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決められた流刑
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流刑。
それは小舟に僅かな食料と水と共に乗せられ、そのまま海へ放たれる刑である。
当然、小舟を操舵するような櫂なども乗せられておらず、小舟にはただ小さな帆が立てられているだけだ。幸運があれば島へ流れ着く可能性はあるけれど、今まで流刑を受けた者は大抵が船の飢えで餓死するか、船が転覆して死ぬかのどちらかだ。
潮の流れによって、再び帝国には戻らない場所――そこから、出発させられるため、どのような奇跡が起ころうとも、咎人は二度と帝国の土を踏むことはできない。
ラルフに対して、帝国の法においても最大級に重いそんな刑罰が、目の前で決定された。
拘束衣によって全身を固定され、口を塞がれて言葉も発することができないラルフに、その決定に対する異議は発言できない。
ただ、『帝国の黒い悪魔』と称された要因の一つ――黒く昏い目を閉じることだけが、その決定に対してラルフのできた全てだった。
「過去の歴史を見ても、被告人の所業はあまりにも非道に過ぎる。一人で何百人もの命を奪い、あまつさえその所業をひけらかすような真似をしている。被告人に反省の色は全くないと言っていいだろう」
「……」
戦争が終わり、訪れた平和。
誰もが戦争の終わりを喜び、平和の訪れに感謝し、未来に胸を膨らませていた。これからは、敵兵の襲撃に怯えなくてもいい。これからは、血生臭い戦争の話を聞かなくてもいい。誰もが、そう平和を享受していた。
そんな中で、帝国がまず行ったこと。
それが――ラルフを被告人とした『民間人の大量虐殺』という罪状のもとに開廷された、裁判だった。
「ワルード王国の民は、我が国の庇護下に置かれる予定だった。被告人は敵国の人間だと思い込んでいたのかもしれないが、そこに情状酌量の余地はない。我が国が庇護するべき対象だった無辜の民を、己の欲求のままに虐殺した、その罪は重い」
「……」
裁判官の言葉に、ラルフは目を細める。
ワルード王国は、帝国が大陸全土を支配下に置く直前――最後まで抵抗していた小国だ。何度も重ねてきた協議が実を結ぶことなく、最後の戦だと先頭で出陣したのがラルフだった。
最後の戦い、お前の強さを見せてやれ、と騎士団長からも檄を受け、ラルフは千人を下回るほどしか用意できなかったワルード王国の兵士たちへと、突撃した。何故か後から追ってくる味方はいなかったものの、数百人の命を刈った頃にようやく、兵士たちが降伏を訴えてきたのだ。
これで戦争が終わる――ラルフは、そう考えていた。
まさか、それを理由に裁判が始まるなんて、考えもしなかった。
「既に我が国とワルード王国の間では、王国側の降伏という形で和議が成り立っていた。そのため、ワルード王国から降伏の印として、兵を帝都に送ると連絡があった。それを、軍中に知らなかった者はいない。騎士団長からの報告によれば、諫めたが、戦いに狂った被告人が先走って虐殺を始めたとのことだ」
「……」
道理で、手応えがないとは思っていた。
何人の首を刈っても混乱するばかりで、全く抵抗してこない兵士たちのことを、奇妙だとは思っていた。
だけれど、その実。
彼らはラルフに無実の罪を着せるために用意された生贄であり、ラルフは騎士団長の掌の上で踊っていただけだった。
兵士として先頭で戦い、帝国で尽くして十五年。
ラルフに与えられたのは賞賛でも栄光でもなく、死刑に近い重罰。
絶望に心が翳り、怒りに心が黒く塗り潰される。
「戦争が終わったにも関わらず、戦いの中にしか生きることのできない者は、今後の帝国の平和を築くにおいて、何の価値もない。むしろ、市井に暮らす人々の恐怖の対象となるだろう。ゆえに、重ねて告げる」
「……」
「被告、姓なきラルフを、終身流刑に処す」
かんっ、と木槌が鳴らされる。
ただ歪んだ事実と勝手な偏見、そして偽の証言だけで構成された裁判。それが今この瞬間に、閉廷した。
最初からラルフが喋ることができないように口を塞がれ、弁護に入る者も誰もいない、そんな茶番だ。
だけれど――そんな茶番でも、流刑が決定したことには変わりない。
拘束衣を着せられ、口を塞がれたラルフが、縛り付けられている専用の台――それが押されると共に、ラルフは法廷から外に出される。
このように拘束されているのも、昨夜騎士団長から祝いだと言われて、死ぬほど飲まされた酒のせいだ。気付いたら全身を拘束され、口を塞がれていた。
最早、戦争でしか役に立たない『帝国の黒い悪魔』は、帝国にとって必要ないということ。それを理解して、既に処分が決定されていると分かった時点で、ラルフは抵抗することをやめた。
本当だったら、スラム街で野垂れ死んでいたはずのラルフだ。
今まで生きてこられただけでも奇跡だ、と。
だけれど。
法廷から退出するラルフを、誰もが嘲笑うような目で見ていた。
小綺麗な服に身を包んだ貴族が、汚いものでも見るかのように。
正装に身を包んだ騎士団長が、養豚場の豚を見るように。
一度だけ謁見したことのある国王が、高い位置から虫けらでも見るように。
そんな彼らの眼差しに――無性に、腹が立った。
お前たちのために、最前線で命を削って戦い続けてきたのに、と。
「……」
今から、ラルフは流刑に処される。
二度と帝国の土を踏んではならぬと、小舟に乗って海を渡ることになる。潮の流れによって、再び帝国の地へと小舟が渡ることはないだろう。
だがもしも、もう一度、ラルフが帝国に戻ることができたら。
