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ウルスラ王国との決戦に向けて
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ウルスラ王国に対する侵攻戦は、今までのように複雑なものではない。
そもそもウルスラ王国自体、ガーランド帝国と接している非常に近い国だ。そして、ウルスラ王国に王都に至るまで、さしたる障害はない。
ならば何故、今まで本格的に開戦することができなかったのか。
それは一応、政治的な理由が背景にある。
「よろしくお願いします、ギルフォード将軍」
「……いや、まぁ将軍代理なんだが」
「どういうことでしょうか?」
「……気にしないでくれ。こっちの事情だ」
俺に向けてそう頭を下げてきたのは、俺よりも大柄な若い男だった。
パットン・ヘンメル。
ユーリア王国第一騎士団長にして、『ユーリア機動兵団』と呼ばれる戦車部隊を率いている男だ。もっとも、若いといっても俺よりは年上で、多分四十前といったところだろう。一つの国で最高位にいる軍人にしては若いな、というだけである。
あと、この男――パットンが呼んだように、俺は昇進した。
昇進といっても、正式に将軍に任じられたわけではなく、あくまで空位だった第五師団の師団長代理を任されているだけだ。そしてガーランド帝国では師団長位がそのまま将軍位であるため、俺は現状『将軍代理』という立場なのである。
デュラン総将軍からは「正式に将軍位に認定してもいいが」と言われたが、丁重に辞しておいた。どっちにしろ、この戦争が終わったら除隊する俺だし、将軍代理の立場すら面倒くさいほどである。
ちなみに、ちょっとマティルダ師団長にワガママを言って、『切り込み隊』だけは第三師団から全部連れてきている。
その代わりに、俺が一時第五師団に助力に行ったときの『切り込み隊』隊長、ドルガー君が代わりに第三師団『切り込み隊』に入った。
「今回の戦いは、ガーランド帝国と協働するよう陛下より承っております」
「ああ、こっちもだ。よろしく頼む」
そして今回の戦いはパットンが言ってきたように、ガーランド帝国とユーリア王国の共同作戦だ。
今までウルスラ王国を攻めることができなかったのは、純粋に他の国との関係性も悪く、何よりウルスラ王国と事を構えるとなれば、同盟国であるフェンリー法国が動いたからだ。そのため今までは、多少の諍い程度でおさまっていたのだが。
今回、ウルスラ王国と同時に、フェンリー法国にも兵を送り込んでいる。
「はぁ……ったく、貧乏籤だ」
「……どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。今後の作戦は、うちの副官と話し合ってほしい。レイン、よろしく頼むぞ」
「承知いたしました」
一緒にやって来ていたレインに、あとは任せることにする。
今回、ウルスラ王国へ攻め込んでいる部隊は、ガーランド帝国からは第五師団だけだ。それも『切り込み隊』以外は、メイルード王国を陥落されたときとほぼ同じ面子である。貴族のぼんぼんばかりで構成された、こう言っては何だがお荷物部隊である。
そしてフェンリー法国の方には、現在ライオス帝国との国境を守る部隊、そして俺の率いる第五師団以外の全軍が出張っている。この戦力の差なんなん。ちなみに、俺の古巣第三師団もフェンリー法国側だ。
端的に数を説明すると、ウルスラ王国の兵力はおよそ三万。そして第五師団は五千という人数であり、ユーリア王国の『ユーリア機動兵団』は二千である。
比べ、フェンリー法国は兵力同じく三万に対して、ガーランドから六師団が出張っているため三万五千ほどの数だ。
上層部は計算もできねぇのか、と思った俺は多分悪くない。
「はー……」
まぁ、作戦立案は全部レイン任せだ。俺の仕事は、最前線で暴れるだけだし。
さっさと戻って愚痴でも言いながら、連中と酒でも飲むか――そう思いながら、俺は『切り込み隊』の野営地まで急いだ。
「まさか逃げるとは思いませんでしたが」
「逃げたわけじゃねぇよ」
夜。
さっさと戻って『切り込み隊』の連中と酒を飲んでいた俺に対して、ジト目でそう言ってきたのはレインだった。
俺は将軍代理権限を存分に使って、『騎馬隊』と『戦車隊』に支給されるワインを全て没収し、全部『切り込み隊』に支給した。『騎馬隊』と『戦車隊』は貴族のぼんぼんばかりで、実戦ではろくに役に立たない連中である。そんな奴らに与える酒はないのだ。
