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一時帰還と驚きの報告
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「ただいまー」
短い休暇を使って、俺は故郷のヘチーキ村まで帰ってきた。
相変わらず、最も近い乗合馬車は山一つ超えた向こうという、ド田舎が過ぎる俺の故郷である。ご先祖は、一体何を考えてこんな場所に村を作ったのだろう。
そして俺が帰る場所――そこはむさ苦しい実家などではなく、当然ながらジュリアの家である。
「あら……お帰り、ギル」
俺の声と共に、奥から出てくるジュリア。
夕食でも作っていたのか、エプロン姿だ。正直そそる。
あら、あなたのために夕食を作っていたのよ。それよりも僕はきみを食べたいよ――みたいな。
そう想像していると、ぴしっ、とジュリアに額を弾かれた。
「なんか変なこと考えてるでしょ、ギル」
「えっ……なんで分かるんだよ」
「昔から顔に出やすいのよ、ギルってば」
うふふ、と笑うジュリア。そんな反応も可愛いなおい。
一応、手ぶらでも何だと思って、帝都で買ってきたお土産を渡す。
「ほら」
「あら……何これ?」
「帝都で、流行ってるらしい焼き菓子だ。一緒に食べようぜ」
「あらあら。それじゃ、お茶を沸かさないと。あ、でも今、シチュー煮込んでるところなのよね……」
「シチュー?」
思わず、眉を上げる。
現在、ジュリアは一人暮らしだ。そして、一人暮らしであるため、それほどの量は食べない。
だがシチューは、それこそ大量の食材を入れて煮込み、数日かけて食べるのが当然とされる。一人暮らしで食も細いジュリアが、わざわざそんなシチューを作るとは――。
「なんとなく、ギルが帰ってくるような気がして」
「え……」
「ほら、少し前に将軍さんが来たし、そろそろギルが帰ってくるんじゃないかなって。ギルはいっぱい食べるから、シチューだけでも先に作っておこうかなって思ってて」
「……」
「まさか、今日帰ってくるとは思ってなかったけど。知ってたら、もっと早く準備したのに」
えへへ、とはにかむジュリア。
物凄く抱きしめたくなったけれど、我慢する。落ち着け俺、下手にがっつくのは紳士じゃない。ジュリアが天使のように可愛いのは前からだ。今だけ特別というわけじゃないんだ。
……ふぅ、落ち着いた。
「それで、今回は何日くらいいられるの?」
「ああ、五日くらいだな。また帝都に戻ったら、そのまま戦争に行くことになると思う」
「……そっか。あ、ごめんギル、白湯でいいなら出せるけど」
「ああ、白湯でいいよ」
ジュリアが、カップに入れた白湯を持ってきて俺の前に置いてくれる。
そして俺は、買ってきた土産の焼き菓子を開いた。ジュリアが自分の分も白湯を入れて、俺の目の前に座る。
「ちょっと前に、デュラン総将軍が来たんだってな」
「あ、うん。なんかね、すごくいい話を言われたんだけど」
「何を言われたんだ?」
「帝都に暮らす場所を用意するから、ギルとわたしで帝都で暮らしたらどうか、って。そうすれば、産まれてくる子供にも最高の教育を約束する、って」
「あー……」
ぽりぽり、と頬を掻く。
似たような文言で、俺はレオナから暗部への勧誘を受けた。帝都に住む場所を用意するから、妻とそこで暮らせばいい、と。
確かに俺の給料なら、帝都で暮らすのは問題ない。報奨金もあることだし、余程高い物件でない限りは恐らく、今後働かなくても死ぬまで安泰に暮らせることだろう。
だが俺はあくまで、戦場から退きたいのだ。
現在のように軍の一員として、いつ戦場で命を落とすか分からないような任務ばかりを引き受け、命からがら生還する――そんな日々を、終わらせたい。
結婚するということは、ジュリアの命も背負うということだ。
だから俺は、死ぬまでジュリアを幸せにする義務がある。
「それで……ジュリアは、どう思うんだ?」
「……正直、迷ってる、かな」
「そうなのか?」
「……うん。わたしたちの問題なら、まだいいんだ。わたしたち二人なら、きっとこの村でものんびり一緒に過ごすことができると思うの」
「あ、ああ……」
「でも、子供が生まれたら? 村には産婆さんも、医者もいない。子供が病気にかかっても、誰も診てくれる人がいないのよ」
「……」
ジュリアの言葉に、俺は思わず目を見開く。