『帝国の黒い悪魔』は、今度は帝国に牙を剥いてやる――そう、誓った。
それは小舟に僅かな食料と水と共に乗せられ、そのまま海へ放たれる刑である。
当然、小舟を操舵するような櫂なども乗せられておらず、小舟にはただ小さな帆が立てられているだけだ。幸運があれば島へ流れ着く可能性はあるけれど、今まで流刑を受けた者は大抵が船の飢えで餓死するか、船が転覆して死ぬかのどちらかだ。
潮の流れによって、再び帝国には戻らない場所――そこから、出発させられるため、どのような奇跡が起ころうとも、咎人は二度と帝国の土を踏むことはできない。
ラルフに対して、帝国の法においても最大級に重いそんな刑罰が、目の前で決定された。
拘束衣によって全身を固定され、口を塞がれて言葉も発することができないラルフに、その決定に対する異議は発言できない。
ただ、『帝国の黒い悪魔』と称された要因の一つ――黒く昏い目を閉じることだけが、その決定に対してラルフのできた全てだった。
「過去の歴史を見ても、被告人の所業はあまりにも非道に過ぎる。一人で何百人もの命を奪い、あまつさえその所業をひけらかすような真似をしている。被告人に反省の色は全くないと言っていいだろう」
「……」
戦争が終わり、訪れた平和。
誰もが戦争の終わりを喜び、平和の訪れに感謝し、未来に胸を膨らませていた。これからは、敵兵の襲撃に怯えなくてもいい。これからは、血生臭い戦争の話を聞かなくてもいい。誰もが、そう平和を享受していた。
そんな中で、帝国がまず行ったこと。
それが――ラルフを被告人とした『民間人の大量虐殺』という罪状のもとに開廷された、裁判だった。
「ワルード王国の民は、我が国の庇護下に置かれる予定だった。被告人は敵国の人間だと思い込んでいたのかもしれないが、そこに情状酌量の余地はない。我が国が庇護するべき対象だった無辜の民を、己の欲求のままに虐殺した、その罪は重い」
「……」
裁判官の言葉に、ラルフは目を細める。
ワルード王国は、帝国が大陸全土を支配下に置く直前――最後まで抵抗していた小国だ。何度も重ねてきた協議が実を結ぶことなく、最後の戦だと先頭で出陣したのがラルフだった。
最後の戦い、お前の強さを見せてやれ、と騎士団長からも檄を受け、ラルフは千人を下回るほどしか用意できなかったワルード王国の兵士たちへと、突撃した。何故か後から追ってくる味方はいなかったものの、数百人の命を刈った頃にようやく、兵士たちが降伏を訴えてきたのだ。
これで戦争が終わる――ラルフは、そう考えていた。
まさか、それを理由に裁判が始まるなんて、考えもしなかった。
「既に我が国とワルード王国の間では、王国側の降伏という形で和議が成り立っていた。そのため、ワルード王国から降伏の印として、兵を帝都に送ると連絡があった。それを、軍中に知らなかった者はいない。騎士団長からの報告によれば、諫めたが、戦いに狂った被告人が先走って虐殺を始めたとのことだ」
「……」
道理で、手応えがないとは思っていた。
何人の首を刈っても混乱するばかりで、全く抵抗してこない兵士たちのことを、奇妙だとは思っていた。
だけれど、その実。
彼らはラルフに無実の罪を着せるために用意された生贄であり、ラルフは騎士団長の掌の上で踊っていただけだった。
兵士として先頭で戦い、帝国で尽くして十五年。
ラルフに与えられたのは賞賛でも栄光でもなく、死刑に近い重罰。
絶望に心が翳り、怒りに心が黒く塗り潰される。
「戦争が終わったにも関わらず、戦いの中にしか生きることのできない者は、今後の帝国の平和を築くにおいて、何の価値もない。むしろ、市井に暮らす人々の恐怖の対象となるだろう。ゆえに、重ねて告げる」
「……」
「被告、姓なきラルフを、終身流刑に処す」
かんっ、と木槌が鳴らされる。
ただ歪んだ事実と勝手な偏見、そして偽の証言だけで構成された裁判。それが今この瞬間に、閉廷した。
最初からラルフが喋ることができないように口を塞がれ、弁護に入る者も誰もいない、そんな茶番だ。
だけれど――そんな茶番でも、流刑が決定したことには変わりない。
拘束衣を着せられ、口を塞がれたラルフが、縛り付けられている専用の台――それが押されると共に、ラルフは法廷から外に出される。
このように拘束されているのも、昨夜騎士団長から祝いだと言われて、死ぬほど飲まされた酒のせいだ。気付いたら全身を拘束され、口を塞がれていた。
最早、戦争でしか役に立たない『帝国の黒い悪魔』は、帝国にとって必要ないということ。それを理解して、既に処分が決定されていると分かった時点で、ラルフは抵抗することをやめた。
本当だったら、スラム街で野垂れ死んでいたはずのラルフだ。
今まで生きてこられただけでも奇跡だ、と。
だけれど。
法廷から退出するラルフを、誰もが嘲笑うような目で見ていた。
小綺麗な服に身を包んだ貴族が、汚いものでも見るかのように。
正装に身を包んだ騎士団長が、養豚場の豚を見るように。
一度だけ謁見したことのある国王が、高い位置から虫けらでも見るように。
そんな彼らの眼差しに――無性に、腹が立った。
お前たちのために、最前線で命を削って戦い続けてきたのに、と。
「……」
今から、ラルフは流刑に処される。
二度と帝国の土を踏んではならぬと、小舟に乗って海を渡ることになる。潮の流れによって、再び帝国の地へと小舟が渡ることはないだろう。
だがもしも、もう一度、ラルフが帝国に戻ることができたら。
『帝国の黒い悪魔』は、今度は帝国に牙を剥いてやる――そう、誓った。
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