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東の獅子一族のタリア
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東の獅子一族のタリアは、目の前にいる男――ラルフが、よく分からなかった。
恐らく人間なのだと思う。だけれど自分たちと異なり、肌は白く髪も目も黒い。そして鍛えられはしているが細い体は、部族の大人に比べると全く強そうには見えない。むしろ、印象だけならばひ弱だと言っていいだろう。
だけれど、巨大な猪――エグラル・アォブに襲われ、足を折られて動けなくなったタリアを、助けてくれたのがラルフだった。部族の者に、森の奥へは入るなと厳命されていたというのに、より狩りの成果を求めてしまったタリアは、半ば死を覚悟していた。そのときに、突然空から降ってきてエグラル・アォブを仕留めたのが、ラルフだったのだ。
部族の大人が集団で掛かっても、エグラル・アォブを狩ることはできない。むしろエグラル・アォブが集落の近くに現れたならば、刺激しないように集落を移さねばならないほどの脅威だ。突進で大木を薙ぎ倒し、牙で大岩も砕くエグラル・アォブを、そもそも討伐しようと考える者すらいないのだから。
だというのに、この男はやった。
簡素な造りの石の斧で頭を叩き、エグラル・アォブを転がした先でタリアの槍を奪い取り、そのまま突き刺して仕留めたのだ。
もしもこれが、他人から聞いた話だったら、タリアは信じなかっただろう――それほどの偉業である。
ゆえにタリアは最初、ラルフも同じ化け物かと考えた。エグラル・アォブと同じく、闇に侵された存在なのかと、そう考えていた。だがラルフは、何を言っているかこそ分からなかったけれど、タリアの足を添え木で固定してくれた上に、エグラル・アォブの肉を焼いて、自分に与えてくれたのだ。
助けてもらった命は、助けられた者に命で返せ。
それが、東の獅子一族に伝わる戒めだ。
この瞬間からタリアは、己の命をラルフに捧げると決めた。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」
「ああ! そうだ!
数字、素晴らしい!」
だから、彼が言葉を覚えようとしている――それを理解して、タリアは己のできる限りにその助力となることにした。
エグラル・アォブを仕留めるほどの素晴らしい戦士が、自分たちの言葉を覚えようとしてくれている――まず、それが嬉しかった。そして、言葉さえ通じればタリアが恩を感じ、この命を捧げていることを分かってくれるだろうと、そう思った。
「数字、素晴らしい……?
言葉、何?」
言葉、何、はタリアが最初に教えた言葉だ。
分からない言葉は、ドロゥ・タフゥと聞けば教える、と。
とはいえ、タリアも言葉が分からない人間に教えたことなどないから、なかなか意思疎通が難しかった。
「数字……アー……一、二、三……」
「あー、******? ********?」
「素晴らしい……とても凄い。褒める。オーケー?」
「……********」
そんな繰り返しで、タリアはラルフにゆっくりと言葉を教えていった。一つ一つ丁寧に、ラルフに分かるように、言葉を選びながら。
さすがに部族の言葉を一日で覚えることはできないだろうけれど、少しでも話すことができるようになれば、恩人でありエグラル・アォブを倒した戦士として、部族の集落で紹介できるだろう、とも思っている。
ラルフほど優れた戦士が部族の一員になってくれるならば、エグラル・アォブに怯えなくてもいい。他のクラッドに侵された獣――エリフ・ドラジルやエソン・グノルといった恐ろしい獣たちとも、立ち向かえるようになるかもしれない。
「あー……タリア……子供、大人、たくさん?」
「子供、大人、たくさん……部族? 家族?」
「部族……? ************……部族**。タリア、部族、何?」
「部族? 東の獅子一族。子供多い」
「東の、獅子……? **********? 子供*大勢***……部族、大人、たくさん?」
「いや。大人少ない。十四人。私は大人だ」
「********」
タリアの表情に、暗い影が落ちる。
それは、つい最近――集落へ襲いかかってきた十数匹の狼によって、甚大な被害が大人たちに出たからだ。
五十人ほどいた大人のうち、三十人以上が狼の牙によって犠牲になった。それを率いていたのが知恵ある狼――エシゥ・フロゥだった。人間が寝静まる夜に、十数匹で一斉に集落へと襲いかかって、残虐の限りを尽くした。
タリアは外へと狩りに出かけており、その被害に遭わずに済んだけれど――。
「大人、少ない?」
「たくさんの狼が、部族に来た。たくさんの大人が、狼に殺された」