確かに、村でお産があるとなれば、最も体力のある村人が麓の村まで走り、産婆さんを背負って帰ってくるというのが一つのならわしにもなっているヘチーキ村だ。突然のお産に産婆が間に合わず、どうにか村人だけで済ませたお産というのも珍しくない。
それに確かに、子供が病気にかかった場合のことなんて考えていなかった。俺も、俺の兄弟も、病気なんて一度もしたことがないから。
ただ――ジュリアの両親は、流行病で亡くなった。
そこに少なからず、懸念を抱いてしまうのだろう。
「だから確かに、折角住むところまで用意してくれるんなら……帝都で暮らした方がいいんじゃないかなって、思って」
「なるほどな……」
「でも、それだとギルが除隊できないし、それだと戦争になると……長く帰ってこないんだよね?」」
「……ああ、そうだ」
もしも俺が今、除隊申請を取り下げた場合。
俺は変わらず軍に在籍することになるし、そうなれば戦争に連れていかれる。そして戦争に行くとなった以上は、そこに少なくない命の危険がある。
だから、俺も同じく悩む。
ジュリアのそんな悩みは、俺が解決してやりたい。だから、この場における一番の方法を、どうにか模索するのだ。
「あのね……ギル」
「ああ……」
「多分だけど……ここに、いるの」
「え……」
そう、ジュリアが示すのは、自分の腹。
そこを愛おしそうにゆっくりと擦って、まるで女神のような微笑みを浮かべている。
その言葉と仕草で、ジュリアが何を言っているのか――全てが、分かった。
「マジで!?」
「うん……わたしと、ギルの子供」
「ちょっ!? そ、それこそ、産婆が必要じゃねぇか!」
「ギルのお母さんに、状態は見てもらってるわ。三人産んだだけあって、すごく力強いの」
「そ、そうか……」
思わぬ、自分の子供がいるという事実。
それに驚きすぎて、もう何をしていいか全部吹き飛んでしまった。
たった一回。たった一夜だけ。
それだけで腹に宿るとか、どれだけ強いのだろう。
「そうか……俺の、子供が……」
「うん。だから、早く帰ってきてね。この子に……父親の顔を、産まれたときに、見せてあげて」
「ああ……」
口元の緩みを押さえながら、俺は頷く。
参ったな。
死ねない理由が、また増えちまった。
短い休暇を使って、俺は故郷のヘチーキ村まで帰ってきた。
相変わらず、最も近い乗合馬車は山一つ超えた向こうという、ド田舎が過ぎる俺の故郷である。ご先祖は、一体何を考えてこんな場所に村を作ったのだろう。
そして俺が帰る場所――そこはむさ苦しい実家などではなく、当然ながらジュリアの家である。
「あら……お帰り、ギル」
俺の声と共に、奥から出てくるジュリア。
夕食でも作っていたのか、エプロン姿だ。正直そそる。
あら、あなたのために夕食を作っていたのよ。それよりも僕はきみを食べたいよ――みたいな。
そう想像していると、ぴしっ、とジュリアに額を弾かれた。
「なんか変なこと考えてるでしょ、ギル」
「えっ……なんで分かるんだよ」
「昔から顔に出やすいのよ、ギルってば」
うふふ、と笑うジュリア。そんな反応も可愛いなおい。
一応、手ぶらでも何だと思って、帝都で買ってきたお土産を渡す。
「ほら」
「あら……何これ?」
「帝都で、流行ってるらしい焼き菓子だ。一緒に食べようぜ」
「あらあら。それじゃ、お茶を沸かさないと。あ、でも今、シチュー煮込んでるところなのよね……」
「シチュー?」
思わず、眉を上げる。
現在、ジュリアは一人暮らしだ。そして、一人暮らしであるため、それほどの量は食べない。
だがシチューは、それこそ大量の食材を入れて煮込み、数日かけて食べるのが当然とされる。一人暮らしで食も細いジュリアが、わざわざそんなシチューを作るとは――。
「なんとなく、ギルが帰ってくるような気がして」
「え……」
「ほら、少し前に将軍さんが来たし、そろそろギルが帰ってくるんじゃないかなって。ギルはいっぱい食べるから、シチューだけでも先に作っておこうかなって思ってて」
「……」
「まさか、今日帰ってくるとは思ってなかったけど。知ってたら、もっと早く準備したのに」
えへへ、とはにかむジュリア。
物凄く抱きしめたくなったけれど、我慢する。落ち着け俺、下手にがっつくのは紳士じゃない。ジュリアが天使のように可愛いのは前からだ。今だけ特別というわけじゃないんだ。