そこ、職権濫用とか言わない。
「まさか、気付いたらいなくなっているとは思いませんでした」
「仕方ねぇだろ。頭脳労働はお前が専門だ」
「そういう話ではありません。現状、将軍である隊長が作戦について頭に入れておくのは当然のことです」
「だったら、お前の方から説明してくれ。そっちの方が分かりやすいし」
「……」
むぅ、とレインが眉を寄せる。
でも実際、俺が同席したところで何も言わないし、ただ冗長な話を聞くだけだ。だったら最初から、レインに要約して伝えてもらえればそれでいい。
レインが大きく溜息を吐いて、「まぁ、隊長はそういう人ですからね……」と諦めたように呟いた。
「まず……ユーリア王国の『ユーリア機動兵団』ですが」
「ああ」
「先鋒は、彼らに譲ることになりました。今後敵軍と会敵するであろう、この先にあるメリンダ平野での決戦において、我々は二番手となります」
「ほう」
珍しいこともあるもんだ、と眉を上げる。
大体こういうとき、俺たちが先頭を駆けて先陣を切り拓くのが通例なんだが。
「だが、『ユーリア機動兵団』って二千人しかいねぇんだろ? そんな少ない数で先頭を任せて、大丈夫なのか?」
「千人の『切り込み隊』で常に先頭を走っている隊長に言われたくないと思いますが」
「……」
まぁ、それもそうだ。
「『ユーリア機動兵団』は、ユーリア王国でも三千人しかいないエリート集団です。というか、ユーリア王国が持っている兵力は、『ユーリア機動兵団』だけなんですよ」
「ほう」
「それで今まで、関係の悪かったウルスラ王国と並んで戦えていたんです。戦闘力はお墨付きですよ」
「なるほど。なんか、戦車部隊って聞いたが」
「いえ、違います」
あれ、俺は噂で戦車部隊って聞いたことがあったんだけど。
レインはそんな俺の言葉に、首を振って。
「『ユーリア機動兵団』は、一人一人が重装鎧に身を纏った、超重装部隊です」
「……」
「矢も通さず、剣も弾く鋼の重装鎧に身を包んだ兵団ですからね……確かにまぁ、敵からすれば戦車が突っ込んでくるような感じでしょうか」
「あー……」
なるほど、と頷く。
そして同時に、少しだけ思った。
今回は楽できそうだわ。
そもそもウルスラ王国自体、ガーランド帝国と接している非常に近い国だ。そして、ウルスラ王国に王都に至るまで、さしたる障害はない。
ならば何故、今まで本格的に開戦することができなかったのか。
それは一応、政治的な理由が背景にある。
「よろしくお願いします、ギルフォード将軍」
「……いや、まぁ将軍代理なんだが」
「どういうことでしょうか?」
「……気にしないでくれ。こっちの事情だ」
俺に向けてそう頭を下げてきたのは、俺よりも大柄な若い男だった。
パットン・ヘンメル。
ユーリア王国第一騎士団長にして、『ユーリア機動兵団』と呼ばれる戦車部隊を率いている男だ。もっとも、若いといっても俺よりは年上で、多分四十前といったところだろう。一つの国で最高位にいる軍人にしては若いな、というだけである。
あと、この男――パットンが呼んだように、俺は昇進した。
昇進といっても、正式に将軍に任じられたわけではなく、あくまで空位だった第五師団の師団長代理を任されているだけだ。そしてガーランド帝国では師団長位がそのまま将軍位であるため、俺は現状『将軍代理』という立場なのである。
デュラン総将軍からは「正式に将軍位に認定してもいいが」と言われたが、丁重に辞しておいた。どっちにしろ、この戦争が終わったら除隊する俺だし、将軍代理の立場すら面倒くさいほどである。
ちなみに、ちょっとマティルダ師団長にワガママを言って、『切り込み隊』だけは第三師団から全部連れてきている。
その代わりに、俺が一時第五師団に助力に行ったときの『切り込み隊』隊長、ドルガー君が代わりに第三師団『切り込み隊』に入った。
「今回の戦いは、ガーランド帝国と協働するよう陛下より承っております」
「ああ、こっちもだ。よろしく頼む」
そして今回の戦いはパットンが言ってきたように、ガーランド帝国とユーリア王国の共同作戦だ。
今までウルスラ王国を攻めることができなかったのは、純粋に他の国との関係性も悪く、何よりウルスラ王国と事を構えるとなれば、同盟国であるフェンリー法国が動いたからだ。そのため今までは、多少の諍い程度でおさまっていたのだが。