「殺した……ブシュッ、ギャー?」
「そうだ……」
ラルフが、自分の首を切る真似をする。
その動きに、タリアは目を伏せて頷いた。集落の近くにエシゥ・フロゥの率いる狼の群れがいると知っていれば、夜でも火を絶やすことなく過ごしていたというのに。
いや。
もしもそのとき、ラルフも一緒にいてくれていれば――。
その次の瞬間――タリアは、その耳に狼の唸り声を聞いた。
「――ッ!!」
「……?」
「狼!! たくさん!」
「狼、たくさん……? *********」
落ち着いた声で、ゆっくり立ち上がるラルフ。
しかし同時に、タリアはそんな狼の群れ――その中に、一際大きな白い毛の狼を見た。
あれは、知恵ある狼。
タリアの集落を、壊滅に導いた狼――。
「ラ、ラルフ……! エシゥ・フロゥ! エシゥ・フロゥ!」
「タリア。俺、狼、たくさん、殺す」
「ラルフ!」
自分を置いて逃げてくれと、そう伝えたかった。
だけれど、何を言えばそれが伝わってくれるのか、それが分からなかった。
命を救ってくれた恩人――その命が、エシゥ・フロゥによって蹂躙されるのを、見届けることしかできないなんて。そう、タリアの心を無力感が支配した。
だけれど。
「エ……?」
圧倒的な、強さだった。
素早く、並の戦士では攻撃を当てることもできない狼――フロゥに対して、ラルフはまるで動く先が分かっているかのように、的確に槍を当てていく。左右両方の槍が、まるで自在に動いているかのように、吸い込まれるように狼に刺さっていくのだ。
それでいて、狼の爪も牙も、ラルフには一つも届かない。十数匹の狼に襲われて、こんな風に戦える人間などいるはずがないのに。
「うらぁっ!!」
そして、最後に一回り巨大な狼――エシゥ・フロゥへの攻撃も、ラルフは一撃で仕留めた。
先日、エシゥ・フロゥに部族の大人がいくら攻撃を仕掛けても、一つも当たらなかったというのに。
エグラル・アォブに続いて、エシゥ・フロゥすらもあっさりと沈める武勇。
それでいて、その強さを誇るでもなく、小さく嘆息して座り込む姿。
「ラルフ……」
「オウ?」
それは、部族の伝承に残る戦いの神――アウリアリアを彷彿とさせ。
ついタリアから、こんな言葉が出た。
「ラルフ……あなたはアウリアリア神……?」
「……?」
伝承に聞く、無双の英雄にして戦いの神アウリアリア。
ラルフは、そんな神――アウリアリアの化身ではないか、と。
恐らく人間なのだと思う。だけれど自分たちと異なり、肌は白く髪も目も黒い。そして鍛えられはしているが細い体は、部族の大人に比べると全く強そうには見えない。むしろ、印象だけならばひ弱だと言っていいだろう。
だけれど、巨大な猪――エグラル・アォブに襲われ、足を折られて動けなくなったタリアを、助けてくれたのがラルフだった。部族の者に、森の奥へは入るなと厳命されていたというのに、より狩りの成果を求めてしまったタリアは、半ば死を覚悟していた。そのときに、突然空から降ってきてエグラル・アォブを仕留めたのが、ラルフだったのだ。
部族の大人が集団で掛かっても、エグラル・アォブを狩ることはできない。むしろエグラル・アォブが集落の近くに現れたならば、刺激しないように集落を移さねばならないほどの脅威だ。突進で大木を薙ぎ倒し、牙で大岩も砕くエグラル・アォブを、そもそも討伐しようと考える者すらいないのだから。
だというのに、この男はやった。
簡素な造りの石の斧で頭を叩き、エグラル・アォブを転がした先でタリアの槍を奪い取り、そのまま突き刺して仕留めたのだ。
もしもこれが、他人から聞いた話だったら、タリアは信じなかっただろう――それほどの偉業である。
ゆえにタリアは最初、ラルフも同じ化け物かと考えた。エグラル・アォブと同じく、闇に侵された存在なのかと、そう考えていた。だがラルフは、何を言っているかこそ分からなかったけれど、タリアの足を添え木で固定してくれた上に、エグラル・アォブの肉を焼いて、自分に与えてくれたのだ。
助けてもらった命は、助けられた者に命で返せ。
それが、東の獅子一族に伝わる戒めだ。
この瞬間からタリアは、己の命をラルフに捧げると決めた。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」
「ああ! そうだ!
数字、素晴らしい!」
だから、彼が言葉を覚えようとしている――それを理解して、タリアは己のできる限りにその助力となることにした。
エグラル・アォブを仕留めるほどの素晴らしい戦士が、自分たちの言葉を覚えようとしてくれている――まず、それが嬉しかった。そして、言葉さえ通じればタリアが恩を感じ、この命を捧げていることを分かってくれるだろうと、そう思った。
「数字、素晴らしい……?