……ふぅ、落ち着いた。
「それで、今回は何日くらいいられるの?」
「ああ、五日くらいだな。また帝都に戻ったら、そのまま戦争に行くことになると思う」
「……そっか。あ、ごめんギル、白湯でいいなら出せるけど」
「ああ、白湯でいいよ」
ジュリアが、カップに入れた白湯を持ってきて俺の前に置いてくれる。
そして俺は、買ってきた土産の焼き菓子を開いた。ジュリアが自分の分も白湯を入れて、俺の目の前に座る。
「ちょっと前に、デュラン総将軍が来たんだってな」
「あ、うん。なんかね、すごくいい話を言われたんだけど」
「何を言われたんだ?」
「帝都に暮らす場所を用意するから、ギルとわたしで帝都で暮らしたらどうか、って。そうすれば、産まれてくる子供にも最高の教育を約束する、って」
「あー……」
ぽりぽり、と頬を掻く。
似たような文言で、俺はレオナから暗部への勧誘を受けた。帝都に住む場所を用意するから、妻とそこで暮らせばいい、と。
確かに俺の給料なら、帝都で暮らすのは問題ない。報奨金もあることだし、余程高い物件でない限りは恐らく、今後働かなくても死ぬまで安泰に暮らせることだろう。
だが俺はあくまで、戦場から退きたいのだ。
現在のように軍の一員として、いつ戦場で命を落とすか分からないような任務ばかりを引き受け、命からがら生還する――そんな日々を、終わらせたい。
結婚するということは、ジュリアの命も背負うということだ。
だから俺は、死ぬまでジュリアを幸せにする義務がある。
「それで……ジュリアは、どう思うんだ?」
「……正直、迷ってる、かな」
「そうなのか?」
「……うん。わたしたちの問題なら、まだいいんだ。わたしたち二人なら、きっとこの村でものんびり一緒に過ごすことができると思うの」
「あ、ああ……」
「でも、子供が生まれたら? 村には産婆さんも、医者もいない。子供が病気にかかっても、誰も診てくれる人がいないのよ」
「……」
ジュリアの言葉に、俺は思わず目を見開く。
確かに、村でお産があるとなれば、最も体力のある村人が麓の村まで走り、産婆さんを背負って帰ってくるというのが一つのならわしにもなっているヘチーキ村だ。突然のお産に産婆が間に合わず、どうにか村人だけで済ませたお産というのも珍しくない。
それに確かに、子供が病気にかかった場合のことなんて考えていなかった。俺も、俺の兄弟も、病気なんて一度もしたことがないから。
ただ――ジュリアの両親は、流行病で亡くなった。
そこに少なからず、懸念を抱いてしまうのだろう。
「だから確かに、折角住むところまで用意してくれるんなら……帝都で暮らした方がいいんじゃないかなって、思って」
「なるほどな……」
「でも、それだとギルが除隊できないし、それだと戦争になると……長く帰ってこないんだよね?」」
「……ああ、そうだ」
もしも俺が今、除隊申請を取り下げた場合。
俺は変わらず軍に在籍することになるし、そうなれば戦争に連れていかれる。そして戦争に行くとなった以上は、そこに少なくない命の危険がある。
だから、俺も同じく悩む。
ジュリアのそんな悩みは、俺が解決してやりたい。だから、この場における一番の方法を、どうにか模索するのだ。
「あのね……ギル」
「ああ……」
「多分だけど……ここに、いるの」
「え……」
そう、ジュリアが示すのは、自分の腹。
そこを愛おしそうにゆっくりと擦って、まるで女神のような微笑みを浮かべている。
その言葉と仕草で、ジュリアが何を言っているのか――全てが、分かった。
「マジで!?」
「うん……わたしと、ギルの子供」
「ちょっ!? そ、それこそ、産婆が必要じゃねぇか!」
「ギルのお母さんに、状態は見てもらってるわ。三人産んだだけあって、すごく力強いの」
「そ、そうか……」
思わぬ、自分の子供がいるという事実。
それに驚きすぎて、もう何をしていいか全部吹き飛んでしまった。
たった一回。たった一夜だけ。
それだけで腹に宿るとか、どれだけ強いのだろう。
「そうか……俺の、子供が……」
「うん。だから、早く帰ってきてね。この子に……父親の顔を、産まれたときに、見せてあげて」
「ああ……」
口元の緩みを押さえながら、俺は頷く。
参ったな。
死ねない理由が、また増えちまった。
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