋に、腕っ節が強いから東の獅子一族に認められたのであって、そんなラルフが勝手にゲイルたちを一族に入れるわけにもいかないだろう。
本音を言うなら、通訳として一人くらいは欲しいと思っていたけれど。
「ほか……まんだ、レドレさ許しでぐれでねだな」
「許し……?」
「わすらの誠意さ、もっど見させねべか。ラルフさ」
「うん……?」
「わすら、ひがすの一族にいりてぇべ。やんまの中さ、しばに獣来んべ。こなんだも、狼さ来て二人食われたべ」
「……」
この島は、弱肉強食。
山の中に居を構える白い肌の一族は、決して安全というわけではない。むしろ、作物を求めて害獣が来ることもあるだろうし、弱い戦士しか集まっていないというならば、人を襲う獣からすれば格好の標的だ。
だからこそ、東の獅子一族に入りたいというその気持ちは、分からないでもない。
しかし――。
「よさ思いついたべ!」
「えっ?」
「ラルフさ、よんめごさおんべか?」
「へ……? よんめご? へ?」
「東の獅子一族。
族長には今、妻である女はいるのか?」
その質問は、ラルフではなくタリアに向けて。
そして、その質問に対して、タリアはきっ、と眼光鋭くゲイルを見据えた。
「族長の妻は、この私だ!
他の女がラルフに手を出すこと、許さない!」
「それは違う。
東の獅子一族は、知らない。
彼は、海の向こうから来た。
海の向こうの集落、妻は一人じゃない。
強い戦士ほど、妻を多く持つ」
「何だと!?」
「ラルフは強い戦士。
ゆえに、多くの妻を持つ。
これは、海向こうの集落の、当たり前」
「なっ……!」
ゲイルの言葉に、目を見開くタリア。
そして止めとばかりに、ゲイルがタリアに向けて告げた。
「私の孫を、ラルフの二人目の妻にする」
「くっ……!」
当然、ラルフには何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる