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村への一時帰還

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 丸一日以上を俺は走り続け、どうにかヘチーキ村へと辿り着いた。

 とはいえ俺も、総将軍に「三日後にウルスラ王国を攻める」と伝えられて、何もしなかったわけではない。とりあえず俺の率いる『切り込み隊』の面々に伝えると共に、レインに今後の計画を立てるように伝えている。
 まぁ、分かりやすく言うとレインに丸投げなのだが。
 だって俺の仕事は、最前線で斧槍を振るうことだと思ってるし。

 そういうわけで総将軍から伝達を受け、その情報をレインに伝えると共に、俺はヘチーキ村へと向けて走った。
 たった三日の休暇だが、それでも一分一秒でも多く会いたかったのだ。だって、春になるちょっと前から今の今まで、全く会えてないんだから。
 夏には帰れると思って、今回は文も出していなかったし。

「ただいまっ!」

「あら……お帰り、ギル」

 先触れもない、そんな俺の唐突な帰還を。
 当然のように受け入れてくれているジュリアが、微笑んで待ってくれていた。
 今日は特に何もしていないらしく、椅子に座って本を読んでいたようだ。どうしてジュリアってば、本を読むだけで絵になるんだろう。このジュリアの絵姿を誰か描いてくれるのなら、俺は多分戦場に持っていくと思う。
 ぱたん、とジュリアが本を閉じて立ち上がる。

「今回は、早かったのね?」

「ああ。特例で三日休暇を貰ってな。今夜には、また帝都に戻らないといけないけど」

「……そんなに無理して帰ってこなくても」

「俺がただ、ジュリアに会いたかっただけなんだよ」

 心から、そう思っている。
 そんな俺の言葉に、ジュリアははにかんだような笑みを浮かべた。少し照れの混じっているこんな反応は、帝都にある色街の女どもではとても出せない可愛らしさだ。
 どこぞの副官にも、これくらいの可愛らしさを持ってほしいと思う。

「それで、調子はどうだ?」

「うん。春先は少ししんどかったけど……今は、だいぶ落ち着いてるわ」

「しんどいときに、近くにいてやれなくてすまん」

「仕方ないわ。仕事だもの」

 そう、力なく微笑むジュリア。
 その腹の中にいるのは、俺の子供だ。まだ目立つほど膨らんでいるわけではないけれど、よく見れば少しだけ出ているのが分かる。
 そして、産前の女性というのは、基本的につわりに苦しむものだ。ジュリアとて、それは例外ではないだろう。それこそ、食べ物にすら苦労するという話を聞いたことがある。

「ちゃんと、メシは食ってたか?」

「つわりのときは、あんまり食欲がなかったんだけど……ギルのお母様が、色々食べやすいものを作ってくださったの。だから、なんとか食べることができたわ」

「今はどうだ?」

「今は大丈夫。それより、お腹の子にちゃんと栄養をあげないといけないと思って、いつもより食べちゃうわ」

 うふふ、と笑うジュリア。ああ可愛い結婚したい。あ、婚約してたわ。
 しかし本当に、奇跡のように感じる。この可愛いジュリアの可愛らしいお腹の中に、俺の子供がいるとか。
 頼むから俺じゃなくてジュリアに似てほしい。

「何か作るわね。あんまり材料はないけど……」

「ああ、楽にしてていい。メシ作るのくらい、俺がやるから」

「だめ。ギルは座ってて。ここまで、長い時間かかったでしょ?」

「でも、ジュリアは身重じゃないか」

「食事の準備くらいさせて。ギルに私……奥さんらしいこと、何もしてあげられてないし」

「……」

 何この可愛い生き物。あ、ジュリアだ。
 いやいや、そうじゃなくて。
 俺だってまぁ、別に料理ができないというわけじゃないし、スープくらいなら作れるんだけど。
 でも、ジュリアのそんな気持ちはありがたい。

「……それじゃ、頼むわ」

「うん。座って待ってて。すぐに作るから」

 俺は椅子に座って、背もたれに体を預ける。
 そして、奥でとんとん、と包丁で野菜を切る音を聞きながら。

 幸せってこういう感じなんだろうな、としみしみ思っていた。














「それじゃ、まだ戦争が続くの?」

「ああ。総将軍も何を考えてんのか、今度はウルスラ王国を攻めるんだってよ」

 昼食を終えて、次は互いの報告だ。
 俺の方は、国の戦況とか今後の計画とか。一応軍の外に漏らしちゃいけないことではあるけれど、軍部って割と緩くて「身内にだけは言っていい」という慣例があったりする。そしてジュリアは俺の妻になる人物であるから、身内であるはずだ。
 だからまぁ、細かいことは言わないけれど、ざっくりと説明している。

 現状、ライオス帝国との戦線は膠着状態になり、長期戦になるだろうこと。
 その間にガーランド帝国は、逆方の隣国であるウルスラ王国を攻めるつもりだということ。
 さすがにそろそろ戦争が終わると思っていたからか、ジュリアもまた驚いていた。

「……それだと、割と長くかかりそうね」

「まぁな……俺としては、早く退役したいんだが」

「でも、ギルは隊長でしょう? それに、戦争が終わるまでは除隊しないって言っているわけだから、ちゃんと義務は果たさないと」

「ぐぅ……」

 ジュリアの正論に、ぐぅの音も出ない。
 俺も隊長としての責務は果たさないといけない。だから、すぐに退役するというわけにはいかないのだ。
 だからどうにか、ジュリアを説得しようと考えていたのだけれど。
 むしろ、ジュリアの方がしっかり受け入れていた。

「ごめんな、ジュリア……こんなに、戦争が長引くとは思ってなかったんだ」

「……ええ、私も。だけど、続くなら仕方ないわ」

「子供が生まれるのに……立ち会えるかどうかは、正直分からない」

「……大丈夫よ。ギルのお母様に、色々手伝ってもらってるから。お母様、早く孫の顔を見せておくれ、って嬉しそうだったわよ」

「なら良かったけどな」

 まぁ、さすがに嫁姑関係は良好らしい。
 何せジュリアも産まれたときからこの村で暮らしているわけだし、家族ぐるみの付き合いだ。村で仲の悪い話とか聞いたこともない。
 俺としては、父親である俺が出産に立ち会えないのは、非常に残念なのだが。

「ギル……次に帰れるのは、いつになりそう?」

「……正直、分からない。もしかしたら、冬になるかもしれない」

「そっか……じゃあ、もう産まれてるかも」

「……すまん」

「ううん」

 ジュリアの言葉は責めるようなものではなく、むしろ俺を気遣うように。
 そっと、テーブルの上にある俺の手に、ジュリアが手を重ねてきた。

「ギル……子供の名前は、あなたが決めて」

「えっ……」

「産まれるのが男の子か女の子か分からないけど……ギルが名付けてくれたら、きっと強い子に育つと思うから」

 こいつは、大仕事だ。
 俺が、俺の子供――産まれてくる新しい命に、唯一無二の名前をつけなければならない。
 さすがにそれは、一朝一夕で決めることなどできるまい。

「……わかった」

「ええ」

「子供の名前が決まったら、文を出す。最悪は……冬に帰ってくるまでに、決めておくから」

「ええ、お願いね」

 俺とジュリアの、愛の結晶。
 産まれてくる命。
 どんな名前をつけよう――そう考えるだけで、胸が躍った。
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