言葉、何?」
言葉、何、はタリアが最初に教えた言葉だ。
分からない言葉は、ドロゥ・タフゥと聞けば教える、と。
とはいえ、タリアも言葉が分からない人間に教えたことなどないから、なかなか意思疎通が難しかった。
「数字……アー……一、二、三……」
「あー、******? ********?」
「素晴らしい……とても凄い。褒める。オーケー?」
「……********」
そんな繰り返しで、タリアはラルフにゆっくりと言葉を教えていった。一つ一つ丁寧に、ラルフに分かるように、言葉を選びながら。
さすがに部族の言葉を一日で覚えることはできないだろうけれど、少しでも話すことができるようになれば、恩人でありエグラル・アォブを倒した戦士として、部族の集落で紹介できるだろう、とも思っている。
ラルフほど優れた戦士が部族の一員になってくれるならば、エグラル・アォブに怯えなくてもいい。他のクラッドに侵された獣――エリフ・ドラジルやエソン・グノルといった恐ろしい獣たちとも、立ち向かえるようになるかもしれない。
「あー……タリア……子供、大人、たくさん?」
「子供、大人、たくさん……部族? 家族?」
「部族……? ************……部族**。タリア、部族、何?」
「部族? 東の獅子一族。子供多い」
「東の、獅子……? **********? 子供*大勢***……部族、大人、たくさん?」
「いや。大人少ない。十四人。私は大人だ」
「********」
タリアの表情に、暗い影が落ちる。
それは、つい最近――集落へ襲いかかってきた十数匹の狼によって、甚大な被害が大人たちに出たからだ。
五十人ほどいた大人のうち、三十人以上が狼の牙によって犠牲になった。それを率いていたのが知恵ある狼――エシゥ・フロゥだった。人間が寝静まる夜に、十数匹で一斉に集落へと襲いかかって、残虐の限りを尽くした。
タリアは外へと狩りに出かけており、その被害に遭わずに済んだけれど――。
「大人、少ない?」
「たくさんの狼が、部族に来た。たくさんの大人が、狼に殺された」
「殺した……ブシュッ、ギャー?」
「そうだ……」
ラルフが、自分の首を切る真似をする。
その動きに、タリアは目を伏せて頷いた。集落の近くにエシゥ・フロゥの率いる狼の群れがいると知っていれば、夜でも火を絶やすことなく過ごしていたというのに。
いや。
もしもそのとき、ラルフも一緒にいてくれていれば――。
その次の瞬間――タリアは、その耳に狼の唸り声を聞いた。
「――ッ!!」
「……?」
「狼!! たくさん!」
「狼、たくさん……? *********」
落ち着いた声で、ゆっくり立ち上がるラルフ。
しかし同時に、タリアはそんな狼の群れ――その中に、一際大きな白い毛の狼を見た。
あれは、知恵ある狼。
タリアの集落を、壊滅に導いた狼――。
「ラ、ラルフ……! エシゥ・フロゥ! エシゥ・フロゥ!」
「タリア。俺、狼、たくさん、殺す」
「ラルフ!」
自分を置いて逃げてくれと、そう伝えたかった。
だけれど、何を言えばそれが伝わってくれるのか、それが分からなかった。
命を救ってくれた恩人――その命が、エシゥ・フロゥによって蹂躙されるのを、見届けることしかできないなんて。そう、タリアの心を無力感が支配した。
だけれど。
「エ……?」
圧倒的な、強さだった。
素早く、並の戦士では攻撃を当てることもできない狼――フロゥに対して、ラルフはまるで動く先が分かっているかのように、的確に槍を当てていく。左右両方の槍が、まるで自在に動いているかのように、吸い込まれるように狼に刺さっていくのだ。
それでいて、狼の爪も牙も、ラルフには一つも届かない。十数匹の狼に襲われて、こんな風に戦える人間などいるはずがないのに。
「うらぁっ!!」
そして、最後に一回り巨大な狼――エシゥ・フロゥへの攻撃も、ラルフは一撃で仕留めた。
先日、エシゥ・フロゥに部族の大人がいくら攻撃を仕掛けても、一つも当たらなかったというのに。
エグラル・アォブに続いて、エシゥ・フロゥすらもあっさりと沈める武勇。
それでいて、その強さを誇るでもなく、小さく嘆息して座り込む姿。
「ラルフ……」
「オウ?」
それは、部族の伝承に残る戦いの神――アウリアリアを彷彿とさせ。
ついタリアから、こんな言葉が出た。
「ラルフ……あなたはアウリアリア神……?」
「……?」
伝承に聞く、無双の英雄にして戦いの神アウリアリア。
ラルフは、そんな神――アウリアリアの化身ではないか、と。
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