今回、ウルスラ王国と同時に、フェンリー法国にも兵を送り込んでいる。
「はぁ……ったく、貧乏籤だ」
「……どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。今後の作戦は、うちの副官と話し合ってほしい。レイン、よろしく頼むぞ」
「承知いたしました」
一緒にやって来ていたレインに、あとは任せることにする。
今回、ウルスラ王国へ攻め込んでいる部隊は、ガーランド帝国からは第五師団だけだ。それも『切り込み隊』以外は、メイルード王国を陥落されたときとほぼ同じ面子である。貴族のぼんぼんばかりで構成された、こう言っては何だがお荷物部隊である。
そしてフェンリー法国の方には、現在ライオス帝国との国境を守る部隊、そして俺の率いる第五師団以外の全軍が出張っている。この戦力の差なんなん。ちなみに、俺の古巣第三師団もフェンリー法国側だ。
端的に数を説明すると、ウルスラ王国の兵力はおよそ三万。そして第五師団は五千という人数であり、ユーリア王国の『ユーリア機動兵団』は二千である。
比べ、フェンリー法国は兵力同じく三万に対して、ガーランドから六師団が出張っているため三万五千ほどの数だ。
上層部は計算もできねぇのか、と思った俺は多分悪くない。
「はー……」
まぁ、作戦立案は全部レイン任せだ。俺の仕事は、最前線で暴れるだけだし。
さっさと戻って愚痴でも言いながら、連中と酒でも飲むか――そう思いながら、俺は『切り込み隊』の野営地まで急いだ。
「まさか逃げるとは思いませんでしたが」
「逃げたわけじゃねぇよ」
夜。
さっさと戻って『切り込み隊』の連中と酒を飲んでいた俺に対して、ジト目でそう言ってきたのはレインだった。
俺は将軍代理権限を存分に使って、『騎馬隊』と『戦車隊』に支給されるワインを全て没収し、全部『切り込み隊』に支給した。『騎馬隊』と『戦車隊』は貴族のぼんぼんばかりで、実戦ではろくに役に立たない連中である。そんな奴らに与える酒はないのだ。
そこ、職権濫用とか言わない。
「まさか、気付いたらいなくなっているとは思いませんでした」
「仕方ねぇだろ。頭脳労働はお前が専門だ」
「そういう話ではありません。現状、将軍である隊長が作戦について頭に入れておくのは当然のことです」
「だったら、お前の方から説明してくれ。そっちの方が分かりやすいし」
「……」
むぅ、とレインが眉を寄せる。
でも実際、俺が同席したところで何も言わないし、ただ冗長な話を聞くだけだ。だったら最初から、レインに要約して伝えてもらえればそれでいい。
レインが大きく溜息を吐いて、「まぁ、隊長はそういう人ですからね……」と諦めたように呟いた。
「まず……ユーリア王国の『ユーリア機動兵団』ですが」
「ああ」
「先鋒は、彼らに譲ることになりました。今後敵軍と会敵するであろう、この先にあるメリンダ平野での決戦において、我々は二番手となります」
「ほう」
珍しいこともあるもんだ、と眉を上げる。
大体こういうとき、俺たちが先頭を駆けて先陣を切り拓くのが通例なんだが。
「だが、『ユーリア機動兵団』って二千人しかいねぇんだろ? そんな少ない数で先頭を任せて、大丈夫なのか?」
「千人の『切り込み隊』で常に先頭を走っている隊長に言われたくないと思いますが」
「……」
まぁ、それもそうだ。
「『ユーリア機動兵団』は、ユーリア王国でも三千人しかいないエリート集団です。というか、ユーリア王国が持っている兵力は、『ユーリア機動兵団』だけなんですよ」
「ほう」
「それで今まで、関係の悪かったウルスラ王国と並んで戦えていたんです。戦闘力はお墨付きですよ」
「なるほど。なんか、戦車部隊って聞いたが」
「いえ、違います」
あれ、俺は噂で戦車部隊って聞いたことがあったんだけど。
レインはそんな俺の言葉に、首を振って。
「『ユーリア機動兵団』は、一人一人が重装鎧に身を纏った、超重装部隊です」
「……」
「矢も通さず、剣も弾く鋼の重装鎧に身を包んだ兵団ですからね……確かにまぁ、敵からすれば戦車が突っ込んでくるような感じでしょうか」
「あー……」
なるほど、と頷く。
そして同時に、少しだけ思った。
今回は楽できそうだわ。
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